夕方からまたまた雨の東京です。
そしてまた肌寒い~。
皆さまお変わりございませんか?
さて。
幕末散歩、続きです~。
一の橋から坂道をゆるゆる登って…。
カッシーグループの一員、加納鷲雄終焉の地へ。

古地図を辿るとこの坂を少し登った右側辺りになります。
加納鷲雄…。
油小路で逃げ延びた後、伏見街道で仲間と共に局長を襲撃、重傷を負わせた。
さらに、流山で投降した「大久保大和」を「近藤勇」と見破り、局長は斬首になる…。
局長にとって、そして新選組にとって…。
まさに因縁の相手ですね…。
それにしても…。
何気にこの界隈は坂が多いよ…(* ̄∇ ̄*)

昔、狸の住む大穴があったとか。
(「まみあな」と読むんだそうです。)
この坂を和装、草履で歩くのは大変だったことでしょう。
それから真浄寺へ。
新選組最後の生き残り稗田利八のお墓があります。
最後の生き残りとして子母澤寛の取材を受け、彼の言葉は回顧録「新選組聞書」という形にまとめられました。
昭和13年1月16日に90歳で死亡。
「新選組池田七三郎事 稗田利八之墓」と記されています。
墓所は区画整理の真っ最中のようで、古い墓石は撤去されてしまったようでした…。
そしてさらにてくてく。
講武所の砲術師範であった下曽根金三郎屋敷跡などを眺めつつ金地院へ。
ご存知、天然理心流宗家三代目近藤周齋のお墓があります。
静かに手を合わせてきました。
都心の一等地といってもいい場所に周助先生は眠っておられるのだなあ…。
すぐそばには東京タワー。


たくさんの鯉のぼり。
周助先生も眺めていらしたりして。(笑)
素敵な幕末散歩はまだまだ続きますが、
今夜はこれまで。
おやすみなさい。
どなたサマも良い夢を。