欲望はいつも 安易なものだし
無責任なものだし だけどそれはそれで
純粋だ
欲望ほど その瞬間において
正直なものはなく
それがたとい
持続的でない その場限りのものであったとしても
その瞬間に限っては
嘘は ない。
一方 理性は
いつも煩雑な忍耐を要し
責任や礼節を伴い 時としてそれは
とても冷たい
理性は 長いスパンで
相手に礼を尽くす上で とても大切だが
その瞬間瞬間に於ける
私利私欲の欲望に対しては
極めて 嘘つきで 極めて強情である。
あなたとあたしがもし
理性によってがんじがらめになってしまったら
お互い延々と嘘をつき続けて
意味のない禁欲で 気持ちをぼろぼろにしてしまうだろう
その一方でもし
あなたとあたしが
欲望のままに身を任せてしまっていけば
お互い延々とアイを貪り続け
だらしのない惰性で カラダも生活も
とても美しいとはいえないものになってしまうだろう
地球という星に於ける一日という時間に
朝があり 夜があるように
ニンゲンに限らず動物のカラダにも
朝があり夜がある。
カラダに朝が来なければ
その動物は目覚められないし
カラダに夜が来なければ
眠りにつくことができない
二人にはお互いに
迎えなければならない朝があり
それと同時に
休まなければならない夜も あるのです
あなたとあたしが もし
これ以上ないほどの美しさを
ふたりの関係に求めたところで
そういうものを全部とっぱらって
ココロの侭に休む時間を設けなければ
何も進んでないくせに
二人はたぶん
疲弊してしまいます。
お互いの状況が仮に
とても規律を求められる
そんな関係であったとしても
もしあなたとあたしに一分でも
お互いを求める気持ちがあり
又 互いのそれを感じており
それが嘘でも 幻覚でもなかった場合
どんなに意地をはったところで
二人は 二人して
そういった 自戒のような 二人自身で編み上げた鎖を
外さざるを得ない瞬間も訪れる筈です
それが 二人にとっての
朝と夜なんだと思います
別に それが必要なければ
それはそれで 世話の焼けぬことです
そういう『ストレス』が
二人にはないということですから
たとえばそれは
お互いがその距離感の侭で
じうぶんに満足しており
違和感がなく
つまりそれは
朝の関係のみにとどまる間柄
ということなんだと思います
けれどももし
二人がその 自戒の鎖に疲れる瞬間が訪れるなら
それは 二人が
お互いに於ける 夜 を求めている
ということなのです
だから
その時は たぶん お互いの疲弊したカラダなり精神なりを
労る という意味で
休まなければなりません。
二人に夜が 必要なのかもしれません。
わたくしは 今のところ
どの方向にお互いが転ぶのかはわかりませんが
少なくとも
おはようございます とえばすっきりするだけの
そんなあなたでは わたしにとっては なく
こんばんは おやすみなさい から始まる
夜のあなたとの時間も
時に必要なのでは と 思っているつもりです。
冒頭に申したとおり
欲望はいつも 安易で
しかし ほんとうに
それ単体では 純粋なものです
世界中の感情の中で
憎しみと欲望ほど
不純(マジ)りけのない ピュアなもの はないと
憚り乍ら信じておる次第で
あなたには常に
抗いがたい夜の誘いを
感じてしまっているのは
羞恥の事実であります。
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