眠れない夜は、げいじつの秋だと割り切って、思いを巡らすことにする。
今日は浪費について考えてみようかな。
わたくしはこういうのも何ですが、とても堅実ではない。とてつもなく、堅実ではない。
だから財も築いていなければ、全くその日暮らしでちゃらんぽらんに生きてきた。
上京して親の貸りてくれていた部屋を飛び出して、"親”というものの凄さを思い知った。
彼らの経済力、我が身を切って子を育て上げる苦労と覚悟。
別に裕福でもなく、人並みかそれよりきついくらいに姑小姑からの揉め事に抗い、必死で家を守り、娘に苦労させることなく、ビックリする程準備万端であの世へ逝かれた。
母は偉大だ。父も。
わたしにはまだその覚悟は、想像がつかない。
きっと今よりもっと働き、頭を使って財を守り、育てなければいけないのだろう。
きっと今とは比べものにならないくらい、必死に切りつめて、精神的にも肉体的にも、疲労やストレスを発散できることも少なくなり、蓄積されてゆくのだろう。
着る物も持ち物も、安いスーパーで買ったり、代用したりしてゆくのだろう。髪も自分で切って、白髪が増えたら自分で染めて。
恋愛で出会った旦那に、髪染めの匂いがきついと文句を言われながら、洗面所の扉を締め切って、肩身の狭い思いで染めるのだろう、四苦八苦しながら。
仕事で疲れても、本当はパンパンに腫れ上がった肩を、浮腫みきったふくらはぎを、毎日でも揉んでもらいリンパを流したいのに、そのお金を息子や娘にかかる費用に置いておくために我慢する日々。
仕事もしながら、子の面倒を見て、やり方も分からず汗だくになって臭いオムツを変えたら、もう行く時間になって発狂しそうになるのかな。
そんな時に泣き出したりして、父親になる旦那が「煩いから向こうでやってくれ」と怒鳴ってくるかもしれない。
結婚生活だけでも毎日トラブルやイレギュラーとの戦い、修行なのに、その上この上なく貴重で煩わしい我が子を守り育て上げなければいけない、"結婚低学年"、"母一年生”の、そんな時期なんて。
想像できない。すごいや、母って。
わたしにそんな覚悟ができる日は来るのだろうか。
まだ、人生を楽しんで、沢山のことを我儘に経験してみたい。子は生み育てられないとしても、作品をその分、生んでいけたら。人生をかけて。

