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古い写真というのはよいものです。
今は無い建物や通り、亡くなってしまった人々の記憶が、当時のままでよみがえります。
たとえ自分の頭の中だけのことにせよ、記憶を再現することができるのですから、古い写真は大切にしたいものです。
さて、ほとんどの家には家族のアルバムがあろうと思います。しかし、それらの古い写真などは、一枚しかないという場合がほとんどだと思いますが、このデジタルの時代では、パソコンとスキャナーがあれば、それらの古い写真をデジタル化して複製を作ることが、簡単にできるようになりました。それどころか、アルバム全体を複製して、家族全員に配ったりして楽しむことも別段難しいことではなく、日常生活の一部になってきております。
少し前までは、そのようなことは写真店に依頼して、何万円もかけてやっとできるものだったのですが、技術の進歩はそういった高度なものさえ、市民が自由に扱えるレベルに引き寄せてくれました。ありがたいことです。こうした便利なものを使わない手はありません。
何を隠そう私も、実家を出るとき家族のアルバムから、私が写っているものや気に入ったものをはがして持ってきたため、後で兄にしかられ、発覚後それらをスキャナーで取り込んだものを送り返しました。
温厚な兄は、「複製を自分のものにして原本を家に返すべきだ」と私に説きましたが、「嫌なこった」といって従いません。悪い弟です。
これはそうしたものとは無縁の古写真ですが、面白いので貼ります。
すごい名前の通りです。他には、酸素通りや、窒素通り、炭素通り、塩素通りなどがあったのでしょうか。(絶対ありませんでした。)いずれにせよ化学的な名前の地名ですが、ただの空き地のように見えるのは気のせいでしょうか。
ねこまつを拾ってくれたおねいさんに抱っこされて。
まだ小さいねこまつの顔はまんまるです。
夜に撮った写真なので、おめめが銀杏の実のようです。
お手てがとてもかわいい
ねこまつ3に続く
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さて、芽が出てきたひょうたんの苗を、プランターの中で栽培しました。水をかけるときには、化成肥料の小さな粒を水に溶かして、ものすごく薄い液肥のような状態にしたものをやりましたが、効果のほどはわかりません。職場の同僚にも同じ種を分けたのですが、私の苗が20センチくらいのとき、同僚の苗は1メートル近くの大きさになっていたようで・・・。結局、日当たりやどのような土に植えたかのほうがよっぽど重要なのでしょう。
残念ながら栽培中の写真は撮っていませんでした。私にとっては、ひょうたんの植物として育っていく過程には、あまり興味が無いのですね。結局立派なひょうたんがたくさんなればよいのですから。最も、立派なひょうたんを成らせるためには健康に育てなければなりませんので、勿論大事にはしていますけれど。
私の場合、5月の中旬頃だったでしょうか。苗の本葉が5~6枚になった頃、畑に苗を植えました。直後に水もたっぷりやります。植えて2週間くらいたった頃、根元に化成肥料をやりました。どこでも売っている、「窒素10、カリ10、リン10」といった普遍的なものです。苗1本につき一握りくらい撒きました。
7月頃になると、ツルも伸びてあらかじめ用意してあった竹の棒に巻きつき、成長の良いものは棚に這い上がっています。その頃です。1センチくらいの毛虫にようなものが、葉や茎についているのを発見。近くによって見ると蛾の幼虫のようです。これを放っておきますと、旺盛な食欲のおもむくまま葉を食べ尽くし、ちょっと見ないうちに葉脈標本のような葉が無残な姿を風に晒していたりします。
こうなると、もはや成長に必要な栄養を光合成によって得る事ができなくなり、あわれ枯れてしまいますので、早急な対策が必要です。早速「オルトランスプレー」を買ってきて、葉から茎から全体に散布しました。「オルトラン」の粒剤を根元に撒くというのも方法ですが、即効性がありませんので、スプレー缶は便利なものです。オルトラン散布後は虫の被害はあまり感じられませんでした。
白い可憐な花が咲いて、小さなかわいいひょうたんが成りはじめました。この頃、燐酸が多い乾燥鶏糞を根元に与えました。
教訓2
肥料や農薬は必要に応じてちゃんと使うこと。
ひょうたんの種まきの適期は4月上旬くらいらしいのですが、今年私は、少し遅い4月下旬に蒔きました。
まずプランターに土を入れ、1センチくらいの穴を指であけ、そこに種を1個入れては土をかけ、また1個入れては土をかけと、延々繰り返しました。その後水をかけて発芽を待つのみとなりました。
4~5日すると芽が出てくると聞いていたのに、それ相当時間が経っても、さっぱり出てきませんでした。
1週間以上たち10日目頃、チョロっとなにやら芽のようなものが。その後はぽつぽつと発芽が始まり、20本近く苗が確保できました。もしかして何か致命的なミスを犯したのかと、少し不安になりかけていた頃なのでほっとしました。
しかし、蒔いた種と、芽の数がまるっきり合いません。種は何個くらい蒔いたのか忘れましたが、当初の思惑では、貝割れ大根のように芽が出ることを想定していましたので、おそらく数倍は蒔いていたはずなのに・・・。
後で本植えのため苗を抜いた後、残った土を掘り返してみたら、土のかなり深いところで白くカビて納豆のようになっている種を多数発見しました。種の色が黒褐色になっており、割ってみると中身がとろけるチーズのように糸を引きました・・・。![]()
苗床用の土でなく、ケチってバーミキュライトを使ったことにより、種が重くて沈んでしまい、腐ったのではないかと推測しました。
また、発芽が遅れた原因は、今年はその時期日照も悪く、気温がなかなか上がらなかったことによるものと思われます。
教訓1
植える土はケチらず、目的に逢ったものを使うこと。
(種まき用の土はちゃんと売っていました)
ひょうたん3に続く
数年前、春先にひょうたんの種を買ってただ植えました。庭など無くてもプランターで十分です。夏にはそのツルに、味わいのあるあのひょうたんの実が青い姿でなっておりました。そのツルと葉の間を涼風が吹き渡ってまいりました。
なぜひょうたんなのかといえば、「中身がカラなら空気のように軽く、中身を入れれば思いのほか容量が大きい。また、十分な強度があり、経年変化によるワビサビも感じられる。」これは現代のペットボトルに相当するものではないかとも思ったからです。秋になって、容器に加工するのが楽しみでした。
何より、あの姿がいいと思います。なんとも言えない人間の肌に馴染む形と手ざわり、その色艶の変化の妙は、名品ともなれば一生の愛玩に耐えるものといって過言ではないでしょう。こうしたものを大して金も掛けずに十分味わうことができるのが、ひょうたん栽培の妙味であるといえます。
日本酒を入れ、しっとりしてきたところを磨けば、なおつやを増すところや、酒を入れたままその一瓢を桜の木の下や野外に持ち出し、友と一献やるも良し。
名品に育てられるかどうかは、栽培者と加工者の腕にかかるものですが、これにやきもきさせられるところも、ひょうたんの魅力の一つと言えましょう。
志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」に、そのメンタリティーの幾分かが伺えます。(ひょうたんおたくの?)ひょうたん加工者必読の書といえましょう。
次回より、栽培について書きたいと思います。(やがては加工法まで行きたいですね。)
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