今日の一曲!東京事変「電気のない都市」―被災して電気の有難みを痛感したという話― | A Flood of Music

今日の一曲!東京事変「電気のない都市」―被災して電気の有難みを痛感したという話―

 今回の「今日の一曲!」は特別編です。レビュー対象に選んだのは東京事変の「電気のない都市」(2011)で、この曲名と副題で察せると期待しますが、令和元年台風第15号によって程度は軽いものの被災をしました。

 間接的とはいえ未だ進行形の災害で、苦しんでいる方々も大勢いる中、現時点で振り返り的なことを記すのは時期尚早とは思うけれども、個人的な経験談を何処かに書き残しておきたい気持ちが強くあるので、本記事の前置き部をそれに充てるとします。早く本題に入ってくれとお望みの方は、ここをクリックすればスキップが可能です。なお、事の顛末を詳細に記すと生活圏が絞り込まれてしまうため、以下に開示する情報には敢えて具体性を欠落させた部分もあると留意してください。要するに在宅時のことしか書きませんよということです。




 さて、僕が経験した被災のメインは停電です。自身や住まいが物理的な被害を受けたわけではないので、先達ては「程度は軽い」と表現しました。ただ、向こう三軒両隣の狭い範囲に限っても、飛来物のせいで外壁に穴が開いているお宅や、倒木によってフェンスが拉げているお宅があるレベルですし、街に出てみても、そこら中に何かの破片が散乱していて道路が嫌に煌めいていたり、巨大な看板が枠組みだけになっていて驚愕したりしたくらいには、尋常ではない大風が吹いた地域であるのは間違いありません。

 停電は台風襲来時の9日未明から10日夜遅くまでのほぼ丸二日続き、その影響が多岐に亘るのは連日の報道の通りですが、最もきつかったのは冷房器具を使用出来ないことによる暑さでした。特に猛暑が連続した二日目の夜が地獄で、前日の疲れと火照りが全く癒えていないところに、窓を開け放っていても室温30℃・湿度80%超えの過酷な環境に身を置くしかなく、おそらく熱中症疑いの患者を運んでいるのであろう救急車の引っ切り無しに続くサイレンの音を暗闇の中で聞いていると、気が狂いそうになったのを覚えています。タイミングの悪いことに自家用車を他所に預けていたため、車中泊で凌ぐ選択肢も取れずに焦りましたが、幸い断水はしていなかったので、定期的に水風呂に浸かることで何とか体温を下げていました。とはいえ、この対策は回数を重ねる度に身体的な苦痛になっていきますし、懐中電灯で照らしただけの暗い浴室で水風呂に入る行為自体が精神を蝕んでいくため、このまま猛暑と停電が続くならば避難も視野に入れるべきかもしれないとまで思案した次第です。復旧見通しが二転三転したのも、気が立つ要因のひとつでしたね。

 ただ、食料と飲料の備蓄は平時から潤沢にしていたので、非常時ゆえの物資不足で大した買い出しが不可能でもひとまずは問題ありませんでしたし(ガスが無事だったことも大きい)、スマホの充電は旅行用に使っている大容量のモバイルバッテリーのおかげで、電池残量をそこまで気にせずに過ごせていました(基地局の電源がへたっているのか通信状況は悪かったけれども)。従って、やはり最大の障害はアナログな暑さ対策しか取れなかったことだと言えます。前出した窓を開け放つ、水風呂に浸かるのほかには、薄着になる、冷感のタオルやボディーペーパーを使う、冷蔵庫の残った冷気を最大限活用して少しでも冷えた水分を摂る、経口補水液や塩分タブレットで体内のバランスを整えるなど、とにかくくたばらないように必死でした。




 以上が、僕が経験したささやかな被災談です。今なお停電が続いている地域の深刻さに比べたら微々たるものなので、この程度で弱音を吐くなんてとのお叱りはごもっともですが、たった二日間電気が来ないというだけで、ここまでQOLが低下するとは正直予想外でした。昨年の平成30年台風第21号による近畿地方での大停電に、同じく昨年の平成30年北海道胆振東部地震による全道ブラックアウトと、割と直近に示唆的な災害が起きていたにも拘らず、何処か他人事であった自分を猛省します。

 暑ささえなければまだ幾分マシだったのでしょうが、台風が日本列島に近付くシーズンと台風通過後の一般的な気象状況に鑑みれば、暑さがセットで来ることのほうが多いと思うので、台風 → 停電 → 熱中症の凶悪コンボへの対策は急務ですね。多少値は張るけれども、増税前に発電機やポータブル電源の購入を検討しています。


