藤沢あゆみです
ちょっと聞いてみたいことがあります。
「頑張るを顔晴るって
書いたらやる気になるの?」
もしかしてわたしのこと待ってました?
誤字ラーあゆです。
わたしは、顔晴るという文字を見ると
アノ方の顔が浮かびます。
国民的ヒーローのアノ方じゃないですか!
はい・・・
独断と偏見ですが
顔晴るって文字を見ると
顔がはれ上がってる図が浮かぶんです。
しんどくても顔にかみつかれても
無理に笑ってる図が浮かびます。
今日は、頑張るを顔晴ると書くひとに聞いてみたい。
「顔晴ると書くと、やる気が出るの?」
最近、ちょっと気になってることがあります。
それは、がんばるっていう言葉が
ちょっと悪者になってること。
がんばらない方がうまくいく。
ということを提唱されているひともいます。
がんばってもうまくいかなかったものが
ふっと力を抜いたら波に乗った。
わたしも、そんな経験があります。
で、頑張るということばこそ
その様を表してると感じています。
頑なに張りつめて必死になって
もうだめだと思ったときふっと楽になる。
がんばらない方がうまくいった
その境地に行けるのは
目いっぱいがんばったからです。
コップの水があふれて
0が1になったんですね。
尊敬するある経営者の方が
こんな話をされていました。
その方はかつて男性がモテる方法を
書籍などで伝授されていたのですが
路上で女性に道を聞いてもらうそうです。
で、そのほんとうの目的とは
気力が尽きること。
最初は気負ってキョドってたのが
気力が尽きるまでやると
気負いがなくなって
自然に話しかけられるようになるそうです。
すると女性になれ、ナンパできるようになったり
彼女ができたりする。
がんばるとは
そんなことじゃないかなと思うのです。
がんばることはいいのかだめなのか
それはがんばるをどう定義するかにもよります。
たとえば、イチローはわたしたちから見ると
毎日練習をがんばってると思いますが
本人はがんばってるとは思ってないんじゃないでしょうか。
好きなことなら努力も努力と感じないと言いますが、
それはがんばるのではなく楽しんでるから
なんて言いかえるまでもなく
がんばることが楽しいのだと思うんですね。
「こんなにがんばってるのに報われない」
そう言ってしまう場合
がんばることがダメというよりは
がんばり方が自分に合わないのだと思います。
自分の経験からいうと
がんばっても報われないと思うときは
がんばりの方向性が違うか
コップの水でいうと、
まだ0,2くらいしかたまってない。
むしろがんばりが足りないんです。
そこでやめても、何も起こらないだけです。
うまくいくことって
他人からみたらがんばってるようなことを
頼まれなくてもやっていて
うまくいかないことって
がんばっても報われないと自分は思ってるけど
その道のプロからいうと0、2しかがんばってない
ように見えるかもしれません。
要はその道の才能がないということですね。
才能がないことに気づくのも
ある程度がんばったときです。
わたしは服飾の世界がそうでした。
自分は8年間この世界でがんばりきった
そう思えたので才能がないことを
あっさりみとめられました。
がんばることを悪者にするよりも
自分ががんばれることを選びなおして
がんばることが楽しくなった方が
モノになると思います。
わたしはがんばるって
可能性があるってことだと思います。
がんばるという言葉がしんどく感じるひとは
がんばらなくてもいいと思うんです。
その場合聞いてみたいのは
顔晴ると書くとやる気になるのかってことです。
言い換えたけど言葉は同じがんばるだから
かみつかれても無理に笑うような感じがします。
さてあなたは
がんばるのが好きですか?
読んでくれてありがとう、またね