写真を撮るのも好きだ。
でも、いわゆる「一眼」ではなく、コンデジへのこだわりがある。
きれいな写真が撮りたい=一眼みたいな思考停止をしたくない。
していると思われたくない。
制限されたスペックの中で最高の作品をつくりたい、という気持ちもある。
一眼使えば誰でもきれいで無個性な写真が撮れる、そんな性格の悪さも胸に秘める。
今日、仕事で一眼を扱うことになった。
電器屋以外で構えたことのない一眼だった。
心が震えたのか、緊張したのか、どれも手ブレがすごい。
しかも、ピントが全然合っていない。
オートフォーカスとは何だったのか。
一眼と相容れない自分の感性に、嘆かずにはいられない。
(言い訳だが、使うレンズを間違えていたのだと思う。集合写真なのに望遠レンズを使っていた。たぶん。)
相性もあるが、結局は、「何を使うか」、ではなく「誰が使うか」だったりする。
扱えないものだってある。
豚に真珠 猫に小判
犬に論語 馬の耳に念仏
どんなに高尚だったり高価なものでも、響かなければ、使えなければ意味がない。
使わせてはいけないものもある。
包丁は便利だ。
でも乳幼児に扱わせてはいけない。
自動車も便利だ。
でも酒に酔った者には扱わせてはいけない。
原子力工学は人類の偉大なる発明かもしれない。
でも権力に酔ったものには絶対に与えてはならない。
今、世界で最も与えてはならない2人の手元に、その利器がある。
最も与えてはいけない2人の手元に、権力がある。
