あゆみです
時々、またアレを書いてくれませんか?とリクエストをいただきます。
アレとは・・・そう、ゴジラーあゆです。
すっかり朝活ガールになったわたくし(勘違
ゴジラーといえば5時に起きて、朝活報告すること?7
はい!近いうちにまた登場させたいと思ってますが、今日はこんなお話。
キレッキレモードでまいります。
テーマは・・・
「俺はがんばりたいんだ、止めないでくれ!」
最近、ちょっと気になることがあってね。
「がんばるひとは、がんばらないとみとめられないと思ってる」
「がんばって手に入れたしあわせは、がんばらないとなくなる」
「がんばるひとは、いまの自分が嫌い」
えっと・・・。
一概にそうとは限らないですよ?
のびのびとがんばれるのは、等身大の自分をみとめているからです。
いまの自分をありのままオッケーしてこそ、よし、さらにがんばろう!と思うのです。
正直なこと言います、なんかめっちゃやってる感じな割に自分あんまいってないな、
そこそこって感じだ、こんなのいやだーと思ってたことがあります。
その感じっていうのは、がんばってもみとめててもらえてないって感じかもしれません。
誰かが、って感じじゃなく、もっといってもいいのにメガじゃないって感じでした。
で、あるとき思ったんですよ。
自分、結構長続きしてるじゃんと笑。
その時、等身大の自分をみとめられたのですね。
がんばってきた自分と、支えてきてくれたひと、出逢ったひとに素直に感謝しました。
そうなったとき、がんばらなくていいと思った・・・のではなく
よし、ここからがんばろうと思いました笑。
どこか、構えてやり切ってなかった、ブレーキを踏みながらやってたのがアクセル全開になったって感じでしょうか。
この感じは、マラソンで、一番うしろからだけど今からみんなの後を行くよって感じです。
遅れててダメって感じじゃなくて、自分は一番じゃないけどここから行こう!って感じです。
で、がんばって手に入れたしあわせについてです。
がんばってやり切ってしあわせを得た。
そうすると「がんばればできるんだ!」と思います。納得ってやつです。
そしてですね、おもしろいことに
「がんばってもできないことがある」ことをあっさりみとめれるのです。
がんばり切った経験をしてこそ、がんばってもうまくいかないこともオッケーできるのです。
がんばることは、自分の素質、みんなの思ってる自分を超える、可能性です。
自分にとっては、それは無限の可能性でしかありません。
だからしんどくもなければ、そこに褒めてほしい誰か(親とかね)はいちいち登場しません。
あ、わたしは、著者ですから、たくさんの読者さんが本を読んで下さったらうれしいです。コミュニティ運営者なので、たくさんの方がコミュニティに入ってくれたら、ブログの読者さんがいっぱいになったらうれしいです。
でもそれは「たくさんのひとに褒められないと自分の価値がなくなる」からではありません。
未知の世界にチャレンジするのがめちゃくちゃ楽しいのです。
がんばること、メガになることは、無限の可能性です。
素直にがんばらせてもらっていいでしょうか笑?
本日は、100人中9人くらいの
暑苦しいあなたのために書きました。
どちらさまも、自分のスタンスは自由に選びませう