もはや、ボーナスで借金を返すこともできなくなった私は、それこそ毎日のようにパチンコ屋に通うようになっていたのです。
〝パチンコで作った借金はパチンコで返す!〟そんなことなどできるはずもありません。
でも、当時の私は本気でそれを考えていたのです。
なぜなら、勝つ時があるからです。
しかも、ものの数時間で数万円も稼げてしまう、多い時で一日20万ほどになってしまうのです。
そりゃ、当然返せると考えてしまいますよね(苦笑)
また、パチンコ台も進化していきました。
様々な台が、それこそ毎月のように出ては私たちの興奮度を煽っていきました。
でも、やはりそんなに甘いものではありません。
何せ、パチンコと言えども、そこは商売です。
商売ですから、必ず利益を出さなくてはいけません。
常にお客さんに勝たせていたらどうなるでしょうか?
それこそ、そのお店はすぐにつぶれてしまいますよね。
適度に出させては、お客さんの気持ちをあおる、そしてジワジワと、しっかりとお金を回収する、それこそがギャンブルというものではないでしょうか?
当時は、ある程度は理解していたものの、〝いや、俺は違う!〟なんて、浅はかなことを考えておりました・・・
朝会社に出て、外回りと称してはパチンコ屋に通う、そんな日々が始まりました。
多い月で40万円ほど稼げた時もありました。
実に給料が2倍に膨れ上がるのです。
当時は、当然お小遣い制です。
でも、やはりお小遣いだけでは足りなくなり、稼いだお金で遊ぶ日々を続けていました。
もはや金銭感覚もなくなっていました。
また、当時はインターネットが丁度流行りだした頃で、特に出会い系なんかは、もう出会いの宝庫です。
借金までして携帯を2台持ったり、携帯端末のPCを使っては、出会い系で遊びまくりです(笑)
まず、一週間のうちで平均一人は確実に出会い系で出会っては遊びまくっていました。
まあ、自分で言うのも何ですが、見栄えはわりといいほうの部類でしたから、それなりに断られることもありませんでした。
あっ、もちろん、今はダメですよ。
もうどこから見ても、50を超えたオッサンです!(笑)
そして、遊び代はというと、当然パチンコで捻出です。
それと同時に風俗も通っていました。
自分の中で10万円勝ったら風俗に行く、という決まりも決めていましたから、それこそ連日で通うこともありました。
浮気なんて言葉は甘い、甘い!
あの頃の私からすれば、浮気なんてものは、まだ可愛いものです。
浮気なんてとっくに通り越し、まさに女遊びの鬼!いや鬼畜でした。
よく病気にならなかったと、思いますよ、ホントに(笑)
また、当時はそういったことが大好きな仲間がいたことも、私の遊びに拍車をかけていたのです。
その彼は、私と同じビルで働いていて、私の会社の関連会社の社員でした。
二人で、外で待ち合わせ風俗遊びをして、どっちが早く風俗嬢を落とせるか?何てことまでしていたのです。
ついでに言っておきますが、これは仕事が終わってからではありません。
真昼間からこんなことばかり、していたのです(笑)
若かった・・・もうそんな言葉では済まされませんよね?
ホントにここまでくると、もう人でなし!本当に何を考えていたのでしょうね(笑)
でも、仕事も意外とこなしていました。
自分で言うのも何ですが、会社一大きいプロジェクトをこなしたりしていましたから、それなりの評価はあったのです。
でも、こんな生活など長く続くはずはありません。
そう、私の精神も生活も徐々に崩壊の一途を辿っていくのです・・・
まあ、自業自得ですね(苦笑)