「収録には、本番の30分前に来ていただければ大丈夫です。ただ、公開放送になりますので、リスナーも期待しています。それっぽい服装で着ていただければ」
シルクのシャンパンゴールドのドレスに、シルバーフォックスのコート。イルミネーション輝くファッションビルをあたしは歩いてゆく。着飾った女たちが行き交うイブの街角。それでもこの装いは目に付くらしく、カップルたちが振り返った。
このドレスと、このコートは
あたしが、この一年がんばったことを象徴していた。
1年前のイブの日。ここでFMの公開放送を見ていた。
都内の20代の女性が選ぶ「ネット発で今年一番活躍したセレブ」として呼ばれているゲストは、あたしの憧れの歌手だった。彼女はyoutubeでブレイクして、歌手デビュー。
「いつか、あたしもこの番組に出れるかしら?」
彼にもたれかかりながら、夢を語った。
「もちろん、アイならなれるさ!」
そういって、頭をなでてくれた彼。
わずか1年の月日が、あたしを変えた。
マルキューで買ったワンピに、ダウンジャケットから
シルクのドレスに、シルバーフォックスに変わり
公開録画を見る人から、特別ゲストに変わった。
そして・・・寄り添うとなりは、今はもう・・・
「ねぇ、あたし中の人になったんだよ」
彼がもし見てくれたなら少しは驚いてくれるかしら?
「アイ、俺とのこと書いてみてよ」
フェイスブックのノートに、恋愛小説を書き始めたきっかけは彼のこんな一言からだった。そのうち、毎日200いいね!がつくようになりアイのフェイスブックページを開き
いつも、
自分の写真を彼に撮ってもらって、連載小説の最後に載せた。
それを楽しみにしてると若い女の子たちにいわれるようになり
iphpneアプリにしませんかと言う話がきて・・・
それからはあっという間だった。
誰よりも早くあたしを見つけてくれた人。
たった一人の読者にむけて書き始めた小説で
あたしは、100万人に読まれる恋愛小説家になった。
「それにしても、アイ先生はオシャレでセクシーですね。
ダーリンさんはおしあわせですね。
でも、イブの日に収録なんて、怒られませんでしたか?」
ふふふ・・・
あたしは含み笑いをする。
実録恋愛小説でブレイクしたあたしは
今もラブラブなことになっている。
現代のシンデレラストーリーだと言われた。
人生の転落から救ってくれた彼と、表参道で暮らしてる。
そんな恋愛小説家アイは見かけによらず料理が好きで・・・
そう・・・人生の転落を救ってくれた男がいた。一躍ミリオンセラー作家になり、ほんとうに表参道に引っ越した。
「そうですね。やっぱり外にディナーを食べに行くのもいいけど
ダーリンには、アイの手料理を食べてほしいと思いま~す☆」
期待通りの言葉を返す。
料理なんて、いつからしてないか思い出せない。
「それでは、みなさま、すてきなクリスマスをね!」
収録が終わり、満面の笑みでスタジオを後にした。
ビルを出てタクシーに手を上げる。
涙がこぼれてしまいそうだったから。
シャンパンゴールドのドレスに、シルバーフォックス。
このいでたちに、涙は似合わない。
「表参道まで」
「え?結構距離あるよ?まぁその格好じゃ電車に乗る感じじゃないけど」
誰にも、会いたくなかった。
誰にも、見られたくなかった。
「いや~こんなきれいなお姉さんを乗せるなんて、ついてるね~。彼氏が待ってるのかい。はやく行ってやらなきゃな」
ふふふ・・・
あたしはお決まりの含み笑いを引っ込めた。
「あたしね、若い子の間では結構有名なんだ。
100万人が読む本を書いたの。
しあわせで、売れっ子で、オシャレなうちにすんで。
・・・全部全部嘘なの。
もういないのよ!彼氏なんて!
毎日ね、写真を撮ってもらった。
でも、撮る人がいなくなって・・・男が撮ってるようにって、フェイスブックをしてないカメラマンさんに頼んだ・・・
だってバレたらみじめじゃない?
