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ライク・ア・ライター

「心に、小さな火を着けたい。」
映画の感想や日記を通して文章力の向上を目指すブログ。

職場の映画仲間のオススメで急遽観てきた『グレイテスト・ショーマン』。

 

あらすじの説明は結構難しい。

19世紀の劇場プロデューサー?P・Tバーナムの生涯をミュージカルで描く。

 

貧しい環境で育った主人公P.Tバーナムは、幼少期に出会った上流階級の子チャリティと結婚し、2人の娘を授かる。

 

仕事には恵まれないが、好奇心・向上心と行動力に恵まれたバーナム。

やがてニューヨークの街の「変わり者」たちを集めてはステージに立たせ、段々と大きな富を積み上げていく。

 

尽きない向上心に突き動かされ、英国ヴィクトリア女王に謁見を果たしたり、スウェーデンのオペラ歌手ジェニー・リンドの全米ツアーを企画したりと、「一流」を追い求めるバーナム。

彼が光を求める一方で、その光は大切なものに影を落とす・・・

 

 

 

感想

 

 

基本的に、このブログはほぼ無条件に観た映画を褒め称える。

一部の例外を除いて。

 

 

しかし、ぼく的にはこの映画は「例外」の方だ。

 

 

 

 

構成はすごくいい。よく練られている。

 

幼少期から「扉を開け、光を灯す」存在だったバーナム。

 

この彼のキャラクターは終始一貫していてすごくいい。ヒューマンドラマを描く上での最重要ポイントをしっかりおさえている。

 

また、彼の求める「光」が強くなれば強くなるほど、彼の背後にある「仲間」、そして「家族」との絆は暗い影に覆われてしまう。

 

自分がなぜ光を求めるのか、そこに向き合うための構成としては完璧だ。

 

さらに、この作品そのものが「芸術」に対してケンカを売る「芸術作品」であることも面白い。

 

 

 

視覚的にも素晴らしい。

 

壮大なミュージカルはもちろんのこと、構図の反復によって、バーナムをはじめ、各人物の心理や状況が(あるいはその変化が)効果的に表現されている。

 

 

 

 

 

さあ、ここまでべた褒めしかしない。

一体、何が不満なんだろう。

 

 

 

 

「ミュージカル」である必要は果たして・・・・

 

 

これに尽きる。

そもそも、ぼくはこの「ミュージカル映画」というジャンルが苦手なのだ。

何故観たのかって話だが。

 

たぶん、二番煎じ感が苦手、

『レ・ミゼラブル』がウケたあたりから、ミュージカル映画への注目が高まっていると思う。

たしかに、あれは斬新だった。

しかも会話にリズムができてすごく良かった。

 

でも今作は違う。

「ミュージカル」であることに何ら価値はない。

「ミュージカル映画」にするために存在するだけのミュージカル。なんの意味も感じられない。

 

『アナ雪』のような、同じベースラインに違う歌詞とメロディーを載せてすれ違いを表現するとか、そういうのも無し。

結果的に、本来脚本によって描くべきことを歌と踊りに費やしてしまっているだけなので、「薄い」描写しかできていない。

ちゃんとした脚本家がちゃんとした脚本を書いていれば、もっと内容が濃く、繊細な描写はいっぱいできているだろう。

プロデュースありきの演出が、映画をダメにしてしまっている。

非常に惜しい映画だな、とぼくはみた。

 

だがまあ、それは劇中の言葉で言えば「偽物」。

この映画のテーマの一つは先述の通り「芸術にケンカを売る」ことであり、イコール「上流」の絶対性の否定と「偽物」の肯定である。

このテーマについては目論見通り表現できているから、なんだかんだ作品としての完成度をうかがわせる。

 

