【詩】そばにいない大人の救い | 生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

生きづらさを手放して、「ちょうどいい毎日」をつくろう

本当は、ただ静かに話を聞いてほしいだけなのに、
「それは甘えだよ」「ポジティブに考えて」
そんな言葉に、余計に心を閉ざしてしまうことってありませんか。

このブログでは、そんな私が見つけた
“ちょうどよく生きる”ための考え方や日々の工夫をつづっています。

数え切れない多くの   人たちがつないできた 
自分ひとりのものではなく   悲しむ人がたくさんいて 
あなたの可能性も   まだまだこれから 

 

どんなときでも くじけずにいられるのは   ご先祖様 祖父母 親の

生きるために必要なDNA   良い部分 不適合な部分 

どんな環境でも 生きられるようにと   その人に与えられた 

変化自在のコントロール塔 


あなたが欠点だと   思う部分は   いつか役立つときがくる 
ずっと日陰にいるならば   日なたの暑さはわからない 
ずっと日なたにいるならば   日陰の涼しさはわからない 

これだけは言えるかもしれないな 
常に反対があるってこと   それもひとりではなくて 
何人もの人たちがいるってこと   あなたはひとりじゃないから 
「自分ひとりだ」と思っている同士で   つながっていこうぜ 

辛いよね どうすればいいだろね 
一緒に考える?   それとも そのままにしておくかい? 
その瞬間を楽にすること   それしか僕にはできないかもしれない 
痛みをなくすことはできないけれど   和らげることはできるかも 
白か黒か   ゼロか百か   そんなもの僕が蹴とばしてやる 
すべてを受け入れる前提なら   悩みもきっと 消えていく 

子どもの頃の大人といえば   親や 先生や そのほかの人たち 
大切な人は傷つけたくなくて 言えなくて 
先生はかまってくれなくて 理解してくれなくて 
それ以外の大人は みんな忙しそうで 
本の中の大人に逃げ込んだ僕   価値観をひっくり返してくれた大人 
「ああ、何で教えてくれなかったんだ」 
でも 出会えた僕は ラッキーだった 

たったひとりの 大人の出会い 
「この人がいたから」と思える出会い   今は 昔よりも 簡単かもしれない 
道具は 人を豊かにするために使うもの   使い方を間違っちゃいけない 
それは大人が教えるものか?   そうだ 大人が教えるものだ 
大人が教えなくちゃいけないものだ 
赤信号の次がすぐに   青信号となるとは限らない 
やはり大人が教えなくちゃいけない   経験の多い 
大人が教えなくちゃいけない