笑顔とありがとうを~大切な人たちへ~ -51ページ目

第2話 母の答え





「お母さん調子はどう?」

いつも変わらぬ最初の言葉を掛けて

妹と私は母の病室へ入った。

母の病室は3人部屋だったが

一般病棟に比べると広々としていてとても快適だった。


「・・・あぁ・・・来たの・・・」


そう言って目を開けた母。

少し眠っていたようだった。


「調子はいつもどおりよ・・・」


ゆっくりと母は起き上がった。



「何か少しでも食べた?」



母は発病した当初から腸閉塞を起こしかけていて

食べ物を口にすることが出来なくなっていたのだが

緩和病棟に来てからは

流動物を少量なら口にしても大丈夫とのことだったので

病院食も出してもらっていた。

とは言ってもほとんど口にすることは無く

もっぱら栄養源は24時間の持続点滴だったのだが・・・




「2,3口だけ食べたよ。」


「そう。あっヨーグルト買って来たよ。」


「ありがとう。」


母にヨーグルトを手渡し、しばらくしてから妹が話を切り出した。



「昨日ねAさん(担当看護師)から一時帰宅してみては?って言われたんだけど

お母さんはどう思う?帰れるなら帰りたい?」




「・・・・・・」



「帰りたくない?」



「そりゃ・・・帰れるなら帰りたいけど・・・」



「少し不安?」



「・・・・うん・・不安だし心配かな・・・・」

「今の生活でも大変なのに・・・お母さんが帰ったらもっと大変だよ・・・」




母の本心はやはり帰りたい気持ちだろうと思う。

でも自分の体がこの状態で家に帰るということは

家族の負担が増えるということで

母はそのことが心配だったのだろう。



「そんな心配は今しなくていいよ。

お母さんの気持ちを聞かせて欲しいんだよ。」




「・・・・・・」




母は黙り込んで考えていた。


私と妹はなす術も無く

ただ母の答えを待つしかなかった。



第5章  第1話 一時帰宅

緩和病棟へ入院する時に看護師さんからこう言われた。

「本人が希望するのであればいつでも一時帰宅出来ますよ。

その時にこちらでは出来る限りお手伝いさせていただきますよ。」





妹と私はそのこともすっかり忘れていたのだが

ある日妹が担当看護師さんから一時帰宅の話を聞いて帰ってきた。


「今のお母さんの状態なら帰っても大丈夫って言われたんだけど

お姉ちゃんどう思う?」




妹にそう聞かれて母の気持ちを考えた。

不安な気持ちもあるだろうけれど

きっと家には帰りたいだろうな・・・と。



「でももし帰るならば、往診してくれる医師と訪問看護が必要なんだって。」


「それはこの辺で探さないとだめだよね。」




母の入院している病院と自宅は車で40分程かかる距離。

まして病棟の医師、看護師さんは往診することは不可能だ。

必然的に自宅近くで探すしかなかった。




「病院のソーシャルワーカーの人と相談もできるらしいけど・・・」

「まずはお母さんの気持ちを聞いてからだね。

お母さんはどう思っているのか聞いてみようよ。」


「そうだね。」




一時帰宅と言っても、色々と準備が大変そうだ。

私は少し不安な気持ちだったが

実現するかしないかは、母の気持ち次第だった。




第16話 コーヒーの香り


家族で過ごしたお正月も明け

母は病院へ戻ることになった。

そしてまたいつも通りの生活が始まる。



母の体調は低空飛行を続ける飛行機のように

良くもなく悪くもなく・・・・・

私たちは以前と同じように、毎日誰かしら病院へ行き

母の様子を見守っている状態だった。



母は調子のよい日などは談話室まで歩いてみたり

病棟内を散歩したりしていた。

その時に何度かは転んだりしたこともあった。

私たちは少し心配だったのだが本人は

「少しくらい転んだだけよ。大丈夫」と、

いたって強きなものだった。




談話室では週に一度程、ボランティア方たちがお茶会を開いてくれた。

患者やその家族たちが参加できる時はみんなでお茶を飲み

参加できない人には部屋までお茶やコーヒーを運んでくれる。

母も体調の良い時には参加していたようだった。





元気な頃はコーヒーが好きだった母。

毎日毎日よく飲んでいたものだ。

そのコーヒーを今ではもう

飲むことは出来なくなってしまったが

コーヒーの香りとボランティアの方々の温かみを

楽しみにしていたのかもしれない。





灰色の景色






誰もいない


誰もいない


灰色の景色の中で


僕は膝を抱えうずくまる




生温い風が


湿った肌を不快にさせる






人恋しく思ってみても


決して誰にも会えない世界






捜して


捜して


あなたを捜して






灰色の景色の中で


あなたにはもう


会う事はできない





歩き続ける僕


捜し続ける僕




死に際まで


僕はあなたを捜すだろう



第15話 最後のお正月

年末年始は母の体調も良く

外泊できる事になった。


そしてぼんやりと考えた




‥‥これが

‥‥‥最後のお正月だ‥

と。



母が元気だった頃

年末年始が近づく頃には

父も母も仕事が休みになり

家族が顔を揃え

年末年始を過ごした。


立派なお節料理を作ったりはしなかったが

なによりも母が作る

お雑煮が好きだった。


もうそのお雑煮は食べる事ができない‥‥

母が帰って来ても

あの台所に立って

料理をする事はないだろう。



わかったていた事だが

やっぱり辛い事実だった。







母が帰って来るので

ベットを新調した。


それをリビングに置いて

妹も甥っ子達も私の子供達も

みんなで一緒に過ごすことが出来た。








母が台所に立てない代わりに

料理上手な妹と

料理下手な私で

大晦日のご馳走や

お正月の料理の用意をした。








そして母と過ごす最後の大晦日。

リビングには父と母。

妹家族と私と子供達。



うつらうつらしながらも

母は紅白を見たり

二、三口料理を食べたり

孫達をベットに座らせ

嬉しそうに笑ったり‥‥










みんなで一緒に

微かに聞こえる除夜の鐘を聞いて

新しい年が明けた。








この新しい年が


いい年になるように‥‥

悲しい年にならないように‥‥


願いを込めて‥‥


心の底から


願いを込めて


私は聞いていた。