BUTTER
柚木麻子
2020/10/24
★ひとことまとめ★
あの事件を連想せずにはいられません。
↓以下ネタバレ含みます↓
作品読みたい方は見ないほうがいいかも
【Amazon内容紹介】
男たちの財産を奪い、殺害した容疑で逮捕された梶井真奈子。若くも美しくもない彼女がなぜ―。週刊誌記者の町田里佳は親友の伶子の助言をもとに梶井の面会を取り付ける。フェミニストとマーガリンを嫌悪する梶井は、里佳にあることを命じる。その日以来、欲望に忠実な梶井の言動に触れるたび、里佳の内面も外見も変貌し、伶子や恋人の誠らの運命をも変えてゆく。各紙誌絶賛の社会派長編。こちらはとっても読みたかった本で、買ってからしばらくの間寝かせていました
ざっくりと紹介をすると、あの木嶋佳苗被告の首都圏連続殺人事件をモチーフとした作品です。もちろん、ドキュメンタリーでもノンフィクションでもなく、あくまでもフィクションです。
作中に出てくる容疑者・梶井真奈子は木嶋佳苗被告を彷彿とさせますが、作品を読み進めていくうちに木嶋佳苗被告をとは全く別の人物であるというイメージに変わっていきました。
なぜ読みたかったかと言うと、前に北原みのりさんの「毒婦」を読んでから、木嶋佳苗被告の事件が気になっていたからです。こちらの作品も参考文献として「毒婦」が挙げられていました。小説の題材になるくらい、木嶋佳苗被告は自分も含め、多くの人から注目を集める(得たいが知れず、なんとか素性を暴きたいという気持ち?)存在なんだなあと改めて感じました。
それに、私のなかでは柚木麻子さんはおいしいお料理がたくさん出てくるイメージの作家さんで、どちらかというと前向きで元気のでるお話が多い印象でした。その柚木さんが、あの事件を題材とした小説を書くなんて、いったいどんな内容なんだろうと疑問を持ち、そして、今回はどのような書き方でこちらの食欲を沸かせてくれるんだろうという期待もしていました。
結果から言うと、内容もお料理の表現もどちらもとても最高でした。
いつものようにあらすじと、印象的だった文章を書いていこうと思います。
オススメの本なので長くなってしまうと思いますので、前編後編に分けます
大手出版社、秀明社で働く町田里佳は首都圏連続不審死事件の被告人である”梶井真奈子”から何とか独占インタビューを得るため、根気よく彼女にアプローチを続けていた。
取材は一切受けないことで有名であり、特に女性の記者に対し冷淡な梶井。彼女から何とか面会のOKをもらうため、梶井と同じく料理作りが得意な親友・玲子のアドバイスをもとに、里佳は梶井にビーフシチューのレシピを教えてほしいと手紙を送る。
レシピを訪ねる手紙を書いたのち、初めて梶井から「いつでもいらしてください」という返信を受け取った里佳は、急いで梶井のいる東京拘置所に向かう。
面会は梶井のペースで進んでいき、事件については何も話すつもりはないと言われてしまうものの、料理の話であれば気晴らしにしても良いと言われる。食事に気を使うほうではない里佳は、マーガリンを嫌っている梶井に対しうっかりマーガリンを使っていることを話してしまい、彼女の機嫌を損ねてしまう。
彼女からバターの素晴らしさを説かれたのち、「バター醤油ご飯を作りなさい」「もし次にあなたとしゃべる時があるとすれば、あなたがマーガリンを食べることを金輪際やめると決めた時」と言われ、面接を終了されてしまった里佳。
何とか梶井と再度面会をするために、帰り道で彼女に勧められた通りのバターを購入し、バター醤油ご飯を作る。初めて食べるバター醤油ご飯に感動を覚えた里佳は、取材の一環として梶井のブログのレシピを試していく。
面会後、バター醤油ご飯の感想を書いた手紙を書くも無視され続ける里佳だったが、差し入れとしてバターが使われているクッキーを送ったところ、梶井から2通目の手紙が届く。それは、「ウエスト」のクリスマスケーキを食べてみて、感想を伝えてくれという内容だった。予約期間が締め切られてしまっているケーキを手に入れるため、里佳は様々なコネを使う。
ケーキに限ったとこではなく、次々梶井から出される課題をクリアするため、里佳はネタ元の篠井や、親友の玲香、恋人の誠などを巻き込んでいく…。
物語が進むにつれて着々と梶井との心の距離をつめていって、色々と問題もあったけれど、ようやく…と思ったときの梶井の掌返しは、頭をぶん殴られたようでした。どこまでもこの女は…と呆れました。。。
梶井とやり取りをしていくうちに洗脳されたように梶井の肩を持つようになる里佳や、そんな里佳を心配し行動するも自らも梶井の餌食となってしまう玲香の状態を見ていると、(フィクションであるけれど)梶井真奈子は本当に恐ろしい女性だな~と感じました。
ただ、梶井が言っている内容には考えさせられることも多く、里佳や玲香の考え方にも影響を及ぼしています。
梶井は独りよがりで自己中心的な考え方の人間ではあるものの、そうでもしていなければやっていけないほど、世間は体系や美醜に関して批判をする…。これは、今の現実世界にも共通しているな、と感じました。
太っていれば、痩せなければならない。醜ければ、美しくなる努力をしなければいけない。ありのままの自分を愛するのではなく、世間に受け入れられるような努力を強いられる世の中。また、努力によってはさらに批判もされる。(整形とかね)
だからこそ世間は、梶井真奈子もそうですし、木嶋佳苗被告に対しても、「なぜあんな容姿なのに、何人も男から貢いでもらえたのか?」というような疑問を感じてしまうんだと思います。
ありのままの自分でいいと、太っている自分にOKを出せる人間に疑問や批判的感情を抱く。なぜなら、自分たちは美しくなること、努力をし続けることこそが正しいことと思っているから。そこから外れている人のことを異端だと感じてしまうのかなあ、と。あくまでも私の感想ですが。
単なる木嶋佳苗被告の事件を真似た小説ではなく、きちんとメッセージ性がある作品だと感じました。
・どんな女だって自分を許していいし、大切にされることを要求して構わないはずなのに、たったそれだけのことが、本当に難しい世の中だ。(P30)
・梶井真奈子の被害者の頭には二通りの食卓しかないように感じられる。女が時間をかけて整えた温かく優しいテーブルか、ひとりぼっちのわびしく貧しい出来合いの食事。彼らもまた自分にとっての適量が、よくわっていないのではないか。(P110)
→これ結構多くの男性言うんじゃないかな?「料理は~?」「ごめん今日は作れなくて」「じゃあ俺は何食べればいいの??コンビニ飯でも食べろって?」みたいな。いや、その中間の、「自分でも作れそうな料理を作る」という選択肢はないのか??なぜ人任せの0か1なのか?
