
今日の一曲!パスピエ「選択詩」~単純化に宿る複雑性~
レビュー対象:「選択詩」(2023)

今回取り上げる楽曲は、当ブログで初めてその存在を取り上げた約9年前には「ニューウェイヴと和の要素が巧く融合されているバンド」と形容していた、パスピエの「選択詩」です。
2025年現在でもこのコアは維持されていると感じますが、両要素が指し示す範疇に囚われずより闊達に電子音楽ないしダンスミュージックをバンドサウンドに落とし込んでポップな音楽性を実現し続けているため、キャリアの積み重ねに伴って「安易に消費されるキャッチーさ」からは脱する進化を遂げたと評しています。実験的な作風も増え、本曲はその白眉と言えるでしょう。
収録先:『印象万象有象無象』(2023)
本曲の収録先は9thフルアルバム『印象万象有象無象』です。2020年から4年連続で12月初旬に発表されるという周期性に於いては最後の一枚に位置付けられます。遡れば2012年からも3年連続6月がありましたし、来年リリース予定の『IMI』(2026)も予定通りなら今年と同様に2月の連続性が生まれるので、何か使命感めいたものを察する次第です。
このようにミニも含めると2011年の全国流通1stから毎年必ず1枚の新作アルバムをリリース(2016年の0枚のみ2017年の2枚で帳尻合わせ)するハイペースなアウトプットを特色としているお蔭で、当ブログで最後にパスピエを取り立てた「始まりはいつも」(2019)のレビュー記事から約6年の間にも新たに相当数の楽曲が世に出たことになります。
ここで言及が途絶えていたのは偶々ながら、上記のタイミングでバンドの所属がワーナー系からユニバーサル系に変わって発売元も系列内自主レーベル「NEHAN RECORDS」に移っていますので、線を引く理由たり得るとして自作のプレイリスト(パスピエは20*3の全60曲編成)から2020年以降の楽曲に限ってフェイバリットを列挙したものが以下の通りです。
上位20曲までに「選択詩」「もののけだもの」、上位40曲までに「4×4」「PLAYER」「tika」「雨燕」「影たちぬ」「スピカ」「ならすならせば」「微熱」、上位60曲までに「21世紀流超高性能歌曲」「2009」「グッド・バイ」「上海と宇宙」の登録で、こうして並べてみると特に『ニュイ』(2021)と『ukabubaku』(2022)を平均的に高く評価している嗜好が浮かび上がって来ます。
当該の『印象~』からは以降にレビューする「選択詩」を筆頭に「ならすならせば」と「上海と宇宙」がお気に入りで、基本的にはやはりオリエンタルなニューウェイヴ感に惹かれていると言えそうです。
さて、普段のフォーマットであればここから詞曲編の順でレビュー対象を掘り下げていくのですが、本曲については真っ先にメロディの特筆性を明かしたほうが話を進め易いと判断したため、次いでアレンジを語って最後に歌詞に触れる構成にします。
メロディ(作曲:成田ハネダ)
本曲に於ける旋律上の特筆性とはずばり、「ド」と「レ」の二音しか使われていない点です。オクターブ上も許容範囲にしているとはいえ、この制約はチャレンジングであると称賛せざるを得ません。
バンドの作曲者でありキーボード担当の成田さんは、ご自身のnoteに音声データの形式でアルバムの制作裏話を投稿なさっていて、このリンク先の埋め込みから『印象万象有象無象』のものを聞くことが出来ます。「選択詩」のパートは[26:45~30:30]で、そこに着想元として挙げられていたのが下掲の漫才です。
お笑いコンビ・シンクロニシティによるこの「五十音」は動画の概要欄にもあるように「M1グランプリ2022敗者復活でもやったネタ」で、成田さんがご覧になったのもその時だと明かされています。文字通りネタバラシになってしまうのでネタの詳細はここに文章化せず、キーコンセプトを「極端な制限下でも成立する内容」と述べるに止め、その手法が楽曲制作に応用されているわけです。筒井康隆『残像に口紅を』の終盤の如くと喩えるのもありでしょう。
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歌い出しこそ歌詞と相俟って「ド」と「レ」のみのメロディということが解り易い単調さですが、程無くしてのテンポアップで飽かない内に変化を齎し更にはオク上へのジャンプで飛び道具的なサプライズと作曲上のルール開示が同時に行われるのが平歌部の特徴です。成田さんも先掲のnoteで「リズム主体で変化を付けよう」との方針を示していました。
サビメロは率直にパスピエらしいポップさを誇っており、そのことがこの制約下では寧ろ意外に響いて来ます。仮に他の何の制約もない楽曲のサビにこの旋律が宛がわれていたら、二音のみで構成されていることにそこまで意識が向かないであろうとの自然な印象を受けるからです。これを受けると既出の単調なメロでさえ("震えるね"~)、順当に終止した産物に思えます。
最初のスタンザは全体でAメロとするかテンポチェンジからをBメロと見做すかで迷えたので平歌という用語に集約させたけれど、ともかくここまでで既にJ-POPに王道の楽想は完成しているためこれ以上展開しなくても攻めた試みの意義と成果は十全です。しかしCメロに相当する旋律も諦めていないところに微に入り細を穿つ精神が垣間見え、音価で差異を出す手もあるよなと腹落ちしました。
アレンジ(編曲:パスピエ)
トライバルなビートメイキングとニューウェイヴど真ん中のシンセサウンドがプリミティブながらにインテリジェントな聴き味を供する中で、成田さんがリファレンスに提示しているTalking Heads的なギターがロックバンドの文脈からファンキーなファクターを付与して一段と格好良い仕上がりを見せているアフロなオケです。特にラスサビのそれがらしくて素敵。
当ブログにトーキングヘッズの名前を出すのは約15年前のAPOGEEのライブレポおよびLotusのライブ盤のレビュー記事以来三度目で、過去の二度が何方もカバーの話*であったことからも察せるようにオリジナルには余り詳しくないのですが、僕が好むバンドを通じて聴いて来てはいるのでそのエッセンスは何となく把握しています。
※ 必ずしも曲名を記していなかったため序でに明かしますと、前者では「This Must Be the Place (Naive Melody)」(1983)が、後者では「Moon Rocks」(1983)および「Crosseyed and Painless」「Once in a Lifetime」(共に1980)が対象です。このラインナップでは「MR」と「CaP」を甲乙付け難く好んでいます。
歌詞(作詞:大胡田なつき)
そんなトーキングヘッズの歌詞は遊び心に満ちた独特の世界観が印象的で、詩片にシーンが鏤められることによってそこにロジカルな流れを見出せたり、反対に見失ったりしつつ解釈の余地を残すという点では、大胡田さんが綴るものにも近しいものがあるとの認識です。
本曲は殊更にその趣が強く、言葉の意味よりも音韻に重きが置かれていると解せます。とはいえ冒頭の"レとレとレとレとレドレ/ドとレとドとレ それぞれ"はメロディに対する自己言及ですし、サビには本来の漢字表記「選択肢」に係るワイヤージレンマが描かれており論理的です。難解なのはそれ以外の全部で、「れ」と「ま」の頭韻や「-u」と「-on」の脚韻などライミング上の意図は明白なれど、意味としては不明瞭なままに提示されています。
それでも妙に心に留まるものがあったのは"レオはライオン、連体詞はあのこの騒音"なるフレーズで、確かにレオはライオンとイコールで結べますし「あの」「この」は連体詞で体言の騒音を修飾していますので、言葉を重ねて大して情報が増えていない部分に面白みを感じたのかもしれません。