「ある」方が奇跡。「ない」方が当たり前。 | 生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

本当は、ただ静かに話を聞いてほしいだけなのに、
「それは甘えだよ」「ポジティブに考えて」
そんな言葉に、余計に心を閉ざしてしまうことってありませんか。

このブログでは、そんな私が見つけた
“ちょうどよく生きる”ための考え方や日々の工夫をつづっています。

部屋にあるタンスを解体しました。
少しスペースを空けたいなあと思ったのです。


『あっ、部屋ってこんな広いんだ』 と思いました。

引越しの経験がある人はわかると思います。
部屋に何もなくなったとき、『広っ!』って思うのです。


そのときふと思いました。

『幸せって、比較で生まれるのだ』と。

劣等感・優越感は、比較から生まれます。
幸不幸の感覚も、比較から生まれると思います。
今まであったものがなくなって『不幸だ』と思ったり、
ないと思っていたものがあって『ラッキー』と思ったり。


高2のとき、
『毎日が楽しくなければ、生活のレベルを下げればいい』と思いました。
今の現状をわざと下げて、また上げることで、幸せ度が上がるのです。

ありがたみは、失ったときにわかる、と同じことです。
ありがたみを知るには、

わざと失う(それをない・使わない状態にしてみる)のです。
その状態を経験したあとに、

元に戻すと、とても幸せな気持ちになると思います。
のどがカラカラのときの、コップ一杯の水。
道に迷ったあげくに見つかった、コンビニ。
ギリギリになったときの、親の助け舟。
いつもあって当たり前のことも、それがない状況から、ある状況になったとき、
心の奥底からの感謝の気持ちが生れます。
涙が出ます。


幸せを感じるには、
『あるものがない状況を想像してみる』
『いつもあるものを使わないようにしてみる』

 

まさに、今コロナウイルスで、

あるものがない状況です。

そして、完全に終息したとき、

幸福度はかなりあがるでしょう。

ただ、それもすぐに慣れてしまうとは思いますが…。