誰かの全力は誰かの胸を熱くする。
熱くなった胸が身体を温める。
温まった身体が生きる活力に満ちる。
人の努力は、間接的に誰かを生かすことができる。
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中天の半月
烏の川下り
烏の川下り
行き交う鷺の白 川を登り
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涙のブレスレット
目尻から紡いで
再び眠りに落ちる
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うまく喋れなくなってしまったの
ぼくはぼく自身の調子を喪失した
ねじめがうまく嵌まらないの
キュルキュル キュルル
ペグの外れたバイオリン
これは何の音でしょう
ぼくは
自分の心が歪んでゆくのはキライです
涙の数珠つなぎ
濁流が口から流れ込む
ぼくはやはり
幽霊なのでしょうか
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そんなにカンペキには居られないよ
ぼくだってニンゲンなんだよ
"仏は悪人ほど救いたい"
それがほんとうなら
ほら、ここにいるよ、ぼくだよ
貴方って美しいんだね
美しいものの影に
視えないざわめき
月が浮かぶ夜の闇
ぼくの胸のざわめき
そう、きみがラウンドガールなら
ぼくは敗者なんだろう
賢しらにジャを振り撒いてしまいそうな
ぼくを必死で持ち帰った
少しハミ出たかもしれない
これがぼくです。
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きみの大切なあの美しい方も
こんな瞬間はお有りでしたでしょうか。
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美しい貴方と楽しくおしゃべりを続けたいきみと
美しい貴方と楽しくおしゃべりできないと
イライラしてしまうきみと
遭遇してしまうと尽くぼくが大破してしまうのは
貴方方が波動が高い人達で
ぼくの波動が低いからなのでしょうか
ほくが大好きなきみが
大好きなあの人をぼくが避けてしまうのは
きみは波動が高くって
ぼくは波動が低いからなのかな..
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きみといると
きみとあの人が一緒にいると
あの人を優先するきみといると
あの人を思うきみといると
尽く自信を喪失するぼくであります。
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月には雨の音は聴こえないでしょうか
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こんな事は何度も何度もあったんだ
もっと早く
もっと早くこうなるべきだったのかもしれない
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星の降る半月の夜
オリオン座、ナニナニ座、ほにゃらら座
ぼくのヒドイ執着座
醜い 額の皺が涙を絞り出す
ここにスポンジをセットすれば
涙の数珠つなぎケーキの完成よ
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女になりたい
ぼくは、女の子になりたい
ぼくの玉ねぎの芯を
きみには視せられないんだろうな..
くどいくらいの
"呆然"
男子の木刀に殴打された
ゴングのようだ
ぼくは
きみの前では"女"でいられない
ぼくはただの
敗者のゴングだ
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黒い烏が川を降りてきたと同時に
白い鷺が下から上へと川を登ってきた
登ってきてぼくの目の前で
くるるとUターンして
また川下へと飛んでいった
振り返ると、どうやら
川面に首を突っ込んでいる
お魚さんを見つけたようだ
夕焼けが綺麗だったんだよ
お着物の紫と朱色に金を散りばめたような
舞台芸術の照明に照らされたスクリーンのような
きみにはもう関係のないことだね..
きみはぼくに
壮大な勘違いをくれていたんだね。
ですね..
何度も、何度も
何度も何度も何度も
きみは、頑張ってくれていたんだね..
そうしてそれすらもたぶん
きみ自身もそれに限界が来たんだと思う
ごめんね。 今までをありがとう!
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ぼくはただ楽しく
独りの時間を楽しみたいだけだった
いつの間にかすり替わってしまったんだ
もうフラットな気持ちで
そこには居られないよ..
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来世って長いよな。
来世まで、一旦
レーゾーコにお休み。
ぼくの中の"女の子"
来世まで、バイバイ..!
