今日の一曲!The Vocoders「Tune Up」―POLYSICSとは異なる魅せ方の衝撃― | A Flood of Music

今日の一曲!The Vocoders「Tune Up」―POLYSICSとは異なる魅せ方の衝撃―

 今回の「今日の一曲!」は、The Vocodersの「Tune Up」(2019)です。デビューアルバム『1st V』収録曲。


 記事タイトルの副題にPOLYSICSの名前を入れているところからもご理解いただけるでしょうが、The Vocodersはポリとメンバーを全く同じくするバンド(要するに変名)です。とはいえ、企画モノ的なテンポラリーな別名義での活動ではなく、ヴォコはヴォコで今後もひとつの柱として、積極的に音源のリリースやライブ活動が行われていく存在であると見受けられます。今年はやけに頻度が多かった配信シングルの発表も両バンド同時でしたし、今回取り上げるヴォコのアルバムもポリの最新作『In The Sync』(2019)と同日の発売だったので、並行してのお披露目が基本となるのですかね。結成の経緯やパフォーマンススタイルなどの詳細に関しては、バンド名で検索して最も上位に来る『Real Sound』のコラムが端的にまとまっているので、興味のある方はそちらをご覧ください。




 Kraftwerk『The Man-Machine』(1978)のジャケットそのままの出立ちが予感させるように、ニューウェイヴないしシンセポップ全開でピコピコなロックをプレイしていたポリよりも、更に源流に近付いてクラウトロック的なミニマルさと実験音楽的な音作りまで復活させているのが、ヴォコの音楽性の特徴と言えます。ジャンルの流れがいまいち不明瞭であれば、ポリが持っている爆発力をテクノのマナーで敢えてお利口さんに仕立てたサウンドと換言しても構いません。上掲コラム内にも引用されているハヤシの言葉を借りれば、まさに「座って聴くテクノ」が的確です。

 しかし、かと言って単調だったり難解だったりの閉じた音楽性には決してなっておらず、ポリで培ってきたポップセンスが確実に織り込まれているおかげで、聴けば一発で口遊めるようになる類のキャッチーさはきちんと残っています。また、ポリの音楽にも欠かせない要素であるVocoderを堂々と冠したバンド名からも察せる通り、ボーカルを全てヴォコーダーを介したものに委ねていることで、コンセプチュアルな統一感であったりレトロフューチャー然としたイメージであったりの、シンプルな機能美を追い求めた先で鳴っていそうな音楽の質感を覚えられる点が、懐かしさと新鮮味を同時に供してくれているとの評価です。


 本作『1st V』にはヴォコとしての新曲と、ポリのある意味セルフカバーと言えるリメイク楽曲が、大体半々で収められています。当初は「今日の一曲!」に選ぶなら新曲のほうだと考えていて、ファミコン時代のゲームBGMにありそうなチップチューンな音遣いが心地好い09.「Nero」か、最もクラフトワークみを感じてテンポを落としたバージョンも聴きたくなってしまった02.「Play」を、特にフェイバリットなナンバーとしてメインに据えるつもりでした。一方で、リメイク楽曲の完成度の高さも充分に主役級であるとの理解でいて、エクスペリメンタルに生まれ変わって貫禄が出た感すらある11.「Shizuka is a machine doctor」に、歌謡曲らしいラインを際立たせて一層の切なさを得た05.「New Melody」は、オリジナルよりも圧倒的に好みのアレンジです。

 新曲もリメイクも捨て難いなと迷った結果、ならばその折衷的なトラックを代表にすれば両得だと踏んでピックアップするに至ったのが、敢えて最後に残した10.「Tune Up」となります。同曲は確かにポリの楽曲のリメイクではあるのですが、元々の曲名は「Tune Up!」でして、本作では末尾のエクスクラメーションマークが取れているのです。これはそうせざるを得ないほどに楽曲の印象が大幅に変わっていることのマーカーだと捉えており、リメイクではあるけれども実質的には新曲と扱っていいとさえ個人的には思っています。なぜなら、本曲を初めて鑑賞した際には、サビ前の女性ボイスによる"Tune Up"が聴こえてくるまで、僕は本曲のことを「Tune Up!」だと認識出来ていなかったからです(曲名や歌詞による先入観を防ぐために、最初の通しでは何も情報を入れずに音源を流す僕の流儀に所以する面もあります)。ゆえに受けた衝撃の度合いも一段と大きく、このタイミングでヴォコの凄さを強烈に意識させられました。10.より前に収録されているリメイク楽曲は聴けばすぐにオリジナルに結び付いていたので、完全に油断していた次第です。次曲の11.も変貌ぶりでは負けず劣らずで、これぞヴォコの真骨頂と見付けたりと主張します。