ぼくのメガネには叶わなかったが、「悪い」作品だとは決して思ってはいない。

飲酒の目的とはなんだろう。


人とのコミュニケーションの促進か。


はたまたただその「酔い」を求めてのことか。


いやいやそんなことはない、純粋な味覚の充足には不可欠なのだとか。


「酒は百薬の長」。その生理学的効能から飲んでいる者もいるだろう。


あるいはその生理現象に支配され、飲まずにはいられなくなる者も。





100人いたら100通りの動機がある。
いや、その日の心身の状態に左右されるとしたら100どころじゃなく、星の数ほど。




「日本酒造組合中央会」によるどれだけ妥当性があるかわからない「日本人の飲酒動向調査」によると、飲酒量が「増えた」理由としては、

1位 誘われる頻度が変わった 14.4%

2位 普段の生活でのストレス頻度が変わった 8.1%

3位 遊び相手・食事をする相手が変わった 7.3%

4位 仕事の忙しさが変わった 6.2%

5位 お酒がおいしいと感じるようになった 6.1%



なんだそうだ。

出典:http://www.sakagura-press.com/wp-content/uploads/2017/05/【日本酒造組合中央会】調査リリース.pdf


あくまで「増えた」理由なので、参考になるかはわからないが、概ね他人との関係の中で飲む量が増えたってのがメインか



ぼくはむしろ逆だなぁ。



人と一緒にいると、しゃべることに夢中に、いや必死になってしまう。
見つめ合うと素直におしゃべりできない。

だから、酒を口に運ぶタイミングが少なくなる。

何話していいかわからないと、酒を飲む量は増える。



他人が周囲10メートル以内にいない状態。
これが一番飲むシチュエーション。


映画観ながらだと特に進む。
ワインをボトル直でいっちゃう。



1人で飲む酒の何が好きかって、その「どうしようも無さ」なんですよね。


シンプルに言うと、罪悪感。
ちょっとニュアンスは違うんだけど。



頑張った後に飲む酒がうまいのは当たり前。


ぼくがより好きなのは、頑張ってない時に飲む酒や、頑張っている最中に飲んじゃう酒。
ほんと、どうしようもない。生産性クラッシャー。



もしくは、飲んじゃいけない場面で飲む酒。

法律には触れないけど、人には迷惑をかけないけど、いや、そこじゃ飲まねーだろってとこ。
その最たるは、角打ち。

角打ちはそれなりに許されるけど、スーパーの駐車場とか、コンビニと惣菜屋ハシゴしながらとか、そんなんを朝っぱらからやるのが大好きだ。





今日は出張。
他人に「酒飲んだら、わかってるよな?」と言っておきながら、温泉街。


さて、はて。

今日も映画レビューするよ。

だから公式ジャンル「映画レビュー」から外さないでねベイビー。

 

 

映画『SCHOOL OF ROCK』。

 

 

この映画を知ったのは中1のとき。

 

 

当時RIP SLYMEばっか聞いてたぼくが、RIPが新しいラジオに出るからと聞き始めたラジオが「SCHOOL OF LOCK!」。

完全に一文字もじっただけのラジオだったが、元ネタのこの映画を知らない当時のぼくはドはまり。

今でも続くなかなかの長寿?番組だと思うけど、今聞くとさすがにこっ恥ずかしいな。

 

そんな「スクールオブロック」について、当時yahoo!検索をかけるとこの映画ばかりが出てきていた。

そりゃあ、日本の放送したてのラジオ番組と世界的に有名な映画、知名度勝負ならどっちに軍配が上げるか、寝ててもわかるはずだ。

 

 

そんな昔から知っているタイトルだけど、実際に手に取ることのなかった映画、少しだけレビューを。

 

 

音楽映画としての「こだわり」は微妙?

 

売れないロックバンドの熱すぎる男デューイが、バンドをクビになり、友人ネッドへ家賃を払うこともできなくなったため、ネッドになりすまして名門小学校の教師となり、おぼっちゃんお嬢ちゃんたちにロックを叩き込んでしまう今作。

 

当然、音楽を題材にしている映画だが、近年の映画の「音作り」のこだわりと比較するとちょっと「音を見せる」という力が足りないかな、と思う。

難しいことは分からないが、「音にこだわっているな」という印象は、正直感じられない。

 

 

人間の観察への「こだわり」を感じる

 

音作りへのこだわりとは裏腹に、よく「人」を描いているなと感じる。

 

名門に通う10歳児の感情と葛藤を、いろいろな登場人物に代弁させ、表現している。

彼らの心に足りないもの、それは「ロック」なのだと、監督のそんな叫びが聞こえてくる気がする。決して酔っ払いながら観ているからではない。

 

