今年97歳を迎える日本画家、堀文子さんのカレンダーと一筆箋を買いました。
きっかけはEテレ「こころの時代」のインタビューと若いころからの絵を見て。

父親が歴史教授のリベラルな家庭に育ち、関東大震災の際の朝鮮人迫害に憤り、2.26事件では兵士に銃剣をつきつけられ、とにかく戦争が嫌い。
戦争と関係のないこと≒役に立たないことをしようと「美」の世界を選び、美術学校に進む。卒業しても教師以外就職先は無いけれど、若い人に偉そうにするのはいや。
そこで東大農学部の助手になり、大の苦手の毛虫、芋虫の写生に明け暮れる。その中で、草花や小さな虫のデッサン力、見る力を磨き直す。
戦争画を求められ、落下傘工場で働く女たちを描く。
この絵がまた良いのです。ちょっとフェルナン・レジェを髣髴とさせる。
戦後は世界をひとりで旅し、様々なモチーフの絵を描き続ける。
自然の風景の中で
「万物流転ということが胸にしみる」
「風景は思想だという思いがつきあげる」
今は大磯の自宅の部屋から庭の草木をスケッチする日々。
自分のことを「目の職人」と言い、好きな草花の小さな点のようなつぼみを無心に写し取っている静謐なたたずまいが好ましく思えました。

ネットで検索して、ナカジマアート、というところからとりあえずカレンダーなど取り寄せることにしました。
私が家に飾る絵の半分は、家族から「不評」ないし「あきらめの沈黙」で迎えられます。
このカレンダーは食事をするテーブルの横にかけても、文句は言われないでしょう。
作品「トスカーナの田園」で咲き乱れていたのと同じ、赤い罌粟の一筆箋は、年配の女性にひとこと添えるときに使いたいと、思います。

手で描かれた絵を好きになる、ということは、その絵が画家によって書かれた時間をも親しく好ましく思うことではないか。そんな気がします。