他愛も無い事を僕が噺家気取りで面白おかしく話すと、フミさんはいつもケラケラと笑っています。
フミさんは92歳。記憶力の低下が著しく、5分前に話した事も覚えていません。でも言葉を理解する事は出来るので、会話のキャッチボールは出来ます。
左足関節と右膝変形膝関節炎と慢性腰痛のため、ほぼ車いすの生活です。
そんなフミさんが一変したのは、三週間前でした。
たまたま家族が不在の時に、ピンポンが鳴り、出ようとした際に転倒して右橈骨遠位端骨折をしました。
幸い入院の必要はないとの事で、処置後に帰宅出来ました。
家族の強い希望で訪問治療を継続して欲しいとの要望を受け、翌週もいつも通りに伺いました。
フミさんは辛うじて私を覚えていました。しかし、表情が暗く、目がくぼみ、滑舌も悪く生気が無くなってしまった印象でした。
その後、私が2回施術した数日後に、ご両親やご主人、たくさんの親戚が待つ世界に行かれました。
品川の大井町で生まれたフミさん。幼少期は病弱だったそうです。心配したお父さんが、もっと良い生活環境を求めて鎌倉に転居する事にしたそうです。
フミさんは、小学校から女学校2年生まで鎌倉で過ごしました。
夏には、友人や親戚、お父さんの会社の人達が、海水浴を目的に入れ替わり立ち替わりやって来て、さながら民宿のような賑やかさだったそうです。
最後になってしまった施術の際も、フミさんはいつものように鎌倉の話しました。表情に覇気がなくても、鎌倉の話をすると明るさが少し戻って来ました。
私も鎌倉にちなんで、鳩サブレの話をしました。
鶴岡八幡宮本殿の掲額は、二羽の鳩で八の字を表現しており、サブレはその鳩に由来している事を話すと、目を丸くして今度行った時に見てみるって言ってました。
さて、久しぶりにみんなに会って、思い出話に花を咲かしている頃かな。お疲れ様でした。
