お泊まり恋愛詩 -38ページ目

お泊まり恋愛詩

恋愛詩を集めたブログです。彼氏視点です。

かなりえっちな内容のものも少なくないですが、年齢制限せずにすむよう、端正で遠回しな表現に収めています。また、旧作に手を加えている作品が多いので、現在進行形のものはほとんどありません。更新休止中です。


伝言


六歳だった僕が電話を受けた、
「ママにかわります」と言って。
ベランダに行けば、洗濯物が白くゆれていて、
キッチンでは、水道の栓から水滴が落ちていて。
弟は眠りかけていて。

六歳だった僕は探しに出かけた、
「ママにかわります」と言ったので。
団地の暗い階段を三階ぶん降りて、
斜めに傾いた下り坂を横切って。
きょとんとしたままの弟を連れて。

大声で泣きながら。

  ほったらかしにされた電話は、
  そのころには、
  とっくに切れていて。

そうして、いまにいたる。
ちょっとした言葉を取り次ぐために、
あるいは、小さな約束の責任を取るために、
また出かけてゆく。

いまは大声で泣くことはしないけれども。


現代詩よ、さようなら


きっと子供だったんだろう。単純な話だね。
「言葉にできない」と書いてはいけないと思っていた。
アマチュアバンドのオリジナルソングのような言葉を
書いてはいけないと思っていた。

ありきたりでないこと、新しい響き、
レトリックの腕前や構成力に意味があると思っていた。
死喩を踏まないように、
気持ちの中のノイズを拾ってメモを取ったりもした。
磨き抜かれた言葉たちは、
マイナーな世界で、
勝手に輝きあっているだけだというのに、
それを追いかけようとしていた。

知性的であれ感性的であれ
現代詩なんてやめよう。
書きたければ当たり前のポエムでもいいし、
単純なつぶやきでもいい。
固有名詞をひとつ書くだけで感動できる精神状態だってあるんだから。

もうヴァレリーにはだまされないよ。
僕たちの言葉はそもそも踊れるようにはできていない。

地団駄でも目的は達するんだ。


素材の味


嘘に近いほど単純化された自然の話に
人生についてのトピックをたとえてみたりする
種の運命や水の流れについての小さな物語を
自分に親しいもののように捏造する
それだけで簡単に詩のようなものができあがる
だけど どんなに自然のフリをしていても
そんなものは人工的すぎて とても えぐい

もし 本気で自然と向き合っていて
本気で涙するほどの多感さを持っているなら
それでも構わないのだろう
でも いい加減で戯画的な空想しかできないのなら
そんな素材で詩を作っちゃいけない

詩らしく言葉を振る舞わせるだけのために
空虚な言葉を重ねるくらいなら
出納帳に表題をつけるだけのほうが遙かにましだ
レシートの束は生活の足跡の一部だから
そこらの鈍い感性からは香らないような
豊かな含蓄があるものだし

だから
詩らしい素材なんて選ばない