特別な日 | 子宮摘出したSLE患者  Ms.Meの日常

子宮摘出したSLE患者  Ms.Meの日常

 
なんとか暮らせてはいるけど、
病気を持っているからこそ気づくこと、多分、病気を持っていない人も気づくであろうこと等々…
ネコの話も交えつつ書いていきたいと思います

SLEで入院した2000年の夏、同じ部屋のマキさんと出会いました。

 

彼女は私より6つくらい年上でしたが、(私の一方的な思いだったかもしれませんが汗)とてもウマが合う人でした。

感情を隠さずガンガン伝えてくるけれど、嫌な感情ではなく、共感できる感情顔4うんうん

彼女の病状やこれまでの人生の一部を話してくれた時など、お互いTシャツパジャマのズボンというイデタチで隣に座り、一喜一憂していました。

彼女の点滴の充電切れの音にヒヤヒヤしながら汗

 

彼女は白血病でした。

直接本人から聞いた話では、「白血球数を落とせるところまで落として感染症を予防する為に個室に移った後、少なくなった白血球に対して治療し、その後、増えてくる白血球の状態を調べて効果を確認する」という治療をしているという事でした。

 

私の退院が決まった時。

ちょうど彼女が個室にいる時だった為それを伝えるすべがなく、看護師さんに手紙残ったテレビカードを託しました。

でも、彼女からすぐに返信があり、「私も退院したら串カツ食べに行こう!また一緒の部屋で入院したい(入院は良くないか)」と書いてありました。

 

退院後の通院時に、彼女の入院病棟に寄ってみました。

看護師さんに聞いてみると、個室にいるけれど、今は面会可能とのことでした。

 

初めて彼女の個室に入りました。

 

何というか…、

私のイメージでは、無菌室だったのですが、ぽつんと空気清浄機が置いてあるだけ。

なんと、マスクも不要です。

看護師さんに普通に通され、あの時は、もの凄い違和感でした。

聞いてみると、この大学病院(分院)には無菌室がないとか!

血液内科はあっても無菌室があるとは限らないのか!と、心底驚きました。

 

その時、彼女はとても元気で、そして、ずっと迷っていた移植の決断をしたと話してくれました。

更に、四国に臍帯血が見つかったから、臍帯血移植のできる病院に転院することも決まったと!

嬉しかったです。

本当に。

 

でも、

残念なことに、転院を前に肺炎で亡くなってしまいました。

2001年5月5日です。

17年経ちました。

 

あの個室を見てしまったから、私は院内感染だと思っています。

 

彼女はお母さんと二人暮らしでした。

残されたお母さんのことを思うと、

マキさんの新たな目標が潰されたと思うと、

本当にやるせない。

そして、せめて最期は苦しまずにいてくれていたらと願わずにはいられません。

 

生きていたら、絶対に今も仲良くしていたと思います。

串カツも食べて。

私にとって、

5月5日は忘れられない日です。