藤子・F・不二雄「ジャングル黒べえ」 | カツカレー充填120%!

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コードネーム・赤塚零。
ICCPO(International Cutlet Curry Prove Organization)の特別捜査官にして、
「満腹戦隊カツカレンジャー」のリーダー「カツカレッド」。
カツカレー食べある記「メシヤマラソン」遂行中。
いつかはあなたの住む街へ行くかも知れません

サモール富山で真理さんから「ジャングル黒べえ」の話が出ました。
といっても真理さんが「ジャングル黒べえの歌」を歌ったというわけではありません(笑)。


石川では似たようなことがありましたが、それについてはまた改めて書きますね。
大半が私の思い出話で、真理さんの話はちょっとしか出てきませんので、あまり期待しないで下さい。

「ジャングル黒べえ」は、藤子・F・不二雄先生のマンガで、それを原作としたアニメです。
私が小学生か中学生の頃にテレビで再放送されていたのを観た記憶があります。

私は幼い頃から肌の色が他人より若干濃いめだったので、「色黒キャラ」として友達からいじられてきました。
(いじめではない、はず…)
叔父の話では、私は生後半年の時点で既に色黒だったそうですが、決定的だったのは、私の通っていた幼稚園の先生が何をトチ狂ったのか真冬に黒⬛ぼ(放送禁止用語?)大会なんぞやりおって、そこで私が優勝してしまったものですから、その後、小・中学校を通じて私は「黒ん⬛キャラ」としていじられ続けることになったわけです。
例えば小学6年生の頃のあだ名は「ニカウ」でしたし、
「仮面ライダーBlack」が放映されていた頃は、
「お、こいつ変身する前からBlackだ」などと言われたり、
「となりのトトロ」が上映されていた頃は、当然のように、「まっくろくろすけ出ておいでー!」と言われました。
社会科の授業で先生が、アフリカ大陸の南の方にある某国のとある政策について話を始めたときは、クラス中のみんなが私の方を振り向いたほどです。それからしばらくは「アパちゃん」などと呼ばれたこともありました。
(いじめではない、はず…)

「ジャングル黒べえ」が再放送されていた頃は、毎日のように、「いつジャングルに帰るの?」と言われ続け、その度に、
「ウーラウラウラウラベッカンコ!」
と言い返すのが私の日常でした。
(いじめではない、はず…)

というわけで、私にとって「ジャングル黒べえ」はとても思い出深い作品なのです。

ところで、中学の同級生の話によると、「ジャングル黒べえ」は海外でも放送されていて、特にどこかの国では「これを観ないと呪われる」という噂が流れており、そのせいで大人から子どもまでが観ているという、日本以上に大人気の番組となっているとのことでした(それを人気と言うのか?)。

そんな私にとって印象深い「ジャングル黒べえ」の話が真理さんの口から出たとこには「おー!」と思い、嬉しかったのですが、いかんせん会場の反応がイマイチ薄かった(ように私には感じられた)ので、ついつい、

ウーラウラウラウラ
ベッカンコ!

と大きな声で言ってしまいました。
会場に居た方、スミマセン。あれは私です。
気持ち的には助け船を出したつもりだったんですが、特に助け船にもなってなかったような…。
不快に思われた方がいたら申し訳ありません。
なんか今回は謝ってばかり…。

この私の合いの手に対する真理さんの反応は、
「そうそう、そのウラウラいうやつなんですけど…」
という感じで、ちえさんの反応も
「世代が違うのかな…」
という感じで、あまり話は膨らまなかった印象です。
盛り上げようと思ったんですが空回ってしまいましたね。次からは大人しくしていよう。

それはさておき、どうして真理さんが「ジャングル黒べえ」の話を出したかというと、そもそも今回のサモールツアー5ヶ所の中の1ヶ所に、どうして富山を選んだのか、というところからでした。
富山は、子どもの頃、家族で旅行に来た場所、そして10年前にお母様と再び来た思い出の場所、とのことでした。
そして子どもの頃の真理さんは、「黒部ダム」のことを、「黒べえ」みたいなキャラクター達が居る「ナントカランド」の一種だと思っていたら違った、という話でした(笑)。
因みにライヴを行った「カプリチョ」は、ちえさんが昔ライヴしたことがあるということからのチョイスだそうです。
永井真理子史上、最も小さな会場でのライブとのことで、会場の一体感も良かったです。
それゆえの私の暴走、すみませんでしたm(__)m。


サモール⑪
に続きます。