ぼくはただ、
生きている間に
幸せな"セックス"がしたいだけなのかもしれない
温まるようなただの
"よく効くマッサージ"を思い出しながら
そう思うぼくだった
--
久々に過呼吸が酷くなり、涙が止まらない夜だった。換気扇の音、蹲る床。
体のSOS,必死で死にたいという言葉を打ち消した。大崎善生の名前を連呼しながら、思い浮かべる面々の顔。
こういう時に、誰を思い浮かべればよいのか定まらない事にも嗚咽した。
--
朝目覚めると、昨夜の過呼吸による収縮が余程きつかったのか、胸膜や腹膜のあたりが攣りそうになった。それでも嵐は眠りと共に過ぎ去り、呼吸は安らかに深くできるようになっていた。
--
半年、よく頑張った。
ここまでだなと、見切りをつけられた。
心体が最後にはモノを云うのだな。
一つの区切りを己が体で体感できて、
胸骨あたりがスッキリした。
六月六日の早朝四時過ぎだった。
野口健さんが娘様に云ったとされるエピソードを思い出した。
「痛いということは、体が生きている証拠だ。生きているからこそ、痛みを感じるのだ。だから、痛いと思えるのも、生きる為に大事な事なんだ」そんなエピソードだった。
--
生きる為に、痛みを感じようと思った。
無理をし過ぎない為に、死なない為に。
健康に生き延びる為に、
痛みを素直に受け止めよう、
認知しようと思った。
痛みを与えてくれた状況と、
知らせてくれた自身の心体に、
感謝しようと思った。
スリーアウトチェンジ
優柔不断で流されやすいなら
これが有効。
三度同じ痛みを味わったら
その条件下から身を離す
ぼくにはこの位が
生きる為にはちょうどよい
--
コウノトリが飛び去る音がした
ぼくはあの羽に乗ってゆこう
また
知らない街へ往くように
新しい人生の一面へ
進んで往こう
--
他人にとってどんなに
自分の痛みが小さなものでも
本人にとっては
膿んてはいけない治すべき傷なんだ
だから
誰に共感されなくとも
自分だけはその痛みに
向き合ってあげたらいいんだと
他人に自分の本当の姿は
一生分かる事はないし、
見せる必要もないんだと。
--
この世には
色んな使命を持っているもの
持っていないもの
有象無象の命があると思うが
少なくともぼくは
ただ"愛"を感じる為に
知る為に、探す為に
生まれてきたし
これからもそう生きてしまうんだと思う
誰かの為に、とか
自立して立派なオトナとして
とか
そんな大それたり
しっかりしたりもできず
ただただ"己"という
小さい小さいスケールの中に
閉じこもりながら
孤独を舐めながら
"愛"について
悩みながら探しながら
生きてしまうんだと思う