こどもたちの描写は当然ながら、大人の描き方にはさらに唸らされた。

 

 

大人たちもまた、ロックへのあこがれ、というか、大人になる過程で心の中に「ロック(=反抗)」の精神を押し込めてしまっていて、それをいかにくすぐるかというところに面白さを見出す作品だった。

特にお人好しすぎる元パンクロッカーのネッドや、フランクかつロックに生きたいのに、職務上そうもできない校長の心模様を、うまくストーリー進行のギミックとして使えていたところが素晴らしいと思った。

 

 

 

 

 

小難しい考察を入れずに、澄み切った水を飲むように観られる今作は、仕事で疲れたときなんかに「課長のバカヤロー!」ってワインでも煽りながら観たい映画だ。

 

 

 


公式ジャンルを映画に変えただけに、そろそろ映画レビューでも書かないとポアされそうなので、観る。書く。

せっかくブログを書く楽しみを知り始めたのに、こんなところで死ぬとしたら、死にきれない。

そう、それはTOO YOUNG TOO DIEだ。
若すぎる死。

だからTOO YOUNG TOO DIE!を観ることにした。



この映画を観るのは劇場を含め2回目。



あらすじは例によってはしょる。


修学旅行に来ていた主人公 大助は、バスの転落事故により死亡。
女子風呂の盗撮映像を餌にしてでもバスの席を隣にしたいほど憧る、ひろ美とチューもできず、思いも遂げられないま享年17歳。

そしてなぜか天国へは行けず地獄に落ちた大助。
天国にいると思われる?ひろ美に会いに行くため、わずか6度しか許されない輪廻転生にかける。しかしそれは、地獄ロックフェスティバル(ジゴロック)で優勝しなければならないという、しょぼしょぼ軽音部出身の大助には、あまりにも大きな賭けだった・・・



地獄と音楽を強引組み合わせたような世界をベースに紡がれるストーリーは、どう考えてもユニーク以外の何者でもないが、それにしてもこの場面設定だったら主人公や地獄の住人たちはこう動くよな、というプロット構成がすばらしい。

しかも、ギリギリ放送できなそうな下ネタを交えるなど、視聴者が飽きずに観られるように(もしかしたら制作側も飽きず作れるように)という思いがよく伝わってくる。それが面白いかは、好みによるところだとは思うが。

さすが、脚本家として一般人の間にも名を轟かせてしまう宮藤官九郎の監督作品。ただの映画は作らない。

そして、ここがまたすごいのだが、それだけ「ああ、クドカンっぽい」という空気感を脚本に滲ませながらも、脚本だけが先行してしまっているのではなく、映像や音にも見どころ聞きどころをしっかりと作ってくる。ライバルバンド「デビルハラスメント」の演奏なんて、震えたからね、かっこよすぎて。
そういう、各方面のクォリティーに穴をあけない作品作り、初監督作品とは思えないよね。

一応、脚本、というかストーリーの構成について言及。
ひろ美のケツを追いかけることしか考えず、そのためだけに無茶な挑戦に挑む、年相応のスケベ少年大助が、徐々に他人のため、他人の大切な人のために体を張るようになっていく成長を描く、地獄なのにさわやかな青春ストーリー。ぼくが大好きなジャンルだ。

仲間のために生きる(いや、死んでるんだけど)ことを選び、仲間がそれを応援してくれる。その相互作用が大きなプラスを生み出す。
これってまさにバンドサウンドそのものなんですよね。名プレイヤーの手を移植しまくったサイボーグじゅんこがそれをうまく相対化させている。地獄という舞台装置の活かし方が秀逸だ。

脚本家としてもまだまだ超一線級で活躍をするであろうクドカンだか、それに加えて今後も宮藤官九郎監督作品からは目が離せない。そう思わせる良作。
ビットコインの盛り上がりも久しく、仮装通貨への投資が人々の注目を集めている。

仮装通貨だけではない。徐々に認知度を高めている個人型確定拠出年金という制度も、「年金」という名こそ付いているが実態は金融商品への投資だ。今、日本には空前の「投資ブーム」が訪れている、そう思わずにはいられない。

