橋幸夫の"メキシカンロック”が流れる。
雨の伝う車内、見上げるフロントガラス。
乗せてもらった男の車に揺られ、女は
雨降る成田を走る。
「ロックが好きって言ったらさあ、
あの人、これ渡してきて笑 ちょっと嫌味だよね」
笑いながら男は言う。女よりはかなり年上で、なのにイカした白髪を身綺麗に整えていた。
女はその「嫌味」の真意はその時には分からなかったが、けして彼が本当に「嫌」がっているわけではないことだけは、なんとなく分かった。
成田の空は2日間晴れることはなく、薄ぼんやりと垂れ込めた雲の下で、傘を差す土日だった。
女は、"メキシカンロック”の男の車のシートで物憂げになりそうな気持ちを紛らわされつつ、程よい振動と沈黙と、男との対話に身を任せた。
少し熱を傍観して欲動を抑えつける日々、会いたい筈の人には会えない日々のループだが、悪くはない。
弱っている時に会える程の距離感ではない、サラシのような白い男を雨窓の空に浮かべつつ、女は身に降り掛かっている薄ぼんやりとした傷みを隠した。
蛇や猫のように身を隠す。体調と精神状態の重苦しい日々。
英気をただ吸い取るだけの為に利用する程、男を愛していない訳ではないから、女は眺めるだけにしてスマホを閉じる。
-彼はいつ見ても癒される男だ。-
女は隣にいる白髪のダンディをよそに、別な男を思いながらメキシカンロックに揺られていった。
女は徐々に学習する。
過去の失敗と痛みは、女のロックを増やす。
自分の中でカチャリと鍵が外れてゆくのを待ちながら、女は次にその男に会える日までには笑顔を取り戻せるように祈りながら、成田での仕事に邁進するのであった。