・努力、努力、努力―。まるで呪いのように、二十四時間里佳についてまわるこの言葉。でも、これ以上何をどう頑張ればいいのだろう。(P113)
・みんな多かれ少なかれ、諦めムードが出てくるじゃないですかあ。大人になると。(中略)なんか自分の未来が一本の道になって見えちゃうっていうんですかねえ。(P131)
・理由がなければ、好きになってはいけない。そんな風に聞こえる。努力をするから評価する、努力をしていなければ評価はしない。(P135)
・日本女性は、我慢強さや努力やストイックさと同時に女らしさや柔らかさ、男性へのケアも当たり前のように要求される。その両立がどうしても出来なくて、誰もが苦しみながら努力を強いられている。でも、あなたを見ているとはっきり、わかるんです。そんなもの、両立できなくて当たり前だって。両立したところで、私たちは何も救われないんだって。いつまで経っても自由になれっこないんだって。(P151)
・たった一人にさえ受け入れられれば、誰もが認める美しい存在になどなれなくてもいい。(P182)
・結婚相手を探していたはずの彼女は、根本のところでは、誰にも所属するつもりはなかった。(P186)
・世の母親たちが毎日の献立作りや料理に苦労するのは、それは自分が食べたいものというよりは、家族のことを考えるからだろう。梶井はある瞬間から、自分が食べたいものを食べたいタイミングで自分のために作るようになっていた。(中略)続けるのが苦ではないほど、料理という行為自体を楽しめる。(P223)
・自分で自分をなだめられたことが、誇らしい。(P309)
・これといった理由もなく、嫌いなわけでもないのに、ただなんとなく避けることで、貴重な食文化を殺すことがあるんだって。これからはお米や牛乳をちゃんととろうと思います。(P311)
→この考え方はしたことなかった 興味を持たないことで、自分の国の食文化が廃れていくと考えると、お米の味とか牛乳の味とか、どこ産とか、もっと真剣に考えようと思うきっかけになる一文でした。
・きっとそのアイドルも芸能活動で擦り減った部分を補うために、自然な欲望に任せて食べただけなのだろう。(P315)
・どれだけ他人が気になるのよ?他人の形がどんなふうか、他人がその欲望を開放しているかしていないか。そんなことで不安になったり優越感を持ったりするなんて、異常だわ。他人の形が、自分の内側で起きていることよりも、ずっとずっと気になって仕方がないっておかしいわよ(P328)
→これは梶井の一言ですが、今の世のアンチとかに言えることなんじゃないかなと。
・北村はこれまで「客」を持ったことがなく、梶井は「友達」を持ったことがない。だから、彼らの主張は、すべて想像の域を出ていないのだ。(P331)
→世の中の多くのアンチ(反論)もこれに当てはまるんじゃないかなと。
・家庭的な女でさえあれば、自分たちを凌駕するような能力を持たない、言いなりになりやすい、とどうして決めつけているのだろう。家事程、才能とエゴイズムとある種の狂気が必要な分野はないというのに。(P356)
・私は苛立つのを抑えられない。インスタント食品ばかりの雑な暮らしを憂いていかにも弱者面をしていたくせに、いざ手作りを供されると、あれがいやだ、これがいやだ、と小うるさいことばかり。だから、お前みたいな男はいつまで経っても一人なんだよ―。(P362)
・私は一体全体、何を成し遂げたいんだろう。何ができたら今の自分に合格点を出せるのだろう。もうとうに、両親のせいにはできない年齢になっていた。(P373)
・自分から動かなければ、愛されない。動いたところで、愛される保証もない。そもそも、愛されるってなんなのだろう。必要と思ってもらえることだろうk。ならば、人の役に立つ私がどうしてこんなにぽっかりと惨めなのだろう。(P375)
・私の居場所はどんどん、私自身の努力によって収縮していく。(P375)
後編に続きます。(後編は前編よりも先に投稿しています)