うちの中がむちゃくちゃなの。
料理もあれから出来なくなって・・・」
次から次へと、何かがこみ上げ止まらない。
「最近読んだ本にね、書いてあったの。
部屋をときめくものだけにしなさいって。
あたしはね。
ときめくモノに囲まれて暮らしてるよ。
女の子が見たらうらやましがるようなものばかりに。
でも・・・
もうそこには、イノチがないの。
しあわせだったときに使ってたものだから。
あたし、みんなに嘘をついてるの。今日も嘘ばっかり話してきたの。あたし・・・しあわせなセレブなんかじゃない!」
もしかしたら、ずっと誰かに聞いてほしかったのかもしれない。
おじさんは、驚く様子もなく、まくし立てるあたしの話しを聞いている。
「そうかい、道理で普通と雰囲気が違うと思ったよ。
お姉さん、がんばったんだね。
最近そうじがどうのこうのという本、はやってるよね。
うちのかみさんも読んでるけど、一向にうちはきれいにならないね~ははははは。
うちが汚い?今日、帰ったら部屋にお礼を言うんだね」
「部屋に・・・お礼?」
「そうだよ。汚させてくれて、ありがとうってね。
外ではいつも笑ってるお姉さんの本音が、その部屋なんだよ。
がんばれるのもその部屋のおかげだよ。
部屋なんか男が出来てから片付ければいいじゃないか。
吐き出す場がないと弱ってしまうよ。
ただ、その部屋が嫌だと思ってるのなら、
もう立ち直りかけてる証拠だね」
汚させてくれて、ありがとう・・・
汚させてくれて、ありがとう・・・
汚させてくれて、ありがとう・・・
張り詰めていたものが、はらはらと崩れた気がした。
「おじさん・・・何者なの?」
「ははは。会社つぶしてな。
かみさんが、うちをきれいにしたいと思ってくれるくらい
しあわせな生活に戻らなきゃな」
「だいじょうぶだよ。おじさん、かっこいいもん」
「お姉さんもだよ。今年はたくさんの子達をしあわせにしたんだから来年は、しあわせになれるさ。
世の中にはしあわせの法則というのがあってね。
やせ我慢してでも人をしあわせにしてる人がいたら
周りの人はあの人をしあわせにしたいと思うんだよ
だからしあわせが足らないときは誰かが気づいてくれるまで
周りをしあわせにしとけばいいんだ」
「ありがとう・・・
おじさん、本が書けるよ。知り合いの編集さん、紹介しようか?」
「いいねぇ、そしたらうちが片付くかな?あ、そろそろつくよ」
オートロックが開くのももどかしくマンションに駆け込んだ。
ただいま・・・
汚させてくれて、ありがとう・・・
誰もが憧れたこの空間を、あたしは一生懸命汚していた。
あたしが、外で輝けるように
部屋が、あたしの心の闇を吸い取ってくれていたんだ。
あたしは、ひとりなんかじゃなかったんだね。
汚させてくれて、ありがとう・・・
こんなにしてしまって、ごめんなさい・・・
止まった時計の針を動かすように
あたしは広すぎるベッドに散乱した服を、一枚一枚たたんでいた。服は細かくたたみなさいと書いてあったことを思い出した。
書類で埋まったデスクを、一心に拭いていた。
ドレスを脱ぎすて、あたしはマックを立ち上げた。
ここで、いっぱい悲しんで
このパソコンで、いっぱいみんなをしあわせにしたんだ。
あたしは、かわいそうな女じゃなかったんだ。
ただただ、次のしあわせの準備をしていただけなんだ。
来年のクリスマスは、今年の分もしあわせになれる!
あたしの本の中に住む、アイのようにね。
いまからケーキでも作ろうかな?
また、料理の腕でも上げとかなきゃ。
「メリークリスマス、アイ!」
あたしをみつめ、囁いてくれるまだみぬ誰かのために。