今夜も星が綺麗だ
ただの光の点なのに、
なぜあんなに綺麗なんだろう
夜の色が
闇が
星を美しく煌めかせる
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飛行機が夜空を渡る姿は
ゆっくり流れる星のようだ
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十六夜の
幸せに酔いしれてナウ♡
美味しすぎて
ほっぺもまぶたも垂れるナリ♡
明石焼き最幸 ! 春分の月
新月を盃に 冷やを入れまして
クイッと一魂 十六夜弥生
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ある日風邪を引いて二〜三日の朝、
痰をひたすら咳払いで上げては呑み込みながら
自宅のお手洗いで座り込んで思った。
父の晩年のこと。
父も晩年は喉が、脳の影響で呑み込む事がうまくできず、気道に誤飲されてゆく唾液やらが痰となり、その痰がうまく出せずに吸引器を突っ込まれる日々だった。
お手洗いも、脳の影響で排出機能が上手く働かなくなってゆき、出したい時に便やお小水が出せない、そんな辛い晩年だった。
風邪を引いても自己免疫で生きていられるということ、まず風邪というSOSをちゃんとキャッチして体が戦ってくれていること、自分で痰を呑み込めること、お手洗いがちゃんと思うようにできること。
こんなありがたいことはないんだなと、父の晩年を思い出す度に痛感する。
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そうそう、痰だけは、今の医療を以てしても、
抑えたり出なくなったりする薬はないらしい。
それに、痰は出した方がよく、なぜなら気道の中の異物を痰は出そうとするからだそうで。
痰だけは、自分で上げてきて呑み込むなり出すなり、あるいは吸引器で吸引するなりするしかないんだと。
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どんなに考えても、訪問医や専門医に聞いても、
最終的に父がどの選択をすれば"楽に生きられるか"
今より"苦しまずに"いられるか。その答えは分からなかった。
絶対的な答えなど、生死に於いては無い。
それを身を以て痛感できたことが、せめてもの父とわたしへの"解""報酬"だったのかもしれない。
前向きに捉えるならば。
そう、プラスに捉えるとしたら。
プラスに捉えるしかないんだと。
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必ず訪れること、生まれたら死んでゆくこと。
毎日毎秒生まれては死んでゆく命たち。
そんな現象の中で、それをプラスに捉えなくてどうするんだと。
生と死を、起こってしょうがないことを、いちいちマイナスに捉えていて、何になるのだと。
起きて起きてしょうがない命のサイクルについて、思い悩むより全てプラスに捉えてゆくしか、生きてゆく"意味がない"と思えてきた。
生きているのに意味なんてないと
仏教の偉いお坊さんなどは云うけれど
意味のない生に少しでも意味を見出そうと
するのが我々ニンゲンだとも云っていた。
同じ"意味"を見出すならば、
プラスにプラスに捉えた方が、
生きてゆくに当たって気持ちがよい。
人間、気持ちがよいといい事が起こりやすいらしい。
いい事が起こるには、まずこちらが気持ちよくなってしまうのが早いらしい。
たまごが先か、にわとりが先か。
生が先か、死が先か。
苦しみが先か、楽が先か。
光が先か、闇が先か。
地球や宇宙がぐるぐると、
回って回って繋がっているとしたら、
いづれが先か論争なんて無意味なのかもしれない。
全てがセットで、全てが一つで。
生も死も、楽も苦も、光も闇も..
我々が認識していちいち分けているだけで、
それすらもただ"一つ"の現象。
だとしたら、
闇や死や苦しみの時だけ
思い悩んでも仕方のないことで。
どちらも、生きているからこそ
"体験できる"ありがたい出来事なんだと
プラスに捉えていける方が、
"気持ちがよく"生きていられそう。
そう気づきながら
痰を咳払いしながらのんびり過ごす
午後の時間であった。
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回想
マスターが、独特で面白い。
写真は、焼き菓子のパウンドケーキ。
色々とお客さんによくしてくれるのに、忘れっぽいから次回会った時に礼を云っても覚えていない笑
それくらいがちょうどいい距離感だなと、感心するのであった。
素晴らしかった。漢らしさ、女らしさ。
どちらも堪能できる役回りで、かっこよかった!
時蔵さん、パワーをありがとう!
3月もお疲れさまでした。
歌舞伎界の皆様も、伝統芸能の継承をありがとう🌸
そんな気持ちで、マスターに頂いた5円玉を
しっかり歌舞伎座のお稲荷さんへ奉納して
お祈りする、弥生の夜でありました。
皆さん、お風邪に気をつけて
でも引く時は引くので、
その時はしっかり休んで治して、
免疫をアップデートしてゆきませう。🍵
ではでは、いつもご一読ありがとうございます⛩️
素敵な卯月をお迎えくださいませ。
わたくしごとでお恥ずかしながら
女子ならではの、「この日は大事な日だから"絶賛女子お腹痛いデイ"のピークは避けたい」みたいなことが多々ある訳です。
で、それにはその大事な日より少し前に始まってくれるか、その日が終わってから始まってくれるのがありがたい訳です。
で、そんな風に構えながらその手のアプリの予測日とにらめっこしていると、予想に反してなかなか来なかった訳です。
たしかに、それで大事な日は乗り切れたのですが、乗り切って1日過ごしてもまだ来ない。逆に風邪が先に来たりして。
そうなると人間都合のよいもので、今度はまだかまだかと心配になる。
そんなこんなでやっと先程"御出になった"のでほっとしている次第なのですが..
身体って、本人が思う以上にそういう本人の意思とか"テンション感"を敏感にキャッチしているのだなと、感心しました。
同時に、反省もしたりして。
緊張させちゃって、ゴメンね。
気ィ遣わせちゃって、悪いねと。
自分自身の身体に、謝ったり。
でも、この、「風邪治り途中だから今日はしっかり休もう」ってタイミングに合わせて御出になるおいらのお腹ちゃんも、中々賢いもんだなと、感心したり感謝したり。
そんな、中年の春を迎えております笑
身体が機能してくれてるって、
ほんとにありがたいこってすね。
若いときは気がつかないんですね。
まぁ、そんなのに構っちゃいられなかってりしますからね。
でも、年取ってきて気づいてからは、構わなきゃやってられなかったりしてくる。
それからは、あんまり身体をいじめちゃ駄目だなって反省できたり。
ちゃんと、元気に健康に生きようって心を改められる。それはそれで素敵な気づきです。
とりとめのない話をしました。
ありがとうございました笑
またまた余談なのですが
先程のお手洗いのくだりでふと
思った訳です。
わたしは父母のことを
今はあだ名で呼んでいるのですが、
「〇〇ちゃん、〇〇っち、〇〇(自分のあだ名)ちゃんの身体を作ってくれてありがとう。〇〇(自分のあだ名)ちゃんの身体さん、〇〇ちゃん〇〇っちの身体から生まれてきてくれてありがとう」
なんてことを。
まぁ、生きていないと風邪も引けないですし、
生まれてこないと生理も来ない訳ですからね笑
まぁ、そんなことを考えた瞬間に涙が("いい"涙が)滲み出たんですね。
あぁ、自分、成長したなと
少し思えた瞬間でした。
ありがとうございました🍵








