【限定特典ピンバッジ付き】 坂本真綾 30周年記念ベストアルバム M30~Your Best~(初回限定盤 Bru-ray付) 先行予約抽選応募シリアルナンバー封入
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前置き:『M30~Your Best~』に先駆けて
今回取り立てる一曲は坂本真綾の「ユッカ」に相違ありませんが、この選曲に至るプロセスの説明がてらに長めの前置きをご寛恕ください。声優として確かな実力を有しながらもアーティスト志向が強く、キャラソン売りを殆ど行わずに歌手としても大きな成功を収めている同女史は、後者の活動に限っても翌年の4月には30周年を迎える切れ目のないキャリアを積み重ねています。
それに向けた動きは今年から既に始まっており、再来月にはベストアルバム『M30~Your Best~』(2025)のリリースが、周年月にはこのディスク名と同じ公演名を冠した記念ライブが開催される予定です。前者に関してはより早くから布石が打たれていたようで、先々月まで受け付けていた人気楽曲投票がDisc1収録の15曲を決定するものだった旨が、去る22日に結果と共に明かされました。
詳細は上掲リンク先を参照願いまして、何曲かは当ブログで過去にレビューしたことがあります。十指の指す所で納得の第1位「プラチナ」(1999)は『カードキャプターさくら』の音楽特集記事内に、オリジナルアルバムまで聴いているファンなら得心がいく第5位「光あれ」(2003)は【テーマ:平成の楽曲を振り返る】の一環で書いた「今日の一曲!」に、菅野よう子プロデュースを離れてからもフォローを続けてSSWとしての才にも注目していた方なら腹落ちの第12位「誓い」(2011)は【テーマ:春|卒業/別離】の同「今日の一曲!」に、それぞれ熱く語っていますのでベスト盤購入の参考になれば幸いです。
他にも文章量は各段に減るものの『You can't catch me』(2011)Disc2のレビュー内には第2位「tune the rainbow」(2003)・第4位「約束はいらない」(1996)・第9位「ヘミソフィア」(2002)・第10位「マジックナンバー」(2009)への言及がありますし、今般の半分にあたる15周年記念曲「美しい人」(2010)の記事には第8位「奇跡の海」(1998)を例示しています。現時点の【ブログテーマ:坂本真綾】には14記事が存在し、ブログ内検索「坂本真綾」だと57記事もヒットするくらいには繰り返しその音楽について思い入れを表明しているため、興味のある方は深堀してみてください。
ちなみに自作のプレイリストに於ける「坂本真綾」は菅野さんのプロデュースか否かで枠を分けていて、nの値は前者が20*3=60で後者が10*3=30の合わせて全90曲編成です。このうちそれぞれの最上位帯を足すとちょうど30曲を提示出来ますので、以下に僕なりの『M30~Your Best~』を開示してみます。
※ 曲名を昇順に並べただけでランキングではありません。
※ 曲名の前の◇=ベスト盤のDisc1(ファン投票15曲)に収録。
※ 曲名の前の◆=ベスト盤のDisc2(関係者選出15曲)に収録。
☆ 菅野よう子プロデュース楽曲:20曲
「another grey day in the big blue world」「park amsterdam (the whole story)」「Rule~色褪せない日々」「THE GARDEN OF EVERYTHING~電気ロケットに君をつれて~」「◇tune the rainbow」「木登りと赤いスカート」「キミドリ」「シマシマ」「スクラップ~別れの詩」「ソラヲミロ」「ともだち」「パイロット」「◇光あれ」「◇プラチナ」「◇ヘミソフィア」「ポケットを空にして」「まきばアリス!」「◇マメシバ」「モアザンワーズ」「◇ユッカ」
☆ 以外:10曲
「30minutes night flight」「Melt the snow in me」「Million Clouds」「雨が降る」「今日だけの音楽」「幸せについて私が知っている5つの方法」「◆シンガーソングライター」「◇誓い」「ユニゾン」「ユニバース」
