お金の裏づけ

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最近は金融経済について学習しています。
皆さんに質問です!
日本銀行は日本で唯一日本銀行券(お金)を
発行できるのですが、ではいったいその原資は
何でしょうか?

http://www.boj.or.jp/type/release/teiki/kaikei/zaimu/zai0905a.htm

↑これは日本銀行のバランスシートです。
よくご覧ください、日本銀行券(つまりお金)は
日本銀行にとっては負債なのです。
ではその裏付けになる物は何でしょう?

→そうです、the answer is!
「国債」なのです。
つまり、お金を発行すればするほど
国からの借金が増えるのです。

それは何を意味するのでしょうか?

日本国はただでさえ国と地方をあわせ
約1000兆円の借金を抱えています。
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4月30日香港へ①

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結局香港に行くことにしました。


なんとホテルの隣が香港行きの特急列車が発着する駅だったのです!


広州東駅→香港まで一等客車でいざ香港へ!


出発前に出国手続きをして列車に乗り込むのですが、そこにも免税店はしっかりありました。


流石商売うまい!

広州に到着!

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本日18時25分発のノースウエスト9便にて広州に無事到着しました。

広州で最高級(5星)クラスのRAMADA PLAZA HOTELに宿泊。

本日のお値段2万5000円!高いがたまには贅沢もいいだろう。


さてと本日は疲れ切ってしまったのでそろそろ寝るとしますか。

明日は香港に行こうかどうか迷っています。。


この部屋は4日間取っているので快適です。

香港も電車で1時間半なので日帰りできるとおもっています。

澳門はさすがに時間ないかな。。。。。。


お休みなさい

いよいよ韓国旅行のお話も最終回。


ソウルに再び戻ってきたのは夕方であったが、
しばらく今まで案内してくれた若い女性と
ソウル観光をした。


その後しばらくぶらぶらし夕ご飯を一緒に食べた
さすがに今晩はどこかに泊まらないと体が持たない。

私は「オンドル」という韓国式の簡易宿泊施設に泊まった。

オンドルとは床暖房式の宿でひとつの部屋のみの
小ぢんまりとしたところであった。
(もっとも私が泊まったのは非常に安いオンドルなので
高級オンドルは存在するだろうが、、、)

確か日本円で2000円くらいだったろうか。
非常に安かったのを記憶している。

宿のおばさんの勧めで銭湯に行くことにした。
何せその宿のシャワーは水しか出なかったのだから、、、
さすが韓国!サウナが充実していた。

銭湯から出、体もさっぱりとしたところで
私は少し市内をぶらぶらとした。


翌朝いよいよ韓国旅行も終わりに近づいた。

まあ近い国なのでまたそのうち行こう!


いつか北朝鮮が「消滅するか」「友好国に」なるかして
電車で日本から中国(さらにはヨーロッパ)までつながる
日を夢見ながら。


そんな思いでソウルを後にした。


次回からは再び話を「上海日記」に戻すことにする。


つづく

ここでは、先にお話した若い女性と行動を共にした。

お互いの記念撮影を手伝ったり、わからない韓国語を
英語に訳してもらったりした。


彼女はソウルの大学で英語を学んでいると言ったが
今頃何をしているのだろうか?


そしていよいよ本日のメインイベント、洞窟ツアーである。


これは北朝鮮の兵士が南に極秘に進入するために作られたものである。


発見され今は南側から潜ることが可能であるが、
非常に不気味であった。


もう数歩先は北朝鮮かと思うと、
何とも言えない感慨深いものがあった。


洞窟ツアーも終わり私たちはバスに乗り込んだ。


バスが出発ししばらくすると
白い建物に案内された。

どうやらレストランらしい。


だが、何の案内もない不気味なレストランだった。

そこでは他のツアー客からマッコルリ(韓国の甘酒??)
をご馳走になった。


おなかも満たしたところで今回のツアーも終わりを迎えた。
再び物々しい鋼鉄製のバリケードを潜り抜けると、
駅に到着した。


つづく











「いてて」


少し眠り心地が悪かった。

(まあ木でできたベンチだから仕方ない)


外は真冬のソウル、
凍死するよりはましだ。

そう自分を納得させ、
私は起き上がった。


時間は短かったがぐっすりと眠れた。
でも後で思えばよくそんなことしたなと思う。
(犯罪にあってもおかしくないからだ・・・)


「さてどこに行こう。」


まったく旅行のプランなどというものは
立てていなかった。


「よしせっかくここまできたんだ
ほかとは違うところに行こう」


どこだ???


