今日の一曲!サカナクション「ボイル」【テーマ:鉛筆】 | A Flood of Music

今日の一曲!サカナクション「ボイル」【テーマ:鉛筆】

 【追記:2021.1.4】 本記事は「今日の一曲!」Ver. 1.0の第三十四弾です。【追記ここまで】
 

えんぴつ使ってる?

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 使ってませんね。というかあまり文字を書いていない。全てPC入力。手書きするとしても大体はシャーペンかボールペンです。

 でも鉛筆は好きですよ。いちばん滑らかに手が動くのは鉛筆だと思うし。それでもあまり使わない理由は、(消しゴムをかけたときなんかがわかりやすいすが)紙が汚れるから。加えて手も。

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 そんな【テーマ:鉛筆】で紹介するのはサカナクションの「ボイル」です。バンド名を冠したアルバム『sakanaction』(2013)の収録曲。デビューでもラストでもベストでもないところにセルフタイトルが来るのは中々珍しいのではと思った一枚。

 "黒い鉛筆かペンでノートに自由に書く"という一節が出てくることに加え、この曲は"書く"こと自体がテーマだと思うので選びました。"かペン"と"鉛筆"に絞っていないところがテーマ的にどうなの?というツッコミはなしで。笑


 「ボイル」はサカナクションお得意のドラマチックな展開を見せるナンバーです。3分半と長尺ではないものの、一曲の中に複数の曲が混ざっているかのようなプログレッシブな構成。しかし徒に複雑にしているわけではなく、テーマに沿った曲展開であると主張します。

 先述の通りこの曲のテーマは"書く"という行為自体だと思います。もう少し格好良く言えば、言葉を綴ることについてという主題を持つ曲。ミュージシャンということを考慮すれば、この言葉は歌詞と置き換えてもいいかもしれません。



 この曲の中で唯一複数回登場するメロディにて("遠くに"~のパート…便宜的にサビとします)、"遠くに投げ捨てた夜の言葉"と"遠くに忘れていた夜の長さ"を思い出すための歌であるとの宣言がなされます。この"遠く"というのは記憶の奥底でしょうかね。

 続く"テーブルに並ぶメニュー"のパート、ここは記憶の表層部であると思います。ブレインストーミング中の脳内としてもいいです。脳内の作業領域で言葉の取捨選択を行っている場面、つまり歌詞(言葉)を書くのに思い悩んでいる状態ですね。

 "悲しみだけ選び取り"や"ひとりに慣れたはずなのに"という表現から、思いつく言葉の方向性がだいぶ凝り固まってしまっている様が見て取れます。

 しかしこの段階ではまだ頭はクール。冷静に自分の状態を把握できているわけですから。それにあわせてメロディもきちんと理性的というか、口遊みやすい綺麗な旋律を持っています。アレンジも同様に優等生。


 もう一度サビを挟んで、続く"荒れてる心"のパートへ。この曲の中で最も自由自在に言葉とメロディが繰(く)られている部分です。"鉛筆"もここに登場します。そのことからもわかるように、ここは実際に言葉を書き出している描写ですね。

 アウトプットにも色々ありますが、ここで行われているのは記憶の整理のためのアウトプット…つまり最終稿を仕上げているわけではなく、未定稿を積み重ねている状態でしょう。書きつつ考えるというやつです。

 "能率の次 論理 忘れた心で書く"というのがまさにそれを上手く表していて好きな表現です。ここに"心"とあるように、このパートは言わば内なる自分との対話の描写だとも言えますね。


 続いて"情景描写"により深い記憶の断片が次々と顔を出してきます。個々の描写が同一のことを示しているわけではないと思いますが、"嘘の意味"や"いきなり告げられる深い別れ"など、ここに出てくる描写はどれも"悲しみ"を匂わせます。

 "メニュー"にあった"悲しみ"は表層の記憶でしょうけど、ここにある"悲しみ"は心の深いところに沈めてあったもの(抑え込んでいたもの)に思え、そこにダイブしていくということは痛みを伴う行為のはずです。ゆえに"言葉で今繋げるから"というのは救出宣言と同義だと思います。


 この思いつくままに言葉を出しては記す感じがメロディとアレンジにも反映されていますよね。序盤では"テーブル"~と同じメロの面影を感じることが出来ますが、展開するにつれて旋律というよりは朗読に近い空気を纏い始めます。

 しかしラストでは再び感極まってメロディアスな起伏が生まれるという、歌詞の内容に沿って姿を自在に変える素晴らしい旋律だと思います。詞先で作って上手いことメロディを乗せたのかな。


 もう一度だけサビを挟んでクライマックスへ。ラストのこのパートでようやく最終稿の仕上がりといった趣。更に踏み込めば、記憶の整理が完了し心とも折り合いがついた段階とも言えるので、言葉の完成と心の救済が同時に訪れた至福の瞬間が想像できる。

 メロディにもアレンジにも神聖さがあるというか天上を思わせるところがあるのは、この「救い」の雰囲気を出したかったからではないかと思います。コーラスがクワイアみたいですし。


 このパートでは"ライズ"が印象的に繰り返されますが、様々な意味を内包している感じですね。まず「朝日が昇る」という意味の"ライズ"で時間の経過を示しているのがいちばんわかりやすいでしょうか。

 加えてここまで僕が「記憶の奥底」や「沈んでいた」という表現を使ったことからもわかるように、深いところにあった言葉をサルベージした結果に辿り着いたラストだと思うので、「浮かび上がる」という意味の"ライズ"もあるでしょう。

 このあたりのイメージがタイトルの「ボイル」に繋がっているのではないかなと思います。気泡が立ち上る感じね。

 これで"voile"のほうだったら恥ずかしいなと思ってちょっとだけ調べたら、釣り用語としての"ボイル"を想定しているようですね。ちなみに"ライズ"も釣り用語として存在するらしい。まあこの辺りは各自で調べていただくとして、引き続き独自解釈を貫きます。笑


 "意味が跳ねて ライズしたんだ"がいちばん複雑に思える。日本語の一語に対応させられるものではなく、基本的な意味である「下から上への移動」あるいは「数量や価値が増す」という概念そのものを持った"ライズ"なんじゃないかな。

 イメージだけで訳していいなら「(比喩的な意味で)昇華する」が適当だと思う。つまり、"意味が跳ねて ライズしたんだ"=「言葉(歌詞)が洗練された」と解釈したのだということを言いたいのです。

 加えてその言葉の元となった記憶や体験も昇華されたという意味も感じ取れるので、次の"日々ライズしたんだ"も同様の意味合いではないかと思います。

 上で書いた「(比喩的な意味で)昇華する」というのは、「物事が更に良くなる」という意味合いで使われるものを想定していましたが、調べると心理学用語にも「昇華」があり、その概念が最も適当というか僕の言わんとしていることをよく示してくれていました。

 鬱屈した日々に溜まっていた不満を、言葉(ここでは歌詞)という芸術にかえて昇華することで救われる…というのがこの曲のメッセージなのではないでしょうか。実際、書くことで心が落ち着くというのは誰しも経験があるのではないかな。


 本当はもう少し『sakanaction』というアルバム自体にふれたかったのですが、時間がないのでまたの機会に。