笑顔とありがとうを~大切な人たちへ~ -53ページ目

第10話 話し合いⅠ





緩和病棟への移動も決まり

その日は妹と私で緩和病棟の主治医となる

W先生とカンファレンスルームで話をすることになっていた。


緩和病棟は本館から渡り廊下でつながっていたが

入院患者とその家族以外は入れないような雰囲気だったので

一度入り口まで来たことがあったが入ることが憚られ

私達はそれまで足を踏み入れたことはなかった。



正面入り口から入るとすぐに守衛さんのいる受付があり

そこで用件を言って中に入った。

入ってすぐにソファと自販機などがあり

私達はそこで先生を待つことにした。




「Kさんのご家族の方ですか?」

しばらく待っていると

白髪混じりの背の高いめがねをかけた先生が現れた。

印象としては少し冷たい感じの先生だった。

私達はすぐそばにあったカンファレンスルームに通された。


「これからお母様の主治医をさせていただきますWです」

「よろしくお願いします」

「お母様の病状の説明、資料など以前の病棟の方から

見させて頂きました」

「え~これからのことなんですが、今後は痛みなどの緩和を中心に

治療をしていこうと考えています。」



そうして主治医との話し合いが始まった・・・・



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第9話 父の退院

母の病棟移動までの間に、父の退院が決まった。

8月の末に手術をして、4ヶ月過ぎた退院だった。

父は手術を受けてから声を失い

首の付け根辺りに穴をあけて、呼吸はそこからしている。

食事も流動食で、エンシュアという甘い香りのする

流動食を鼻から通した管から摂っていた。

見た目には何とも痛々しい姿ではあったが

とりあえず退院できることになり

私達家族も嬉しかった。

本当だったら・・・・

母が元気だったら・・・・

みんなで退院祝いをしてあげたかったのだが

母があの状態で、妹も私も父の退院祝いをする余裕が無かった。




父が退院した日。

妹が父の病院まで迎えに行って

その足で母の病院までやってきた。

私はその日母の付き添いをしていたので

病室で父との対面になった。

父に掛けた言葉と言えば・・・

「体はどう?大丈夫?」

そんな言葉しか言えなかった。




母は・・・・

父の姿を見て少し嬉しそうで

そしてとても父の体を心配していた。

母の病状の方が大変なのに・・・・




父と母。


父は鼻から管を通して、もう声も出せない。

母は点滴を付けてベットに横たわっている。

その二人がお互いのことを心配しあっている。




私は辛かった・・・・

心の底から辛いと思った・・・・

どうして私の両親がこんなことになってしまったのだろう・・・・

考えても仕方の無いことと解っていながら

考えられずにはいられなかった・・・・








第8話 母の日記

母が病院に戻ってからはいつも通りの日々・・・

相変わらず始終うとうととしていて

目を覚ます時間が少しずつ少しずつ少なくなってきているように感じた。



そんな中病院側は病棟移動の準備を着々と進めていて

クリスマス辺りには移動できるかもしれないとの話だった。

そうなると年末年始はどうなるのか少し心配だったが・・・

こうなると早く病棟移動して

落ち着いてから年末年始を過ごしたいと妹と話をした。




日常はいつも通り・・・

妹とおばと私での交代の付き添い。

付き添っている間は何もすることがなく

時間を持て余していたので

大学ノートを買ってきて付き添っている間の母の様子などを

3人でそれぞれ書き記すことにした。



○月○日(妹の記述)

今日のお母さんは調子がいいようだ。
朝早くから目を覚まし、ニュースを見たいと言ってNHK を点けた。
でもやっぱりものの5分程で、うつらうつら・・・




○月○日(おばの記述)

Kに「おはよう」と声を掛けると、急に「はい!」と、大きな声で返事をして
私まで驚いてしまう。
しばらくするとまた眠ったが、寝言なのかわからないが
急に「はい!はい!」と、何度も言うので
「私ならここにいるよ!」と、声をかけると静かになった。




○月○日(私の記述)

お母さんは相変わらず・・・・
少しの物音でも目を覚ますのに、すぐまた眠ってしまう。
かろうじてトイレと朝の洗面に起き上がるくらい・・・
せめて起きている時位、いつものお母さんに戻って
話がしたいな・・・




この日記に終わりがなければ・・・

そう願いながら私達は書き続けていたのかも知れない。





第7話 笑顔

朝食を終えて私達4人は車に乗り込み病院へ戻った。

父も母に合わせて外泊していたので

母の病院に行ってから、父の病院に戻る予定だった。

病院に着いて母の病室に戻り

いつものように母はベットに横なった。


「Kさ~ん。外泊はどうでしたかぁ?」

にこやかに看護師さんが入ってきた。

「ゆっくりできましたか?」

「はい、お蔭様でのんびりできました。」

そう母が答えた。


「そうですか。よかったですね~。」

そう言って母の腕を取り血圧と体温を計った。

「体の調子も良さそうですね。」

「はい。今日はとてもいいみたい。」

嬉しそうに答える母。

久しぶりに見た母の笑顔。

家に帰れたことが本当に嬉しそうだった。

そんな母の姿を見て、母の笑顔を見て

父も私も妹も本当に嬉しかった。


外泊することに最初は躊躇していた母。

私たちも不安がたくさんあった。

でもこうして思い切って外泊してみて本当によかったと思った。



「今日はお母さん調子いいから付き添いはいいよ。」

突然母が言い出した。

「だめだよお母さん。今日はおばさんが来てくれるから大丈夫だよ。」

「もう頼んじゃっているの?」

「うん。おばさんが来るまでは私達いるからね。」

「も~仕方ないわね。一人でも大丈夫なのに」

むくれた振りをして少し笑った。

こんな何気ない会話さえも私はとても嬉しかった。



しばらく病室で家族4人の時間を過ごし

おばが来てからは昨日の様子などを話して

私たちはおばに付き添いを頼んで病室を後にした。

第6話 母のいた場所

親子3人で布団を並べ、眠った夜。

久しぶりに私はぐっすりと深く眠れた。

病院では何度も母の横で眠っていたが、

やはり家で眠るのは全然違う。

母もきっと同じ気持ちだったと思う。

朝になり母は

「はぁ~今日病院に帰るのよね・・・」

「帰りたくないなぁ・・・」

そう独り言のようにつぶやいていた。

帰りたくない・・・・

その母の気持ちは痛いほどわかる。

私たちも出来ることならこのまま母にいてほしかった。







朝食の用意に妹が台所に立った。

妹は姉の私から見ても料理が上手で

手際よく朝食の支度を始めた。




その時・・・・妹の台所に立つ姿を見て悲しくなった。

いつもなら母が立っていた台所。

母がいる当たり前の場所。

台所に立っているのが母じゃなくて妹で

その事実が私には本当に悲しくて・・・・

もう2度と母はこの台所に立つことが無いかもしれない。

もう2度とこの台所で料理することは無いかもしれない。

もう母の手料理を食べることが出来ないかもしれない。



そんな事実に私は打ちのめされていた。

当たり前のように

母の手料理を家族そろって食べていたあの頃。

それは永遠に続くものだと錯覚していたが

こうして出来なくなる時がくるなんて

それがこんなに早く来るなんて・・・

もう少し遅くてもよかったのに・・・







「ご飯食べたら病院に戻ろうか」

妹の言葉でハッと我に返り急いで朝食を食べた。