※この回には、シリウスメンバーが出てきません※
強さと弱さ 4
男たちはしつこく追いかけてきたが、男の子は細い通路、抜け道をすべて知り尽くしているようだ。ユエが一人で歩いていたときには道とも思っていなかった、家と家の細い隙間を、器用に走り抜けてゆく。
右に左に、放射状にまるでくもの巣のように広がる町は迷路のようで、ユエには今どこにいるのかもわからない。
「こっちだよ」
そう言って、今度は何処かの家の塀のしたの小さな隙間からくぐっていったので、ユエもあわててかがみなんとかくぐり抜けた。
「これで大丈夫、あいつらには入れないよ」
「つ、疲れた…よく、道を知ってるんだね…」
少し息は上がっているが、無邪気に笑う男の子に対して、ユエは情けないくらいにぜえぜえと息を弾ませている。おなかも痛ければ、喉もひりひりした。
海賊になったとはいえ、まだ戦闘など荒っぽいこととはほぼ無縁で過ごしてきたユエだ。体力は、ヤマトにいたころよりはついたとは思っていたが、このくらいで息がががるとはわれながらなんとも頼りない思いがした。
「見つかるといけないから、しばらくは隠れてた方がいいかも。オレの家で休んでいってよ、すぐ近くだからさ」
「あ、ありがとう…」
呼吸を整えるのに気がいってしまい、頭がうまく働かない。
言われるがまま、足だけを何とか動かして後をついて行った。
「ここが、君の家?」
「うん、入って」
30分ほど歩いただろうか。
ユエは、正面に建つ建物をまじまじと眺めてみた。どうみても誰も住んでいなそうな、ボロボロの建物だ。
この建物だけではない。貧しい地域なのか、元は白かったであろう壁は長年手入れもされておらず、汚れ放題だ。通り一体が灰色に沈んでいる。
この街は、7階、8階ほどある建物が隙間なくつながるように連なっているのだが、今目の前にある建物は左右のものと比べて格別小さく、貧しい地区にあって一層貧相に見えた。
窓は割れ、残ったガラスもとっくに透明さを失って、どんよりとした雰囲気に拍車をかけていた。
取れていないのが不思議なくらい、ボロボロなドアをきしませて恐る恐る入ると、幅が細い分奥行きのあるようで、だいぶ細く続く突き当たりにドアがひとつ見えた。少年は慣れた様子で歩いて行き、ユエもその後につづく。
扉を開くと、幅が通路の3倍くらいある小さな部屋に入った。
クリーム色の壁はやはり汚れてところどころ塗料ははがれ、粗末なテーブルと椅子があるだけの、何もない部屋だった。
ここが本当に少年の家なのだろうか。しかし、家族らしき姿は見当たらない。
「本当に、ここに住んでるの?」
見回しながら聞くと、
「隠れ家だよ」
なんだそういうことかと、少し安心した。
とりあえず、安全な場所で一息つけることに安堵して、ユエはイスに腰掛け息を吐き出した。何気なく見やると、小さな窓から光ともいえないくらいのけだるい光がぼんやりとただよっている。
その外はごく小さな中庭、と言うよりは、密集した建物に閉じ込められた空間があった。四方を建物に阻まれて、真昼間でも光など入ってこないだろう。どうりで暗いわけだ。
日も暮れかけているし、そろそろ今日は切り上げて宿に戻らなくてはいけない。何の情報もなく、手ぶらで。
思いだした途端、今度は違う意味での疲れの波が押し寄せてきた。
何もいわず黙り込むユエの横で、少年は突然ポケットをごそごそとあさっている。
「みて、これ高く売れるかな?」
嬉しそうに何かを取りだし、ユエにかかげて見せる様子は、さっきのことなどもう忘れたように無邪気なものだ。
「綺麗なブローチだね、どうしたの?」
「さっきの奴らから、盗んだんだ」
「…え?」
一瞬思考が止まる。が、
(ほ、ほんとに泥棒だったー‼)
何も言い分を聞く前に、思わずかばってしまったが、まさかこんな小さな子が本当に泥棒だなんて、思わなかった。というより、ほぼ条件反射で割りこんでしまったため、詳しい事情は何も知らなかった。
ユエが頭を抱えて悩む横で、少年は無邪気にブローチを光にすかしたりして、眺めている。
「さっきは助かった、ありがとう」
「どう、いたしまして…」
屈託なく笑う少年を見つつだいぶ複雑な心境に、ユエは力なく返事をした。そんなユエにはお構い無しに、男の子はさらに話しかけてくる。
「名前は、なんていうの?」
「…私?ユエ、だよ。君は?」
「ユエ…オレは、ルイ」
「ルイくん…どうしてそんなことしたの?泥棒は、いけないことだよ?」
言ってから、遅れておかしさがこみ上げてきた。
至極もっともなことを言っているはずなのだが、そんな自分はシリウス海賊団の一味なのだから。
「だって、お金がないんだもん。盗むしかないじゃん」
対するルイの言い分は実に明快で、悪びれた様子もない。洋服もだいぶ着古されていて、確かに貧しいであろうことは最初から気づいてはいた。
「お金を稼ぎたいなら、働かなくちゃ。人のものを取るのはだめだよ」
「ねえ、なんでユエはこの街に来たの?ユエは、商人じゃないよね」
ユエの質問には答えず、ルイは意外と鋭い質問をしてきた。
ヤマトの顔立ちはこことはずいぶん違うため、よそ者であることはすぐにわかるだろう。
しかし、商人でもないとなると、なぜこの国に来たのかは説明しにくい。
「私は…」
なんと説明しようか迷った。
まさか海賊だと言うわけにはいかない。
「…実は、この町に隠されているって言う、宝物を探しにきたの」
海賊であることは伏せて、ユエは正直に理由を話した。
「いろんな人に聞いてみたんだけれどね。なんだかこの話はうそだってみんな言ってるし、せっかく来たけれどはずれだったのかも。一日中町を歩き回ってたせいで、くたくただよ。ルイ君は、何か知ってる?」
苦笑しながら、ちょっと愚痴っぽくなってしまった。そして大して深く考えもせずに、ルイに町でしたようにたずねてみる。
「…みつけて、どうするの?」
「え?」
てっきり笑い飛ばされると思っていたら、意外とまじめな声で返事が返ってきたことに、意外な思いがした。
先ほどと違い、どことなく、落ち着かない様子で聞いてくる。
もしや何か知っているのかと期待が膨らむが、いや、相手は子供だと思い直す。
しかしそれでも、何か知っているのなら一応たずねておくべきだろう。
「ルイくん、何か知ってるの?お願い、なんでもいいから教えくれないかな?」
「…」
子供ながら、困った顔をして黙り込んでしまった ルイを、ユエは辛抱ず良く待った。今にも話そうかと、そわそわとしていたが、
やがて、
「…あしたの朝に…」
「うん?」
「あしたの朝、鐘の鳴るころにここにきて。そしたら、俺も話すよ」
「わかった」
期待してもいいものかわからないが。宝探し以外、やることもなく、今日一日で何の情報も得られなかったユエは、ルイの言葉に頼ってみることにした。
町での情報収集を続けたところで、きっと今日と代わり映えしないだろう。
「信じてるよ。きっと来てね」
そういってルイの目をまっすぐに見つめ、安心させるようににっこりと笑った。
どこのどいつだ、近々更新すると言ったやつ。
遅くなりました&終わりが見えない。