会社に飼い殺しにされて死ぬのも、
大空に旗を揚げて破れて死ぬのも同じ死なら、揚げたい旗があるうちに揚げておこうではないか。
それで夢破れて死ぬなら、本望ではないか。
後世でその踏み躙られて泥と塵に埋もれた旗の断片を、誰かが見つけて後生大事に持ち帰るかもしれない。これは世紀の歴史的大発見ではないかと、声をうわずらせて高らかに吠えるかもしれない。
我々表現者は貨幣経済で成功する為になんて生きていない。
むしろこの、くだらない貨幣経済に対抗するべく生きているのだ!
いつから我々は、得体の知れない組織にただ金を貢ぐ為だけの働き蟻にさせられたのだ。
貨幣とは本来、人を幸せにした恩恵に預かれる命の切符ではなかったのか。
いまや我々の手元に入っては出てゆく貨幣には、悉く"国"という印鑑が押されており、そのほとんどが吸い上げられてゆくためだけの借り物と化したのだ。
決して我々のものとはならない貨幣に踊らされて、我々は生涯を国という組織に飼い慣らされて終えるのか。
否、そんなことを許そうはずがない。