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ヤドカリの貝代はりに
冬用掛け布団を背負って
うつぶせ腹筋もどきをする
滑稽なぼくを
神よお笑いたまへ。
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大昔の "こひ" の化石
数々の和歌、短歌、
ぼろぼろの文、文箱
どれだけの男女男々ないしは女々たちが
報われぬ恋に身を投げ心を投げて
来世に希望を預けたことであろう
恋、乞い、請い、来い
濃い、鯉、故意、戀
煩わしいよね。
こんなもの、感じさえしなければ、
求めさえしなければ、
どれほど我が人生に集中できるであろう
"我が人生" それを狂わすものが戀である
人生を狂わせられてまで
感じてしまうものが
戀である。
"曽根崎心中"顔負けにずぶ濡れのぼく
彼らの横で落語を流しても
彼らは心中しただろうか
彼らの横で桂枝雀が落語をしても
やはり彼らは心中しただろうか
かく言う枝雀さんですら
早くに天へ往く事を選ばれた
戀も笑いも
その人生を決定付ける何の権限もないのに
人一人をよくもまあ
易々と ずるずると 軽々と
召してゆくものぞ
曽根崎心中のお二人さま
桂枝雀さま
その他大勢の数多の
戀と笑いに 悩みと苦痛に
全ての感情という感情に身を捧げた
尊く儚く いと惜しい命々方に
黙祷す
ぼくの母は
「若い時は37歳で◯のうと思っていた」
と時々言っていた
だけど37を過ぎると、気が変わったそうな。
芸能で早くから花咲いた人も、
時折お見かけする。
若くして華盛りの只中に
天へ自らお往きになる人。
もうじきぼくはその
37に突入する。
花どころかつぼみも出さずして
ぼくは既に人生の着地点へと向かっている。
赤ちゃんが開く段階だとすると
老いは閉じる段階と言えるかもしれない。
体はどんどん閉じてゆくのに
心が赤ちゃんのように求め続けていては
まさに"収拾がつかない"のである。
二十代の母は、早くもそんな37以降を
危惧していたのだろうか。
「あんたさへ産まなければ」
「あんたなんか産まなきゃよかった」
「あんたは死んだと思ってんねん」
母である前に女であること
そんな自分を"犠牲"にしてまで
育て上げた娘が尽く理想と反していたこと
37より長く生き続けた母の
心に残った最後の感情は何であったか
ぼくは
後悔のない人生なんてないと分かっている
けれど
閉じてゆく身体に欲望をぶら下げて
公開処刑のように生きるのはごめんだ
大崎善生の訴えかけるように
ひたすら生きる、生き抜くことを選択するとして
ぼくは何を希望に
掛け替えのない橋にして
寿命を迎えるまでの気の遠くなる時間分を
"美しく"生きてゆけるのだろう
閉じてゆく身体に見合った
けれど雅で温かい
自分も他人も 愛する人も
元気になるような"欲望"を
ふんわり心地よく
纏って生きたい
"死"へ向かう身体のエネルギーはすさまじい
誰にも止められないし
救えない
そんなエネルギーに少しでも同調したら
危険だ
裏を返せば
赤ちゃんのように
死を前にバカ力を出した父のように
生きよう、
生きようとする命のエネルギーもすさまじい
性欲、誰かを好きになる力、食欲、物欲
誰かを、何かを欲しい! と思うエネルギーこそが
生命力なのだとすれば、
チマタで説かれる「求めない、期待しない」
云々などは、その生命力と反した
"悟り"= 閉じてゆくマインドセットなのだと思う
せっかく我々生かして頂いているのに
わざわざ健康で元気であるうちから
生きるのに必要な"欲"を削がれるのは
いかがなものか。
そんなものが"悟り"であるなら
今すぐ打ち捨ててポイしたい。
しかしながら
やはりぼくは
37を迎えようとするこの身体で
二十代の娘たちが放つようなエネルギーと
同等またはそれ以上に 直接的・肉体的に
誰かを癒せる、満たせるとは思えない。
勿論、大崎善生さんがぼくにそうしたように
自身の身体から抜けて残された作品
その作中の登場人物によって、誰かを癒し、
満たすことはできよう。
寧ろ、これからのぼくに残された"道"とは
そういう、
"拡大的"に捉えた空間の中にあるのだろうか。
expansion - 宇宙の黒色矮星が爆発して
また新たなる星々へと自らを還元してゆくように
閉じてゆく作業の先には
そういう、自分の身体を超越した何かへ
"託す"という事があるのだろうか
生きようとすることは
欲望を消費してゆくことである
欲望が叶えられれば喜び
叶えられなくば、落胆する
食べられれば満ち
食べられなけれべひもじくなる
生きながらに欲望を捨てることが
悟りならば
悟りとは
死んだように生きることなのか
欲望を捨てることが美しさにつながるならば
悟りとは
死んだように生きることを美と捉えることなのか
波動の "高い" "低い" とは何なのか
それは音のHzのように、低音/高音のようなものか
そうであるならば、高い音も低い音もあるのが
音楽であり、どの音域も必要な筈である
高い音を聞き続ければ頭がキンキンとし
低い音過ぎると耳で判別できない
または波動における "高い" "低い" とは
高僧と乞食、貴族と奴隷などのような
階級を表すものか
それならば
乞食に尊い心はないか
奴隷に美しい音楽は奏でられないか
そんなことは答えるべくもない
波動の高い低いは、何を以てその"高低"を決めているのか。
リトマス紙やメトロノームや音叉で表せるならば、目の前で見せてほしいものだ
波動なんて高くったって低くったって
どっちでもぼくはいいや
と思ってきた
白い鷺と黒い烏、
二羽が交差するシーンが
とてつもなく嬉しかった
吉兆なのか、凶兆なのかもわからない
その二羽を温かで冷たい冬の夕陽が包み
芦屋川の飛沫が彩った
きみが波動の"高い"あの美しい方と
できるだけ長く居たいとして
そんな波動の"高い"きみやその方と
遭遇するとぼくが大破してしまうとして
そんなものがぼくの"低い"波動を価値づける何の根拠も持たない
ただ "合わない" だけなんだ
ドミソの真下にシレファがいるとぶつかるように
ドミソの3度上にシレファがいると
広がりがでるように
近くでは合わないものも間隔を空ければハマる時もある
要は
きみとあの人が一緒にいる時
ぼくは"合わない"
きみがぼくだけといる時も
きっときみはどこかで"合わない"んだろうな
ぼくときみは近くだと"合わない"
今のぼくときみの距離は
"合わない"
そういうこと、ですね..
