『お、お願いしまぁ~す…』


気弱なのか人見知りなのか、ハルカは僕と目を合わせません。

でも、そのしぐさが逆に艶かしさを掻き立てます。


打合せブースに案内され、ギコちなく名刺交換を行う二人。


「改めてまして。野武士と言います。」

『あ…ハィ…。ハルカと言います。宜しくお願いします。』


子供のような甘え声と、消え入りそうな語尾がまた可愛い。

もう仕事そっちのけで口説こうと決心しかけた瞬間。


『はいっドーモ~~』と業界風の軽く感情のこもらない挨拶で、

突然同席するちょい年配のオバさん。


「あ、はい…。え~と、え~…何か…?(汗)」

いきなり出鼻を挫かれ、状況が理解できないまま反射的に質問。


『ハルカはまだ一人で原稿発注を受ける事が無理なんで私が聞きます』

『で、私がディレクションしながらハルカが原稿を作っていきますので』


要はこの上から目線のオバさんが僕からの取材内容を聞き、

コンセプトや原稿の方向性をハルカに指示し、ハルカがオペレータとして原稿を仕上げる模様。


(オイオ~イ…、マジかよ…)

(せっかく初回デートに持ち込む予定やったのに…)


ハルカと二人きりで話せるチャンスが消えた事もショックでしたが、

事前通告なく勝手に自分達の都合を押し付けるやり方にイラっときました。


「すいませんが…そういう事情なら…前もって伝えてもらえないですかね…。」

「こっちもイメージしてた事とかありますし…」


ハルカの手前、控えめに、紳士的に抗議するも、

年配ライターの女性は強気…というか相手にしない様子。


『こっちも予定詰まってる中で新人教育やってるんでご理解下さい』

『それにもう打合せなんですから、パッパとしましょう』


きっとハルカとの時間を突然奪われた怒りが背景にはあったと思うのですが、

そんな言い方や仕事のスタンスに我慢ならず、やってしまいました…。


「オィ…何やパッパて…。何ぬかしとんねん」

「俺の仕事をそんな適当に考えてんねやったら、もうエエわっ!!」

「こっちは必死で一つの仕事を取ってきて、客はない金使って仕事発注してるんじゃ!」

「お前が何年この仕事してるか知らんけどな、同じ事を客の前で言えるんかっ!言うてみー!!」


書類やノートなどが並ぶ机を叩きながら怒鳴る野武士。

フロアは一瞬にして凍りつき、全員が僕を見る。


驚きで声が出ない年配ライターの顔は屈辱の赤から恐怖の青に変わる。

ハルカも下を向いたまま固く拳を握る。


「あのなー!原稿制作ってのはそんなモンとちゃうやろ…」

「不景気でどこも利益ないのに、客は迷って考えて広告掲載を検討する」

「で、最後は営業マンや制作会社を信頼して仕事を任せてくれる」

「おたく、この客が自分の親兄弟とか友人やっても、同じスタンスなんやろなっ!?」


突発的な怒りで怒号を上げたものの、まだハルカへのフォローを考える頭があり、

諭すような優しい口調に切り替え、話の流れを変える試みを始める野武士。


しかし、2枚目俳優のような男前の出現でその試みもあっけなく無駄に(泣)


『すいません。何かよく解りませんが、女性に大声上げないでもらえますか』

『怖がってるじゃないですか。今日はもうお引取り願えますか?』


光沢のあるノータイの白シャツを濃紺のジャケットで包んだその男は、

自分の正しさに疑いもなく、僕にその薄い胸板を突き出します。


「おたくは何ですの?よく解らないなら黙っとってもらえません?」

『じゃーその女性の上司です。すいませんが、今日は…』


言葉をかぶせるタイミングや"じゃー”のその場しのぎに、

押えていた怒りが一発でフルスロットルへ…(苦笑)。


「お前さっきから何ナメた言葉並べとんねん…」

「オノレが上のモンやったらこのクソの責任持つねんなー!!オーッ!!」

『だから事情が解らないから、一旦お話を聞いてか…』


気が付けば2枚目俳優の無造作ヘアーを右手で鷲掴みにし、そのまま壁に叩き付ける。

ここまで来ると感情を抑える理性などはどこにもなく、早々に決心を決めて相手と向かい合う。


「何を逃げ口上抜かしとんじゃ!!お前かて腹決めて俺の前に来たんやろがっ!」

「女や男やら抜かす前に、オノレんとこの若いモンにちゃんと仕事仕込んどけやーっ!!」


髪の毛から話した右手で拳をつくり、そのまま男前の右アゴへ叩き込む、瞬間。

数名の男性スタッフが僕を止めにかかり、団子状態になって床に倒れる。


『野武士さんスンマセン!もう許したって下さい!』

『ウチが悪かったんで、もう許したって下さい!』


以前から僕を知っているスタッフが止めに来てくれたんですね。

知ってる顔を見た事で少し冷静さを取り戻す野武士。


肩で息をしながらも、何とか一人で立ち上がる。

騒然としたフロアで全員の視線を集めながらもハルカを探す。


ハルカは赤い目で泣きながらも、恐怖に引きつった顔で僕を見ていました。

(クソ…、もう口説くどころの話とちゃうな…)


自分のスタンスを貫き通した意地と後悔が入り混じりながら、

「ハァ…、ハァ…、アホから偉なってんちゃうんか…この会社は…」

「だから…オノレみたいなカスが上司なんちゃうんか…」


目の前の状況が飲み込めないまま、恐怖に棒立ちの男前へ捨て台詞を残し、

その場を後にしました。


別段、仕事上のこうしたトラブルや衝突は全く気にはならず、

ただ、ハルカへの目論見が間逆の展開になってしまった事に後悔というか、反省をしていました。


(口説くとか恋愛に発展とかってよりも、一生係わり合いたくないって思ってるよな~)

(ハァ~、もうエエか…。しゃーないよな…。あれだけ暴れたら…)


この段階ではただ気軽にデートへ誘えればと思っていただけなので、

後悔もそこまで強くなく、ただただ残念…という思いだけでした。


1週間後のハルカからのメールをもらうまでは…(笑)。