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 お待たせしました、ここからが本題である「電気のない都市」のレビューです。東京事変の5thアルバム『大発見』の収録曲で、同作のリリースが2011年の6月であることからもわかるように、本曲には東日本大震災からの影響が色濃く反映されています。楽曲の成立過程や裏話はバンドの公式サイト内の「オフィシャル・インタビュー」から閲覧可能である通りで、計画停電によって闇夜に包まれたさいたま新都心の光景から着想を得たそうです。

 実は当ブログでは過去に『大発見』をレビュー済みでして、本格的な音楽ブログに傾倒する前の拙い内容ではあるけれども、本曲に対する感想を述べています。その一部を引用すると、地震に伴う停電を語る文脈で「文明て脆い物だったんだなぁと、僕も実感しました」との記述を確認出来ますが、実際は3.11の時に僕の住む地域は計画停電が行われなかった(対象地域の定刻になってもなぜか停電しなかった*)ため、当時は身につまされたというだけで、本当の実感に至ったのは此度の台風15号による停電を経験してからでした。実に8年越しでの遅蒔き大発見です。

 * 以前はプライベートな記事も公開していたので、震災発生後の備忘録的なエントリーも一応は存在しますが、後年に非公開にしていてリンクを貼れずに申し訳ありません。


 人為的な停電と自然的な停電の違いはあれど、都市の電気が途絶えるという点では共通しているため、今回のレビュー対象には「電気のない都市」を選んだわけです。前置きの体験談があるゆえに、リリース当時よりも結びの一節が一層痛切に感じられるようになったのは収穫で、"ああ僕ら生きているよ密かに/そう声を押し殺した都市[まち]に隠れて"は、情報の入手と発信が制限された被災者のマインドを、端的且つ鮮やかに切り取ったものであると実感から支持します。同じ立脚地から歌詞内容を読み進めていくと、1番サビのそれは力強いエールに映り、"ああ君は生きているよ確かに/そう誰も知らぬ闇へ息を漏らして"には、勇気付けられる面がありました。停電の最中、真っ先に脳内に浮かんだのが本曲だったので。

 ちなみに他の紹介候補は、Orbitalの「The Girl with the Sun in Her Head」(1996)、平沢進の『SOLAR RAY』(2001)、DE DE MOUSEの『farewell holiday!』(2015)あたりで、前二作品は制作に要する電気を太陽光発電で賄っている特殊性を、後一作品は全編打ち込みなれど「電気がなくても成立するものを」との理念に基く一枚であること(詳細は『Mikiki』上のインタビューを参照)を、それぞれ意識したラインナップです。停電中はやれることも少なかったため、気を紛らわせる目的でこのようなことを考えていました。笑


 話を戻して、本曲が元来的に内包しているイメージは、表題にある「電気のない」状態ということ以上に、直接的に「生死に関わるもの」だと窺え、このことは当時の雑誌上での発言からも裏付けられます。純粋に内容だけで判断しても、リリース時期が大震災の年であることに加え、"ああ君が溶けていくよ静寂に/もう二度と会えないかもしれない"とのストレートな表現の存在が、これまた証左となるでしょう。

 この観点を敢えて表題と結び付けるならば、「生物電気・生体電位」の解釈も可能かもしれないと思いました。生きることは即ち発電であり、それが途絶えることは生物的な死を意味しますし、住環境から電気が失せても死のリスクが高まるといったことは、ここまでに述べてきた通りです。ただ、後者は現代人ならではの脆弱性に過ぎないので、非常時に備える環境づくりも肝要ではあるけれども、自身の心身がもう少し強くあらねばならないなと、併せて教訓にしました。


 最後に音楽面を語ります。またも過去記事の文章を引用しますと、昔の僕が「わっち作曲で、ピアノが迚も美しい名曲です」と書いているように、key.の伊澤一葉さんが作曲を手掛けたナンバーだけはあって、セクション毎に表情を変える鍵盤の機微が印象的でした。

 イントロから続く静けさはまさに「電気のない都市」のサウンドスケープで、儚くも継続していく命を感じさせる音色です。その物悲しい響きや不安定なタッチはサビに入ると俄に消失し、今度は一転して力強さが優勢の展開に入ります。ボーカルラインを立てる安定したリズムキープで、シンプルながらしっかりと存在感を主張した後で、満を持して間奏部でメインに躍り出るピアノの美麗な旋律に、生き抜く意志を覚えなければ嘘だろうと主張したい。この楽想を経ると、アウトロには孤立の寂しさや死への恐怖だけではなく、確かな希望に根差した生への渇望が通奏低音の如く敷かれているとわかり、完璧なクロージングであると絶賛するほかありません。