心の折れるオトがした
パキっと 折れるオトがした
めりこんだ床は重いからだを呑みこんで
わたしをずっと離さない
あたまがデッドヒート
心が折れた悲鳴を反響させる
心の折れるオトがする
いつまでもいつまでも 反響している
..
ひとがひとのある部分を
認めて好きになる時に
はたしてその部分だけに
好きをとどめることはできるのだろうか
お花の花びらが好きだとして
わたしはあなたの花びらだけを
ずっと好きでいます と
花びら以外には興味がありません と
言い続けることは できるのだろうか
..
どこからどこまでがスキだなんて
そんな境界線を自分で引いたところで
ずっと見ていたらスキになってゆくのが
人間というものではなかろうか
たとえばどこからか聞こえる歌声にひかれて
その子を垣間視たとして
その子の容姿には別段惚れる訳でもなかったとして
それでも特に キライでもなかったとして
そんなことはどうでもいい
その歌声と 歌う姿に聴き惚れて 視とれているうちに
わたしはどこからどこまで
この子をスキなんだろうか と
わからなくなる時は ないのだろうか
..
人は人のある部分だけを 熱愛することはできるのだろうか
ナイル・ロジャース
チャップリン
明石家さんま
中居正広
音楽や喜劇 笑いや司会術
沢山の種類の魅力があるけれど
わたしは ナイル・ロジャースの音楽だけが
チャップリンの喜劇をする姿だけが
明石家さんまの笑かしているところだけが
中居正広の司会でイケイケな時だけが
スキなわけではなくって
その人の魅力的な部分をきっかけに
その人自体をスキになっている
..
とっても素敵な花びらに吸い寄せられて
とっても素敵な歌声に引き寄せられて
それを間近で視、聴いたとして
その花びら以外の茎や葉を
その歌声以外の首や眼や人そのものを
どうして分けて考えられようか 。
...
スキ とは そうやって 育ち 膨張してゆくものではないか
と考えた時に
わたしは 恋愛と そうではないスキとの境界線が
どうもわからなくなる
恋愛でもない スキ に拒絶された時に
わたし自身の心が まるで恋愛のスキ に拒絶されたかのように
フリーズしてしまうのを
どう対処すればよいのだろうか
人は とことん自分を痛めつける スキ と対面した時に
それでも その スキ に向き合いつづけることはできるのだろうか
心がバキバキにへし折れて
頭部が溶解して形状がなくなるくらいに ショックを受けたとして
またその痛みを忘れてか 我慢し続けてか 恐れながら
その スキ を肯定し続けることは できるだろうか
そして それは 正しい在り方だろうか
.