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かなしみを忘れる方が正解なのか
忘れない方が正解なのか、ぼくにはわからない。
言われた言葉、見てしまった光景を
忘れた方が、忘れない方が
どちらがいいのか、ぼくにはわからない。
時代の歴史としては
誰かが忘れないように記録してゆくことは
誰かしらの為に、興に、教になるのかもしれない
個体の"幸せ"としては
忘れてしまった方がいいのかもしれない
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父に関して思い出せば
"わたしが付いていながら"
何にもできなかった
苦しみを和らげることもできず
楽に逝かせることもできず
残りの生を元気に楽しませることもできず
ただあたふたと 悲しみながら 喚きながら
見かけでは明るくさばさばと接しながら
父の頭の後ろで泣きじゃくりそうになるのを
看護師に見られながら声を押し殺しながら
その場その場を乗り切るしか
やり切るしか やり過ごすしかできなかった
やる事はやった
でも、そのやれる事が
何の役にも立たなかったどころか
益々父を苦しめているようにさえ見えた
実際、苦しんでいた
死を前に
人は無力だ
生きよう生きようとしている命の死は
さらに辛い
生きよう生きようとする父に
貰ったエネルギーの分だけ
死がつらい
苦しむ生を前に
拭えなかった"楽に逝かせてやりたい"
という思いを
父に隠せなかった
生きよう生きようとする父に
反する思いを漏らしてしまった
人の生き死にをどうこうすることは
誰にもできないのだと
その一連の出来事を体験して痛感した
それだけ
生きるという事、死ぬという事の過程は
重く 尊く そして
風に吹き飛ぶ木の葉のように
儚く脆い
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ぼくたちはみんな
互いに通過点で出会い
それを過ぎたらお別れする
それは
身体同士が近くにあろうと遠くにあろうと
変わらない現象である
生と死が免れ得ない時の流れであるように
星の公転のように
そうすることで重力や引力、空間の中に
生きていられるのが我々生命だとしたら
きみとぼく
きみとあの人
ぼくとこれまでの そしてこれからの人々も又
互いに進んでゆく道の 交差する僅かな時間に
出会っては関係してゆく
きみがぼくにしてくれたこと
ぼくがきみへ 抱いた気持ちは
変化こそすれ
無かったことにはならないのでしょうし
変化したとて
どちらか一方が本当で
嘘で ということにはならないのかもしれない
星と星とが交差してゆく一々の角度や間隔が
違ってゆくのなら
きみやぼく
きみやあの人
ぼくと色んな人々との
関係性が一々、毎日毎秒
進みながら変わってゆくのは
寧ろ自然なことである
自然な現象に抗おうとすると
おかしなことになる
アスファルトに埋められた樹の根が
アスファルトを割って突き破るように
おしっこを我慢すると
膀胱と腎臓が悪くなるように
だけどもだけど
どんなに時を経ても
どんな困難があっても
離れなかった関係性もある
父と母が
ぼくの前であれだけの諍いを起こしては
何度離婚しようと迷っていても
ぼくが居なくなってから
結局なんだかんだで最後まで一緒に居たように
地球の側に回転するお月さまや太陽さんのように
変化すらも共に受ける
一緒に居る宿命というものも
あるのかもしれない
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君の後についていった日
道端に咲いてた桜の木
月にかかる叢雲が
見つめる横顔を暗くした
あれから何度となく訪れた憂いの日々
胸をさらいゆく風に
夜空が迎え来る春の終わりを
静かに悲しんでた
最後に笑ったのはいつか
輝いていた夏草色のふたりは
いつかつまずいた石ころを蹴って
青空で背を向け合った
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月は笑う沈みつつ
離れゆく二つの軌道を
戻らない時の流れを
別れの朝焼けが映してた
巡る道筋ですれ違う少しの間だけに
許された二人
もうじきそれぞれの風が追いついて
二人を引き裂くだろう
あの日笑ったきみだけを
夏草色のしづくに綴じて
いつかきみと見上げた星の河に
そっと浮かべて飾るよ
--
ぼくは きみを
ぼくに対して優しくできなかった
きみにとって
ぼくはたぶん
壊れてもいい存在だった
きみが優しくできる人が
優しくしたくなる人が
きみを幸せにできる人
きみが幸せになるのを
離れた軌道から
祝福してる

