『自然』と『科学』の想定外の事態により、地震の被害範囲を大きく超えたキッカケになってしまった1日。
『東日本大震災』という名の通り、ワタシのいる東京も軽度ですが被害がありました。
一番の被害は、人々の精神にとても大きなダメージを残し、予想ができない不安と、大きな災害を体験し、東京も一時期『元気』が失われました。
水や保存食を買い占める人、関西へ引っ越す人、田舎へ帰る人、『自分が良ければいい人』がたくさん現れました。
これは仕方ない事なんですきっと。
ワタシも当時はそうしたかった。ですが、そうしている人を目の当たりにしてワタシが必要以上買わなければ他の人へ渡ると思ってしまい買いませんでした。
無様でもみっともなくても、東京でも『なんとか生きたい』と思う人が沢山いました。
ワタシは福島と岩手には行った事がありません。
宮城は2度ほど行きました。
ワタシが思う何百倍、何千倍、被災地の方々は何もかもを思っていると思います。
毎日上書きされてゆく記憶の中に、ワタシの人生の中に、2011年3月1日という1年の中の1日は、一生残ります。
そしてワタシにできる事は、ちょっとした募金くらいしかできませんが、継続してやっていきます。
関西の方はこの日をどう思うのでしょう。
ワタシは阪神大震災はすごく記憶にありますが、東京ではそんなに騒ぎになってなかった印象があります。
だから逆に今、気になるな。
あまり普段こーゆー事を書かないブログですが、今日は別です。
クサかろうが気取っていようが格好悪かろうが今日は別です。
普段はあえて書かない人間ですが今日は別です。
たくさんの命が失われ、その命を囲む人々が悲しみ、共に国に生きる者が怯えた2011年3月11日。
憎しみでもチカラになるなら抱くべきだ。
みなさん、今日はTVを観ましょう。
1年経った今も大変なんですから。
思いつく事はできる事だと思います。
jun