そんな二月十四日。私自身、投資の対象になってしまったようだ。
「三倍返しね」と元気よく渡された透明な袋には、デパートでこしらえたと見える焼き菓子が。どうやら「義理チョコ」は、ローリスクハイリターンの投資のようだ。投資された側も心暖まる、ウィンウィンの関係でもある。

一方、「本命チョコ」はどうか。これはハイリスクハイリターンの非常にリアルな投資といえる。失敗は怖いが、挑戦に値する。ご利用は計画的にしたいいところだが、そう冷静にいられないのが色恋沙汰。これもまた、投資に通じるところがある。

ブームといえば「糖質制限」も巷を賑わせる。今日くらいはしょっぱいことを言わずに、受け取った愛情の結晶に甘んじたいところだが。


2月14日 福島民友「窓」へ投書。

久々の映画レビュー。

 

 

『バードマン』。

ここ数年で観た映画の中でも一番見ごたえのある作品だった。

 

これと双璧をなす映画は『セッション』か。

 

同日の公開にして、同じくジャズドラムを印象的に乗せた作品。

 

 

他の人のレビューを観ていてもこの2作品を比較する人が多かった。

 

 

 

ぼく個人としては、どちらも見ごたえという意味ではほぼベクトル量は一緒で、その向きが違う。

 

 

視聴者の感情を爆発的に盛り立てることにおいて他の追随を許さぬ『セッション』。

これは「エンタメ」の極地。

 

 

一方の『バードマン』は「アート」の極地。芸術性に極振り。

それゆえ、プロットも演出も非常に難解だった。

 

視聴者に求められる芸術リテラシーが非常に高い。

 

 

 

ぼくには3回観てもわからなかったが、いろいろな映画、演劇のオマージュや引用が散りばめられているそうだ。

 

ぼくからしたら、かの有名なシェイクスピア『マクベス』の引用に気づくことが精一杯だ。

しかし気づいてもそれが何を意味するのか、咀嚼しきれない。

 

 

 

 

一方、それだけ難解でも、100パーセント理解できなくても、ちゃんと面白い。

それが『バードマン』の「名作力」なのだ。

 

おもしろさの原動力は、「二項対立のプロット」によって生み出されているとみた。

 

 

 

二項対立。

 

 

「自己愛」vs「素朴な家族愛」。

 

 

 

 

「映画」vs「演劇」。

特に「バードマン」vs「レイモンド・カーヴァーの詩」。

そして、この対立はイコールで「エンタメ」vs「アート」。

 

 

おや、これは『セッション』vs『バードマン』の対立に良く似ている・・・

 

 

 

あらすじは、いいよね?

 

若かりし頃、「バードマン」として映画界に名を轟かせた主人公リーガン。

 

今は落ち目の役者として、演劇によって再起を図る。

 

自ら脚色から演出から主演までを務めようとする劇の題材として選んだのは、レイモンド・カーヴァー作『愛について語るときにわれわれが語ること』。

カーヴァーはリーガンが役者の道を選ぶきっかけとなった人物だ。

 

 

ちなみに、ぼくはカーヴァーを読んだことはないが、その作風は起承転結や爆発的な感情表現がほとんどなく、淡々と日常の中の、人物のわずかな心の動きをしみじみと描写するものが多いのだそうだ。

 

CGバーン!怪物がドーン!のヒーローアクション映画の対極に位置する。

そう、それはかつて演じ、スターへの道を拓いた「バードマン」と対極なのだ。

 

リーガンは、自分を「役者」たらしめた「カーヴァー」と「バードマン」という、二つの過去に翻弄されている。

 

 

 

「バードマン」がもたらした二項対立はそれだけではない。

 

 

「バードマン」という成功体験が、強烈な「自己愛」を生み出してしまった。

その「自己愛」は「家族愛」を蝕み、オッパイが上向きの妻と、シャブ中娘のサムとの縁をズタボロにしてしまう。

 

 

結論をいえば、本作の最大のゴールは、この「家族愛」の再生だ。

 

『愛について語るときわれわれが語ること』で描かれる愛はまさにこの素朴な家族愛だ。

 

「愛というのは、事故にあって顔面包帯だらけになり、妻が見えないときに悲しみを感じること」。

 

