良いフィクションの主人公には、3つのタイプが有ると思う。
1 とにかく「変わらない」主人公
どんな状況に置かれても、自分を、自分の信念を貫く主人公。
その物語が、主人公の不変の人間性により進行する。
あるいはその人間性が周囲の登場人物に伝播する。
このタイプの物語には、主人公のバックグラウンドや「生態」を緻密に設定しておく必要がある。
マストだ。
このタイプの作品をつくるには、圧倒的なキャラクター愛、情熱が必要となる。
へんなクスリ使ってでも押し切る、精神的筋肉が要る。
2 成長すべくして、成長する主人公
いわゆる青春モノがこのジャンル。
マイナス状態の主人公がプラス状態に変化していく。
その過程がドラマになる。
だからこそ、舞台装置が重要になる。
周囲の人物、場所、時、天気、経済情勢・・・・・・
どこまで論理的に主人公(他のキャラでもいいが)成長させられるか。
そういう、理詰めが要求される物語だ。
作り手は、圧倒的な知能と冷静な観察眼を併せ持つ必要がある。
3 自らの生き方に葛藤する主人公
このタイプの作品を満足に完成させられたら、作り手は、絶景と雄大な自然を感じさせる風を全身で感じる事ができる。
だが、一歩踏み外せば奈落の底。
人々に「中二病」と罵られ、コケにされ続ける。
そう、このテの作品は、高山の断崖絶壁にあるのだ。
2つか、それ以上の生き方。その選択の物語。
これを描くには、そのキャラクターのもとの人間性をどこまで深掘りできるか、そしてその人物の思考に迷いを生じさせる効果的なマターをひねり出せるか、その両方を高度に両立する必要がある。
つまり、先述の2タイプを併せ持つ、ハイブリッドでなければならない。
簡単に作れそうで、だからこそいい作品として作り上げるには人智を超えた努力と感性が必要になる。
とまあ、長い前フリにお付き合い頂いた訳だが、タイトルの通り、本来は『007 カジノロワイヤル』をレビューするはずだった。
しかし、酔っ払いながら書いた文章を手繰り寄せるのにあまりの労力を割いたので、疲れた。
明日は、このぼくの「主人公論」を踏まえてダニエル・グレイグの演じるジェームズ・ボンドについて語る。
ぜったい。

