今日の一曲!やなぎなぎ「インテンション・プロペラント」 | A Flood of Music

今日の一曲!やなぎなぎ「インテンション・プロペラント」

 今回の「今日の一曲!」は、やなぎなぎの「インテンション・プロペラント」(2014)です。7thシングル『三つ葉の結びめ』c/w曲。


 当ブログ上でやなぎなぎを単独で扱うのは、「helvetica」(2013)をレビューして以来二度目です。同記事の選曲動機は「なぜこの名曲がベスト盤に入っていないんだ」といったものでしたが、今月にリリースされたカップリング集『memorandum』(2019)には無事収録されており、この予定が控えていたから選外だったのかなと勝手に納得しています。上掲記事は有難いことにSNSで紹介してくださった方がいらっしゃったので、一時期アクセスが集中していました。このニーズの増加とc/w集の発売に鑑み、同盤から新たに一曲を紹介することにした次第です。12.「helvetica」を除くと、個人的なお気に入りのトップスリーは02.「インテンション・プロペラント」、09.「Rain」、13.「link」となり、このうち真っ先に候補として浮かんだ02.を代表的に扱います。



 まずクレジットから見ていきますが、本曲に於けるやなぎなぎの役割は作詞と歌唱のみで、作編曲は共にARCHITECTの担当です。つまりはサウンドクリエイター側からの提供楽曲ということになるため、音楽ナタリーで読めるインタビューでも「デモをいただいたとき」と表現されています。従って、「helvetica」の記事に書いたような、SSWの立脚地から聴き解くレビューとは語り口を変えなくてはなりません。

 インタビュアーの成松哲さんの口からも語られている通り、本曲に特徴的なのはブレイクビーツ的な音作りです。とはいえ、それだけに掛かり切りにはなっていないので、決して無機質なアウトプットというわけではなく、複雑な感情の揺らぎに沿うようなピアノのインテリジェンスと、敢えて非ブレイクの役目を負っているのであろうスネアの生っぽさによって、科学の根底にある人間らしさが鮮やかに切り取られていると評せます。


 科学云々は歌詞内容にも由来する形容で、世界初の人工衛星ないし宇宙船およびプロジェクト名として有名な"sputnik"と、同船(スプートニク2号)に搭乗し悲劇的な最期を迎えた雌犬ライカに代表される同計画に従事した宇宙犬を指す語"ムトニク"が、象徴的に登場するところから明らかなものです。曲名の「プロペラント」も英語で書けば'propellant'で、これは「推進燃料」を意味します。やなぎさんによるこの着眼点の「インテンション」もとい意図については、前出のインタビューに詳しいです。中でも端的な一節は、"折り重なっていく/試行と犠牲とデータを継ぎ接ぎ/僕らは夢を見る"で、科学の本質と明暗が歌われています。

 しかし、一方ではとても根源的なフレーズも顔を覗かせていて、"未来を遡って今の場所に来たとしたら/もっと良い選択とかアイデアとか浮かんだのかな"や、"どうして人は皆遠い場所へ行きたがるんだろう"など、質問とも自問とも取れる等身大の言葉繰りは、急速な発展の中にあってなお人間性を維持していたいことの意思表示でしょう。これは即ち、「インテンション・プロペラント」にほかなりません。


 歌詞はメロディとの結び付きも素晴らしく、とりわけサビメロの入りの疾走感に満ちたラインには、"go sputnik 宙へ発て"以外の言葉は相応しくないと断じられるほどにハマっています。ロケット打ち上げのビジョンが幻視出来そうなほどの旋律の妙味は、確かな激しさを保ったまま"降り注ぐ轟音の欠片の様に"へ続き、消滅が間近の"燃え尽きる日が来ても"まで進むとメロディにも影が差し、それでもクロージングの"僕の憧れ"は前向きに終止するという、非の打ち所がない作曲と作詞のコンビネーションです。

 最後に再び編曲面の話に戻りますと、僕が本曲の中でいちばん好んでいるポイントと言えば、それはアウトロのトラックメイキングにあります。これまでもサビ裏で鳴っていたピコピコ音がボーカルの終了で自然とよく聴こえるようになったことに加えて、ピアノが先述した複雑性やインテリジェンスから解き放たれて俄に可愛らしいエンディングを奏で始めることで、ブレイクビーツのノリとは異なる別種のグルーヴが生まれており、最終的には明るい展望を見た気になれるからです。科学の犠牲にはしっかりとふれたうえで、豊かな未来に繋がる道の先を正しく照らす締め方に、示唆的な楽想が垣間見えます。