これがカーヴァー流、家族愛。

 

一方のリーガン。

 

マリファナを隠し持っていた娘サムに対し、

 

「俺の足を引っ張るな!」。

 

家族愛とは雲泥の自己愛。いっそすがすがしい。

 

カーヴァーを演じながら、カーヴァーの作品の意図をハナクソほども理解していないリーガン。

そういうとこだぞ、おまえ。

 

 

 

ここまでみた2つの二項対立。

「映画」vs「演劇」。

「自己愛」vs「家族愛」。

 

 

 

 

それを克服する鍵が、もう一つの二項対立に隠されている。

 

「虚構」vs「真実」。

 

リーガンは「真実」と向き合うことによって、自己愛との決別と、確固たるアイデンティティの獲得に前進する。

 

 

リーガンがいかにしてこの「真実」に向き合っていくのか、ここが作品全体としてのおもしろさだ。

是非、注目して欲しい。

 

 

 

詳しくは、映画を観てくれ。

 

観たことがある人も、ぼくの視点を検証するように観てみると、多少は新たな発見があるかも?

 

矛盾も考察不足もあるだろうが、一定の視座は提供することができているだろう。

 

 

 

 

是非みなさんの感想も聞かせて欲しい。

「かっかっかー!のかっかっか!」



極寒の山形県上山に、不思議な掛け声が響き渡る。



2月11日。奇習「カセ鳥」。



上山でおよそ400年の歴史を持つ地元住民の習わし。




五穀豊穣、商売繁盛、防火を願う、一種のお祭りだ。




百読は一見にしかず。



まずは動画


を観ていただこう。








さらし一枚に藁の蓑「ケンダイ」を被せただけの生身の人間に、沿道のサイコパスもとい住民たちが水をかけまくる。









どこの修験者だ。



このケンダイを被った人、いや鳥は立候補制で、地元上山の住人と、それ以上に集まった県内県外、そしてアメリカやシンガポールからやってくる命知らずの軍団だ。

今年は計35羽。



ああ、ちなみにこの鳥さんたちは一応、神様なので、取り急ぎ。



そんなカセ鳥のうち、1名の死にそうな方に、少しだけ話を聞くことができた。






「いや、これめちゃキツくないんすか?」



「いや寒いよぉ。中サラシ一枚だよ?」



知っている。というかあんたが一番わかってるだろ。





「でもわかってて、あえてやっているんですよね。
何があなたをそんなに駆り立てるんですか?」


「やりたいから」





あ、あぶないこの人。



頭バグったからコレやってんのか、コレやってるから頭バグったのかしらないけど、とにかくあぶない。


ぼくも結構あぶない頭している方だと思うんです。マイナス7度で車中泊とかしますし。

けどこれはちょっと次元が違いますねぇ。



ぼくの頭のおかしさはダイナマイト級だと思っているんですが、この人たちは、核。
奇習を装った軍事パレードです、コレ。




他にも、

「これ、おしっこしたくなったらどうするんですか?」

と訪ねたところ、


「いやーもう感覚無いからわっかんない。したくならないし、漏らしてるかも。」





まあ、どっちみちびしょびしょですしねぇ。。。




彼らの圧倒的な精神力?に、ぼくはただ笑みを浮かべて「頑張れ!」と言ってあげることしかできませんでした。



しかし、こうしたおバカな神様たちのおかげで、地域が一つになり、またぼくのように、外の地域から集まる人たちも笑顔になることができる。





このことの喜びをだれよりも知っているから、寒くとも、痛くとも、彼らは跳ねるのだろうか。



だとすれば、ぼくもやってみたいな、と一瞬血迷い、降り出した雪に頭を冷やす。




さすがにアレをやる勇気はないので、ぼくは核のほうではなくダイナマイトの、書く方で。伝える方で、





カセ鳥とは別の翼になりたい、そう願っています。


お後がよろしいようで?












↑わかりづらいと思うが、チューバッカ超デカかった。工事現場の仮設便所くらい。



↑NSXかっこよすぎて、再入場して撮った。







東北モーターショー、東北人には大変ありがたいイベントだ。
一人で行ったのにチケット2枚買った甲斐があった。
前売り券を自宅に忘れただけだが。