湯川遥菜さんに続き後藤健二さんが殺害されました。
救出されることを日々祈っていましたし、ご家族、ご友人の気持ちを思うと痛ましい思いでいっぱいです。
ご冥福をお祈りいたします。
この1月28日は、西嶋老師の御命日でした。1年前のこの日、老師は逝去され、残された日本と海外の弟子たちはそれぞれ老師との思い出、教えていただいたことを振り返りながら過ごしてきたと思います。
老師ののこされたサークルで、私たちは坐禅をし、「正法眼蔵」を老師の著書「現代語訳」と「提唱録」をたどることで読み続けています。
昨日は最後の最後、95巻本正法眼蔵には集録されておらず12巻本のみにみえる「一百八法明門」を読みました。
道元禅師による経典(「仏本行集経」)からの引用が大半を占める巻で、108(項目数は109)の「実践徳目」が語られています。
その読み取りについてはサークルのブログに書いていますのでここでは触れません。
ふたつだけ抜粋します。
15項目『非ハ是レ法明門、衆生ヲ殺害セザルガ故ニ』
人の不幸を悲しむという気持があることは真実への道である。なぜならさまざまな生き物を殺すということがなくなるから。
40項目『不癡(ふち)ハ是レ法明門、殺生ヲ断ズルガ故に』
愚かでないことは真実への道である。殺すということを断ち切ることができるから。
私はたまさか縁あって仏教に触れ、好んで仏教を学んでいますので、経典のなかでこういう言葉に接するとこれを真実として抱えとめ、保持していきたいと願います。
「殺さない」
そのことに価値を置き、それが幸福にいたる絶対的な徳目のひとつであるとする教えは、しかし仏教だけではないと思います。同時に他の信仰者と同じように仏教徒も人を殺さなかったわけではない。
それでもなお
「殺さない」
「殺し合わないために、どうあるべきか」
そのように考える立ち位置を失うまいと、あらためて思った次第です。