森由 壱 - tune bride - -20ページ目

森由 壱 - tune bride -

... という 、夢を視ました 。


幸せを食べている
もふもふ、むにゅむにゅ、
ん〜昇天♡

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編みものの 
一針一針編むやうに
間違へては解ひて
きみと歩みたし

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ぼくは幸せを持って帰る
君が届けてくれた
ぼくの忘れ物という幸せを
ルンルンがさがさ
ありがとう 
ぼくは"幸せ"を
持って帰る🍁
ルンルン、がさがさ
君が届けてくれた"幸せ"

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プリン
カラメルだけだと苦ィ。
カスタァドのとこだけだと
甘ァィ💦

苦ィとこ、甘ィとこ、
両方合わさって
完ペキなプリン♡

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幸せは、自分の中にある
どんなに素敵な王子様も
自分の思い通りの幸せを
与えてくれるマシンにはならない

どんな素敵な人も 関わり方次第で
悪魔にも天使にもなる

幸せな関係は
幸せな自分から発展する
相手に幸せの物乞いをし出してしまったら
終わりの始まりだ

人は自分が疲れ果てていると
人に優しくできない

人は自分の大好きで大事な人がいる空間では
それを邪魔する他の人に優しくできない

















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貴方が大好きな人から
いつもはしない冷たい態度をされたとしても
気にしすぎないことだ

貴方の好意が嫌がられたといって
落ち込むことはない

ピーマンが嫌いな赤ん坊にポイされても
ピーマンの肉詰めが大好きな人に
出会えたらそれでいいのだから。
















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幸せを食べる。
わたしたちは働いて 頑張って
或いは働くことができなくて休みながら
考えて 悩んで 

幸せを食べようとして生きてゆく。
わたしたちが食べたいのは、
不幸ではなく幸せだ。

不味いものではなく、美味しいものだ。
苦ければ、しょっぱければ
酸っぱければ、不味ければ
食べるのをやめて、口直しをすればよい。

幸せな味を求めて
自由に生きるのだ。

誰に愛されなくても
誰を愛せなくても

ぼくたちはいつも
幸せを食べることを赦されている。
















と思おう。































大好きだからこそ
冷たくされたり
自分以外の誰かが
自分より大切にされていると
勘を働かせ過ぎて
勝手に落ち込んだり
悲しんだりしてしまう

母親が我が子のちょっとした不在を
極度に不安がって探し叫ぶように

人を想う心の想像力と悲観力には
無限の力がある

たとえ、その悪い勘が当たっていようが
仕方のないことで
今視えないものを
どうこう考えあぐねても
起こってしまっていることを
どうすることもできないのである

だれが自力で
ブラジルのどこかのマンホールが壊れて
下水が噴き上げているのを止めることができよう

だれが念力で
熱帯魚が海で交尾するのを
止めることができよう






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幸せは自分の中に見つける
それに尽きる

淋しくて恋しくて仕方のない時も
少し会いたい人の顔を見たら

また帰って自分の中の幸せ探しを始めるのだ
その日その日で
会えた人の顔の色が違っても

気にせず最後には
自分の中に幸せを見つけるのだ










司馬遼太郎の「風の武士」に
素敵な女性が登場する。

ぼくも彼女のようになりたいものだ。

我が子ですら、「命を預かっている」
という考えもあるくらいだから
基本、人との関係性も、
"私有"することはできないのだろう。

この身体も、この感情も、
もしかしたら
ぼくの"私有物"ではないのかもしれない。

ぼく自身が天からの"借り物"だとしたら
この身体いっぱいに感じたままを
天は受け取っているのか。

そうだとしたら
何を感じてもいい
自由な器だと思えばよいのではないか。

幸せも不幸も
ただ受けては感じる素直な時間が
天の我々に求めることなのかもしれない。








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誰かにとって貴方が美しくて
また誰かにとっては貴方が醜くて

それが自分の思い通りの組み合わせにならなくて
悲しくても

それで貴方自身を咎めることはないさ
緑と濃いピンクが対照色で
オレンジとブルーか対照色で
ドとソが完全五度で
Cis mollとE durが平行調なように

その人と貴方が合わなくて
あの人を嫌いな貴方をあの人は好きなだけさ

貴方と誰かの相性は
いちいち全部、
貴方のせいではないのだよ





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ただ、"そうで在る"だけなんだ
ぼくたちはみんな
ただ、"そうで在る"だけなんだ







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お風呂の沸いた自動音声が
少し孤独に流れる。

尊重する相手と
我儘を言える相手。

尊重してくれる人と
我儘を言ってくる人。

心の開き方、
接してきた歴史。

どっちがいいんだろうなあ。

誰かのラジコンになっていると感じたら
開き過ぎたか、開かれ過ぎたか
接し過ぎたのかもね。


ん〜
一周回って
閉じられたのかも。













"そう在るだけ"なのに
ぼくってどうしてこんなに
悩ましくて疲れやすいんだろう。








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どこかがガリっと
擦り減った音がしたんだ  

ガリっ ガリっ

人間関係ってむつかしいね

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まあ、よくがんばってるよ。
そう、自分を労ろう。

おやすみ、神よ、世界よ。




















見つめる力、
向き合う力、
楽しむ心







孤独力...
"独り"を恐れぬ力
楽しみを見つける力
人を尊ぶ心







   


米の炊く匂ひの如く 
人の世に幸せ運ぶ
働きをしたし


はたらく、ということは、
傍(はた)を楽にすること、という語源らしい。
茶の湯で習いました。

この言葉が素敵で、考えさせられました。
11月は、新嘗祭? という、「働ける身体や環境があることに感謝」の月だそうで、

それは、昔の「働く」ことは主に農作業ができることで、=食べることに直結していたからだそう。

なんだか、ロマンを感じます。
日本人の、働くことに対する感謝の意識に。