ありがとう、行ってらっしゃい | 森由 壱 - tune bride -

森由 壱 - tune bride -

... という 、夢を視ました 。



父とのコミュニケーションは
もうほとんどできなくなった

父の体に滞る"伝えたいこと"は
時に100キロ先から
時に遠い彼岸を浮きながら
壊れた電針のように細かい反芻を
繰り返しながら

わたしに届こう届こうとしては
空に消える





30回くらい伝えようとして繰り返しては
疲れて眠ったように休む

目はしっかり開くことは少なく
ぼうっと彷徨っている













谷底へ堕ちゆく象を
救おうと掴んではならない

彼岸へ行こうとする舟の
へりにしがみついてはならない




父はもうすでに
彷徨っている
















ペットボトルから飲んでいた水も
ストローですら吸い上げにくくなり
吸い上げようとして咽せ
咽せた拍子に痰が咳となり
飛沫が散り、痰は垂れ
抗がん剤まみれの体液は
触ってはならないから
ティッシュで拭いたらすぐに手を洗う

一時退院した時は
頑張ってトイレまで二人で行っていたのも
いまやトイレに行ってもその態勢で
出ないようになり
横たわりながら尿瓶になら出せる状態
時々失敗して濡れてしまっても
それでも出た事が大万歳
でもその尿はできる限り
触ってはいけない
うんちも出ない日が続き
抗がん剤や放射線治療が追い打ちをかけて
直腸が下血し その止血の為の内視鏡を
嫌がる父をよそに乱暴に入れられたせいで
肛門も裂けたのか 痛がり
自分で乾癬用のクリームを塗る
たぶんその血も父以外は
触ってはいけない

背中の心電図のクリップと線と
お尻が痛くて寝ている姿勢ですらつらく
わたしに必死に訴えるも
わたしも必死に聞き取ろうと粘るも
メモを書いてもらっても
弱々しい文字も読み取れず
あいうえおの指差し表示をしてもらおうとも
もう父はほとんど現実の世界を見ない

一所懸命に父の背中の素肌に
手を滑らせてそれらしいものを探すも
わからないわたしに
イラつく父





シャワー浴も嫌がるので
匂いが布団を外せば立ち込める部屋

下血もあったので もうしばらく
父の食欲を引き出そうと
無理矢理かくれて父の横で食事もできぬ
持っていった 細かく切った柿も
冷蔵庫に再入院時
置いておいた消費期限が切れた
淡路島プリンも
捨てた




30分のうちに
今何時? を3回問い

30分くらいかけてようやく聞き取れた
父の言葉は
"ここの病院来たのが間違いやった"

よくしてくださる看護師さん、先生とは
うらはらに
よくはならず
急速に死へ向かう父の体

悔しい
悔しい
それは父もわたしも同じ










でももうこの体では
おうちへは帰れない
帰らせられない
"おうちでゆっくり過ごしたい"
とまた かろうじて聞き取れた父の思い

おうちへは帰れない
もうこの体では
帰れないよ










悔しい















空へ羽ばたこうとする鳥の羽を
引き止めようと
むしり取ってはいけない

炎に焼かれてゆく体を救おうと
炎に飛び込んではいけない

おもしのついた沈みゆく体を
無防備に引き上げようとして
引き摺り込まれてはならない

死にゆく人に
しがみついてはならない













父は彷徨っている
呼び戻そうとやっきになっても
父はもう前の父では生きられない

呼び戻そうとすればするほど
しがみつけばしがみつくほど
あの世へ引き込もうとする死灰色が
わたしの脳から父ごとわたしを
持ってゆこうと浸潤する

いけない

わたしは父から手を離さなければならない
父とともに引き込まれてらならない

生きなければならない
父の代わりに

父を渡さなければならない
引き止めてはならない













かなしい
悔しい
もどかしい
不毛で
しんどく












だけど
忘れなければならない
やるだけやった自分と父を
後悔で終わらせてはならない

よくやったと褒めながら
笑顔で
お別れしなければならない














さようなら
さようなら
今までの父

さようなら
さようなら
わたしのだいじな父

ケンカをしても
最後まで分かり合えなくても
たくさんお礼を言い合えたね

よかったね












さようなら
もう引き止めない

さようなら
もうしがみつかない

さようなら
あなたもよく頑張った

さようなら
淋しいけど
ここで見送っている

さようなら
いやだけど
応援してる

さようなら
行ってらっしゃい

さようなら
あの世でもお元気で

さようなら
新たな門出へ

さようなら
母のもとへゆく父

さようなら
今までたくさんたくさん
ありがとう

さようなら
いつの日かまた

さようなら
また会える日まで

さようなら
ほんとうに
さようなら













父よ
あなたの分まで
母とあなたの分まで

精一杯 元気に 笑顔で生きるから

父よ
あの世へ行く時くらい
文句を言わず

安心して
行ってらっしゃい

安心して
休みに行ってらっしゃい










写真引用 :