疲れた顔の担当医に、最初に言った言葉は
私「すみません、私、
大変めんどくさい患者になると思います」
だった。
担当医は疲れていても優しいので、
担当医「いいですよ」
と言ってくれた。
スゥ…ッ(息継ぎ)
(※読まなくていいです)
私「ステージ4の場合原発巣は切除しないとお聞きしていますが、2026年のガイドライン改正に向けて骨転移のみの場合にはまだ期待できる可能性があると聞きましたが、私の場合はいかがですか? 脇と胸部分の違和感が大きいのです。昨日台所に立っていたら急に左足に痺れが走りました。胸骨転移の影響ですか?最近立ちくらみとめまいがすごいのですが痩せた影響ですか? それとも脳転移? 脳MRIは撮らなくて大丈夫ですか? 背中が痛い気がするのですが大丈夫ですか? 今何か私の症例に適応できそうな臨床試験はありますか? このT病院のサイバーナイフは私の骨転移に適応できますか? 今飲んでるサプリがこれなんですが(ザラザラザラ)飲んで大丈夫ですか? 骨転移で体の動かし方について不安が(略)」
担当医「……………………」
担当医の名誉のために言っておくと、
私のこの素人質問と疑問と不定愁訴の山に、
疲れていてもしっかりと答えてくれた。
原発巣切除は将来的には考えているが今ではない。
CTでの所見では、脳に異常は見られなかった。
ルミナール型は脳転移しづらいが、気になるなら脳MRIは撮ってもいいかもしれない、等々…。
担当医「……しかし、モズ(仮)さんはもう少し、
治療をアウトソーシングしてもいいかもしれませんね」
もう少し、医者を信頼して任せてくれ、
と言われているのはわかった。
担当医「一日の中で、
病気のことを考えない時間を作ってみてはどうですか。
これから先が長いんですから、
今からそんなペースだと疲れちゃうでしょう」
担当医の言ってることはもっともだった。
私も、病気のことを考えない時間を作れたら、
どんなにいいかと思う。
私「……うつ病のせいなんですかね。
ドラマも観れないんですよ。
何も楽しめなくて」
私の言葉に、担当医はひどく驚いた様子だった。
担当医「そうなんですか?」
その驚きが、
担当医と私をへだてる、
健康と病いの壁だった。
実は、
コンテンツを楽しめなくなるのは、
うつ病の私だけの問題ではなかった。
同居人も大腸がんが判明してから、
映画もドラマも観なくなった。
映画好きで、あの明るいRですらも、
乳がんがわかった当初は、
何も観られない時期が続いたらしい。
自分自身のがんがわかると、
少なくともしばらくは、
フィクションを楽しめない日々が続く人は多い。
健康な人間の物語に乗ることができなくなるのは、
どうも珍しいことではないらしい。
この若い医師が、
それを理解できないのはあたりまえだろう。
自身ががんではないのだから。
病人には病人の物語が必要で、
それが闘病記だったり、
闘病ブログだったりするのだろう。
担当医「……サイバーナイフが適応かどうかは、
こちらではわからないんですよね。
放射線科の担当になるので。
T病院には紹介状を書きましょう」
めんどくさい患者になってみるものである。
どうなるかはわからないが、
ひょっとしたら、打てる手が増えるかもしれない。
私「ありがとうございます!」
担当医「そろそろいいですか?
次の患者さんをお待たせしてるので」
あまりのめんどくささに、
さすがに担当医がギブアップした。
私は達成感と、
申し訳なさの狭間で揺れ動きながらも、
少し晴れ晴れとした気持ちになっていた。
医師にとってはたくさんの患者の中のひとりだが、
私のいのちは私だけのものだ。
結局、悔いのないように生きるしかないのだ。


