突然ですが、僕は「社会人」になりたいです。



ここでいう「社会人」っていうのは、一般的にいう「学生を卒業して、会社とかで働いる人」のことじゃありません。


今の世の中には、学生を卒業しても、変わったことといえば、今まで遊びに使っていた時間を働くようになっただけの人が多い気がする。


会社で働くことが悪いといってるわけじゃない。ただ、働くということに、自分の意思や主体性などが欠如していて、「会社がこういうから」とか「うちの会社ではこう決まっているから」とか、そういう意志決定をしている人が多いのではないだろうか。


こういう人は「社会人」ではなく、「会社人」であると僕は思う。



それでは「社会人」とはどのような人を指す言葉なのか?



この問いに答えるのは難しいけど、自分なりに「社会人」の条件を考えてみた。


・自分の人生や未来を他人や会社ではなく、主体的に切り拓こうとする。


・俗にいう「社会的なステータス」(会社での役職、給料の多さなど)で自分や他人の価値を判断することなく社会と向きあおうとする。


・社会を構成する要素(政治、経済、ビジネス、法律、ルール、モラルなど)を常に学び、社会的に一人の人間として独立できる。



とまあ、このような条件が思いついた。


とりあえず、今回このテーマでブログを書いたのは将来の自分に対して警告をならしてみたつもり。


かっこいい「社会人」になりたいものですね。



元志


引き続き、「原因と結果の法則」byJames Allen を読んで思ったことを書き下していく。


今回は、人の思いと目標の関係性について。


---------------------------------------------------------------------------------------------思いと目標が結びつかない限り、価値あるものごとの達成は不可能だ。

世の中において目標を持たないがために人生という海原を漂流している人は山のようにいる。

私たちは目標をもたないときに、悩み、苦しみ、絶望する傾向がある。

人間は理にかなった人生の目標を心に抱き、その達成を目指すべき。

私たちの思いは、目標と勇敢に結びついたとき、創造のパワーを生み出し、自分なりの運命を切り開く原動力かつ道しるべとなる。

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と以上が本の要約である。ここで僕と目標の関係性である。


僕と目標というものは「幼馴染」のようなものであると僕は考える。


僕は物心ついた時から、常に目標を持とうとする癖があった。


それはテスト勉強でよい成績をとるだとか

かっけこで一番になるとか


そんな小さいことなのだが、なんとなく目標を常に掲げていた。

目標を立てることに何の疑問もなかったし、それはみんなが当り前のようにしていることだと思っていたのである。


だから、たまに世間で人気の目標設定の本とかを見ても、その本のコンセプト事態にはあまり感動を覚えなかったし、なぜそれが売れるのかがわからなかった。


ぼくにとっては、目標っていうのは、小さい頃から当たり前のようにそこにいる、幼馴染のような存在だったのだ。


しかし最近、その幼馴染と上手くいってないときがたまにあった。

なんでか知らないが、目標をもつことに対して「ガツガツしすぎている」とか「背伸びばっかしっている」とか「落ち着きがない」ようなイメージを持ち始めていた。


それは周りが僕に対していたイメージであり、そろそろ落ち着いた方が良いのかなと、最近弱気になっていたせいで、目標という幼馴染とウマが合わないときがあったのだ。


けど今は違う。今の自分があるのはまさに、目標という幼馴染がいたからだと思う。


この本はそのころを僕に気づかせてくれた。


これからもこの幼馴染と一生の相棒としてつきあっていこうと思う。



元志

今、「原因と結果の法則」byJames Allen という本を読んでいる。


この本は百年以上前に刊行されて以来、世界中の読者が共感し、聖書に次いで多くの人に読み継がれてきた本らしい。


その読者の中にはあのカーネギーやナイチンゲールも含まれているくらいで、現代の成功哲学のベースとなった本だそうだ。


ざっくり、この本を要約すると、以下のような感じ。


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「心というのは全ての創造の根源である。


そして、私たちというのはその心そのもである。


私たちは思いという道具を用いて自分の人生を形づくり、その中で、さまざまな喜び、悲しみを自ら生み出していく。


つまり、私たちは心の中で考えた通りの人間になる。


私たちをとりまく環境というのは、真の私たち自身を映し出す鏡に他ならない。」

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この本を読む前から、僕自身「運命を決めるのは自分の思いである」と強く信じていたのだが、


上の要約の「私たちをとりまく環境というのは、真の私たち自身を映し出す鏡に他ならない。」という表現に考えさせられた。


たしかに今まで自分が今まで生きてきた中で、自分が環境に満足してたり、幸せを感じていた時というのは、驚くくらい純粋に何かを頑張っている時であったり、心がけがれてなかった時期だと思う。(個人的には幼少期~中学時代+大学二年時~留学生活まで)


逆に自分が環境に不満をもっている時というのは、何かしら自分の胸の中に悪い気持ちがある時だったように思える。(高校時代~大学一年時まで)



ちなみに、今現在の環境はどうなのかというと、正直良いとも悪いともいえない状況である。色でいえばグレー。


精神的な状況も何かに迷ってるというか何というか、澄み切っていない状況である。


このような状況を打破するために、必要なことは「気高く澄み切った心をもつこと」とこの本には書いてある。


自分でも今の自分の中には「ハッキリさせないといけないよな」と考えていることがあるわけで。


それをハッキリさせたら自分が見る自分の周りの環境も変わってくるのかな。



元志