「EEZ(軍事境界線)だ!」


EEZツアーは日本から申し込まないと行けない
と聞いていたが、どうやら現地(境界線間近の駅)
からEEZツアーがあるらしい。


早速その駅を目指した。

駅に到着すると、私は改札を出たところにある
切符売り場らしきところに向かった。


韓国語ができないので、英語でEEZツアー
と言った。


チケットと引き換えに私はお金を渡した。

1時間ほど待たないといけないらしかったので、
私は待合室に入った。


しばらくしてなにやら周りが動き出したので
私もつられて動いた。


バスに乗り込むと、若い女性の隣に座った。
バスの社内では韓国語のみで説明が始まり
なにやら物々しい。


いろいろと禁止事項を言っているようだ。

私は自分の身を守るためにも、

隣の女性に聞いた。


「Hello!・・・・」


ふむふむ、カメラの撮影は禁止、指示を待つこと
身分証明書の準備をすることなどが述べられていた。


しばらくして周りが閑散としてきた、そしていくつかの
鋼鉄製のバリケードをかわした後で検問所があった。


外には機関銃を持った兵士たち、
なにやら運転手と話をしている。


すると乗り込んでくるではないか!!


身分証明書チェックだ。


私は外国人なのでパスポートを提示した。


「OK」


なぜかほっとした。


検問が終わりバスのドアが閉まった。
またしばらくバリケードを越えていった。


しばらくバスに揺られた。

車窓の風景は閑散としていたが、兵士がちらほら
見えた。物騒なところだ。


しばらくして、展望台らしきところに到着した。
(板門店ツアーは予約が必要なので今回は行っていない。
次回行ってみたい。)


展望台では一通り説明があったあと、
外に出された。


カメラはこのラインの後ろから撮ってください。

物々しい。


望遠レンズの先には、開城の町が見えた。
(ビルの上には北朝鮮の国旗)


ここで、いくつもの悲しみがあったのかと思うと
胸がいっぱいになった。


自由ではない国民が、この先にいるのかと思うと
こんな情報化した世の中ではすごく異質な世界なのだ
ということを簡単に理解できる。


つづく

お恥ずかしい話、実はこの韓国旅行が
私の初海外旅行であった。


卒業旅行の本番はヨーロッパ行きであったが
その前に少し時間があったので韓国にでも
行ってちょっと経験しておこうと思ったのである。


仁川国際空港に着いたのは夜の9時ごろだったかな。

てっきり空港とソウル市街地とは電車で結ばれていると思ったのだが
どうやら電車はないらしい、、、


バスしかないということでバスにのった。


さすがにリムジンバスなので英語表記なのでここで
ハングルに困った記憶はない。


ソウル中心部に着いたのは10時ぐらいだったと
記憶している。


「何とかなるさ」の精神で旅行をしている
私は基本的には宿泊地は現地で探すのだが
もうこれから探しても見つからない。

(ホテルはあるがまあ足元見られて
正規料金を求められるのではと躊躇った)


そう野宿だ!!


そこでまず腹ごしらえをするために
屋台で何かを食べた。(忘れてしまいました、、、)

そして今晩の寝床を確保するために歩き回った。


南大門近くてあっただろうか、


私は薄暗い路地裏に入ってしまったのだ。


不気味である。なんかいやな雰囲気。


そのときである。


「アニョ・・・・・・・・・・」


40-50歳くらいのおばさんが
いきなり私の腕をつかんできたのである!!


「やばい」


「どこに連れて行くの!?」


「このままだと殺される!?」


瞬時にいろんなことが私の頭の中を過ぎった。


そうここは薄暗い路地裏。


繁華街ではない。

まわりにはお店らしきものもまったっくなかった。


そのとき私はとっさに大声で叫んだ!


「わーーーーーがーーーーーー」

韓国語はまったくできないので、
こうするしかなかったが、
効果覿面おばさんは立ち去って行った。


「ほっ」


私は安堵のため息をつくと同時にもう決して
一人で路地裏には入るまいと決心した。


そしてしばらく歩くうちに繁華街に出てきた。


名前は忘れてしまったが、あるデパートに
もぐりこんだ。


ここは衣服の卸問屋が集まっているような
ビルでなんと24時間営業なのであった。


「しめしめ」


私はここを今日の寝床としたのである。


つづく