 上に埋め込んだのはポリの「Tune Up!」(2017)で、同曲が収録されている『REPLAY!』のレビューは過去に行ったことがあります。詳しくはリンク先をご覧いただきたいのですが、アフロなリズムセクションによって牽引される勢いの良さと、乱高下するメロディラインのはちゃめちゃ加減が特徴的な、進化系ポリを象徴するキラーチューンであるというのが、僕の同曲に対する所感です。…が、この感想はヴォコの「Tune Up」には全く通用しません。

 通時的にイントロから語りますと、ベースラインにはオリジナルのファンキーさが窺えるものの、サウンドが完全にテクノ志向となっていたせいか、初聴時にはその同一性に気付けませんでした。それでも流石に歌が始まれば気付くだろうと言いたいところですが、歌詞が中抜きになっているうえにメロディも大きく違えており、極め付きにヴォコーダーならではの言葉の聴き取りにくさがあわさって、僕の耳はBメロ終わりまで普通に新曲であることを疑わなかったくらいです。"Tune Up"を挟んで俄に聴き覚えのあるサビメロが登場し、ここまで来て漸く前出した衝撃に襲われます。そのサビも細かな変化が愛おしく、ここでも"!"の有無がマーカーとして機能しており、オリジナルでは文字通り"Pick Up! (Pick Up!)/Look Up! (Look Up!)"と英語で受け取れていたものが、リメイクでは歌詞上の"Pick Up (Pick Up)/Look Up (Look Up)"が日本語的に「ピカ(ピカ)/ルカ(ルカ)」と発音されていて、キュートさが段違いです。

 こうして一頻り感動していた気持ちが醒め切らないうちに始まるスペイシーなセクション(2:38~)が、更に僕の嗜好心を鷲掴みにしていきました。このテクノポップに根差した盛り上げ方だけでも称賛に値しますが、その着地点に異国情緒めいたギターが来るのは反則級の格好良さであると大絶賛します。オリジナルでも2番の"興味ない"の後に来るギターを甚く気に入っていて、その旨は上掲記事にも述べてありますが、楽想上は同じアプローチでもスタイルを変えてきているのが実に技巧的です。アウトロの絶妙に途切れ途切れなシンセが奏でているグルーヴも素敵で、そこに割って入る"Tune Up"の連呼もオリジナルより休符が増え、可愛らしく「チュチュチュ…」で進行していくのが堪りません。


 POLYSICSのナンバーであったはずの「Tune Up!」が、The Vocodersの手により「Tune Up」という全く別の顔を見せるナンバーに刷新された事実を前にして、メンバーが同じでもバンドのコンセプトを変えるだけでこうも音楽の幅が広がるのかと、今後の無限の可能性に対して非常にわくわくしています。

 ラストに最新作同士での対比が行われている「Part of me」のヴォコ版MVを埋め込んでお別れとしますが、映像の中に描かれている多幸感こそがまさに『1st V』を聴き終えた僕の心境の代弁で、余韻として残っているのはとにかくずっと幸せだった記憶です。それは元より好みのサウンドが展開されていることや、ポリとの共通点または相違点を発見する喜びの連続であったことなど、分析的に書けばこの辺りの要素に起因するのでしょうが、感覚的に「なんだかハッピーと思ったから」で良しとしたいような、理屈を超えた魅力に惹かれています。



 これを鑑賞した後にポリ版のMVを観ると、映像に於いても「到達点を何処に求めているのか」の差が顕著になっており、示唆に富んでいて面白いです。