∴ 8曲がベスト盤と一致しました。内訳はファン投票から7曲、関係者選出から1曲です。前者は未収録が許され難い名曲揃いで首肯に至り、後者は選出者であるPerfumeはのっちさんのセンスを流石と讃えます。なお、一致しなかった残る22曲に関してはリストの対象を次点の60曲にまで広げれば更に9曲が一致するため、即ち都合17曲が個人的な嗜好に沿って13曲は異なるというバランスの良い収録内容に新たな発見を期して今から楽しみです。
レビュー対象:「ユッカ」(1998)
ようやく本題に入りまして、此度の「今日の一曲!」には「ユッカ」を取り立てます。『M30~Your Best~』ではDisc1の13曲目に収録で、つまり人気投票で第13位にランクインするほどに多くの支持を集めている楽曲です。そのレビューをこれから初めて行うわけですが、実は過去に曲名を挙げての言及が二度あることを先に明かしておきます。
一度目は「光あれ」の記事、二度目は「パイロット」の記事で、そのどちらでも文脈は同じです。歌詞内容に甚く感銘を受けた楽曲として「光あれ」および「Rule~色褪せない日々」と共に「ユッカ」が個人的な三強であるとの主張をしていました。「Rule」の記事も別に存在するので、満を持して最後の一角を紹介します。
収録先:『DIVE』(1998)
本曲の収録先は2ndアルバム『DIVE』で、収録先を同じくする関係で先掲「パイロット」の記事に全般的なディスク評が書いてあるため、文面を多少変えて以下にセルフ引用します。
四半世紀以上昔の作品であるのに古臭さを感じさせないのは流石の菅野ワークスで、氏が手掛けた坂本さんのディスコグラフィーを顧みると音作りに初々しさが感じられるのは『グレープフルーツ』(1997)ぐらいで、本作を含めて後の2003年までにリリースされたミニもコレクションも含む6枚のアルバムは総じて、近年の音源と比較しても遜色のない洗練されたサウンドプロダクションが印象的です。
この高い完成度には浦田恵司さんが寄与するところも大きいと踏んでいて、本作ではSound Architectにクレジットされているほか、その他の盤でもSynthesizer Manipulate/-ingにお名前を確認出来ます。更に後年でも「トライアングラー」(2008)に「美しい人」(2010)に「アルコ」(2015)と、菅野さんのプロデュース楽曲にはシンセのマニピュレーターないしプログラミングとして参加しておりまさに鉄板タッグです。
再び自作のプレイリストに照らすと本作からは7曲を登録していて、上位20曲までに「パイロット」「ユッカ」、上位40曲までに「I.D.」、上位60曲までに「月曜の朝」「孤独」「走る(Album Ver.)」「ピース」が入る布陣となっています。
ひとつの単語にまとめると要らぬ先入観を付与してしまいそう(後述)なので分離させまして、「自己」と「愛」が通奏低音にあるアルバムです。揺るぎないアイデンティティ確立のためには愛し愛されることが不可欠との仮説をまず打ち立て、それを若さゆえの無敵さから素直に信じたり反対にその未熟さこそが全ての障害になっているのかもしれないと疑ったりしながら、検証を続けるうちにこの過程こそが最も真理に近いのではとの気付きを得てまた繰り返す… といったストーリーが浮かんできます。
歌詞(作詞:岩里祐穂)
上記の視座に鑑みると本曲の歌詞世界は当初の仮説に強い確信を得た時点のものと言え、しかし一巡目で気付いたというよりは幾度もの迷いの果てに辿り着いたからこその高い自己実現性で予感めいている内容です。そんな感慨深い作詞を手掛けたのはお馴染みの岩里さんで、坂本さんの楽曲に限らず過去に何度かお名前を出してはその紡ぐ言葉の素晴らしさを絶賛しています。
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"亡くしたものばかりいつも持ち歩いていた/思い出は笑顔や温もりや幸せまで持ってる"の書き出しが謳うサウダージに覚えありと過去から現実を突き付けられるも、"欲しいものすべてが眠る昨日の日々に/ただ一つ足りないものがある/僕はやっと気づいた"と脱却の兆しが見られるところがまず前進です。
そうして前を向いた途端当たり前に解るのは"未来はやっては来ない/このままじゃやって来ない"ということで、曾ての幸福な記憶を糧にした人生設計を立てるには時期尚早だとの気付きは若いほど早さが正義となります(余生を過ごすようなステージなら必ずしも悪くはないとのフォローです)。
係る軛から解き放たれた直後の高揚感が"2つの目を開いて/2つの手をひろげて"と動作で表現され単にそれだけでも歓びのビジョンには充分だけれど、更に"そりかえるシンバルのように"と付されると浮かぶモーションは両手のハンドシンバルを打ち合わせんとする瞬間で、果たしてその快音が"心を揺さぶるような何か"に繋がるという意識の流れ的な場面転換が巧みです。
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"自分のなかの自分が時を待ってる"の通りに未来の自分に大いなる期待を寄せられるようになるまでには相応のビハインドと覚悟があり、"捨て去ることでもういちど始まりを知る"の所謂手放しの肝要さ然り、"どうにもならないことや/どうしようもない気持ち/そんなものがきっと道をきめてゆく"の諦念をネガティブに捉えないこと然り、曲折浮沈を経験しているがゆえに確度が増します。
次のスタンザは全文が本曲のコアと言えるためフルで引用しますと、"手渡された悲しみ/それは乗り越えるためにあると空見上げ思う/誰も一人で死んでゆくけど/一人で生きてゆけない/いつか誰かと僕も愛しあうだろう"は、隣り合わせの絶望と希望を対で受け入れてこそ人生だという非常に前向きな予感です。希望にだけ囚われていると未来を見失うことは序盤に説かれていますからね。
"悲しみ"について襲い来るでも降り掛かるでもなく"手渡された"と表現されているところにも解釈の余地があり、これは後に"愛しあう"ことになる"誰か"からのギフトだからこそ克服出来るとの含みを持たせていると思います。加えて、この受け渡しの場面では互いの両手が塞がれている点もおそらく重要です。
つまり困難を共にクリアして諸手を自由にしなければ、先の快哉を叫ぶ感動の"シンバル"は鳴り響きませんし、或いは"2つの手をひろげて"をハグの予備動作と見做した際のそれも叶いませんから、二人が"愛しあう"ために必要なステップとして俗に神様が;歌詞に倣えば"大きな瞳が世界の何処かの果てで/見つめてくれてる"に込められた超然的な何かが、与え給うた試練なのではと結びます。
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要するに「2つあること」が本曲のキーコンセプトで、直接的な"目"と"手"への言及は勿論"シンバル"もその象徴に相応しいですし、"ただ一つ足りないものがある"に"一人で生きてゆけない"と、「1つ」は不完全に宛がわれているのが示唆的です。
収録先の項でアルバムの共通テーマに「自己」と「愛」を分けて挙げて後述としたのは自己愛というワードを慎重に扱いたいからで、この用語のポジティブな側面を許すコフートの例もありますがここでは広く知られているフロイトのそれを支持しまして、自己完結型の愛は「1つ」が不完全であることの一例と言えます。
ここから対象愛に目覚めていくのが健全な精神の発展とされており、本曲の歌詞でもそれに沿った展望が描かれているため、曲名にのみ登場する植物「ユッカ」が別名「青年の木」であることを考慮すると、青年期の自己愛を匂わせる存在として選ばれたのかなとの推測です。
メロディ(作曲:菅野よう子)
過去に主眼が置かれているAメロはその迷いの軌跡を辿るような音運びで「これまで」をナラティブに伝え、そこから抜け出したい焦りと抜け出せそうな予兆が綯い交ぜとなったBメロの不安を抱えながらも前を向こうとする進行に「ここから」を聴き、その決意を派手に展開せず自然体に紡がれるサビメロが引き継ぐことで、真なる愛の予感に堪らなくなる「これから」のサウンドスケープが奏でられていると通時的に聴き解けます。
2番サビ終わりからそのままCメロに移行して"Love is glowing"をコーラスにラスサビに入る冗長性を排した楽想を本曲に於いては意外に感じ、ゴスペルライクな仕上がりが似合いそうな楽曲の性質および人間や人生の本質に迫る歌詞の深いテーマ性から壮大な間奏を挟んでも良さそうな下地がある中で敢えてそうしなかったところに、"いつか誰かと僕も愛しあうだろう"は当然の如くに訪れる未来に過ぎず仰々しくロマンティックにするまでもないとの自信のほどが窺えました。
アレンジ(編曲:菅野よう子)
独特な熱感を持ったリフの響きは殊に耳に残りますが、全体としては歌を邪魔しない裏方に徹した編曲と評せます。アレンジャー自身がプレイヤー(キーボード)も担うバンド編成+ストリングスなのでオケのまとまりが良く、更にサウンドアーキテクトとして浦田さんが全体の音像をデザインすることで聴き易いアウトプットが実現されているとの理解です。