本当にあった怖い話 -19ページ目

本当にあった怖い話

本当にあった怖い話と意味がわかると怖い話を解説付きで書いています

263 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:42:45 ID:AcaYYwQz0
[視線(前)]
1/12

1限目の講義が終わる。
教室に人は少ない。
朝早くから真面目に勉強するなんて信じられない、とは美加の言。
1,2年生のうちに単位は稼いでおいた方が良いのにな、と思う。
なんとかなるわよ、とも美加は言っていた。
そうだろう。きっと彼女はなんとかする。不器用な私と違って。
少しの劣等感。
軽くため息をついた私に、教室に入ってきた男の人が話しかけてきた。

男「鮎川さん、神尾さん来てない?」

やや長髪の男性。名前は何といったかな?

私「美加は・・・今日は3限からだと思います」
男「あぁ、やっぱそうか。こんな早くに居るわけないよな。電話したんだけどさー出ないんだよねー。まだ寝てるのかなぁ」


264 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:44:48 ID:AcaYYwQz0
2/12

時刻は10:40過ぎ。十中八九、寝ているだろう。
目は覚ましているかもしれないが・・・まぁ、寝惚けているだろうなと思う。

私「何か用事があるなら、伝えておきましょうか」
男「いや、いいよ。また電話してみる。しかしあれだねぇ・・・。鮎川さん、1限から頑張ってるねぇ。単位、結構いってるんじゃない?」

と、言いながら男は無遠慮な視線を私に向けてくる。
髪、顔・・・でしばらく止まり、胸、腰、脚・・・と上から下に視線を感じる。
9月のまだ陽気な季節、やや薄着なのがいけないのかな・・・
いや、自意識過剰だな。気をつけなくちゃ。嫌な女になりそう。

私「今のうちに取れるものは取っておこうと思って。それじゃ、次の講義があるから・・・」

席を立って、次の教室へと向かう。
男は講義を受けに来た様子でもなく、どこかに去っていった。
何と思われたか?簡単に分かる。つまらない女、だろう。
別に構わない。私は私だ。


265 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:46:28 ID:AcaYYwQz0
3/12

2限も終わり、昼食を食べようと構内のラウンジに向かっていると、前から美加がやってきた。

美加「おはよーう くぉのふぁー」

古乃羽(このは)。私の名前だ。砕けた発音で呼びながら、美加が手を振ってこちらに駆けてくる。
周りの人が何事かと、こちらを見ている。

私「おはよう、美加・・・恥ずかしいからそんなに手、振らないで」

抱きついてきそうな勢いだったが、なんとか押し止める。周りの視線が痛い。

美加「古乃羽、これからお昼でしょ?ボクと一緒に食べない?」
私「もちろんいいけど・・・何、そのボクって」
美加「どうかな、ボクっ子。なしかな?」
私「20歳でボクっ子は無いんじゃない?」
美加「年のこと言うなよー。まだ10代だからって・・・」

12月生まれの私はまだ19歳。5月生まれの美加は一足先に20歳になっていた。

美加とは小さい頃からいつも一緒だった。内気でイジメられがちな私を庇ってくれたりもした。
明るい性格。物怖じしない性格。誰とでも打ち解けられる、そんな性格。
私は美加が大好きだ。憧れるところもある。本人には恥ずかしくて言えないけど。


266 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:49:30 ID:AcaYYwQz0
4/12

2人で昼食を食べながら、ふと思い出す。

私「そういえば朝、美加のこと探している男の人がいたよ」
美加「ん?誰?」
私「ちょっと長髪の・・・名前が思い出せないのよね。ピアスと指輪してた」
美加「んーー・・・誰だろう。長髪ピアス、指輪セットの人なんて居たっけな・・・?」
私「あ、美加に電話したって言ってた」
美加「電話?」

携帯を確かめる美加。

美加「着信は・・・昨日の夜の古乃羽が最後。それから1件もないよ?」
私「じゃ、番号間違えていたのかな」
美加「・・・ははーん、分かったゾ?」

美加がニヤッと笑った。

美加「その人、どうだった?古乃羽の好みだったりしない?」
私「私の好み?」
美加「多分ねー、その人、古乃羽に気があるんじゃないかなー。で、話しかける口実に私を使ったわけ」
私「えー・・・」

267 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:52:33 ID:AcaYYwQz0
5/12

美加「ほら、どうなの?イイ男だった?背は高い?どんな格好してた?お金持ってそうだった?」
私「お金って、別に・・・うーん格好は・・・」

姿かたちを思い出してみる。が、思い出すのはあの嫌な視線だけ。

私「ダメかな・・・無い、と思う。何か気持ち悪かったし・・・」
美加「うひゃー、気持ち悪い、か。それは可哀想に。哀れ、謎の男」
私「美加の知り合いじゃないの?私、どこかで見たような気がするんだけど」
美加「私の知り合いには居ないよー、そういう人。どこかって、構内のどこかで見ただけでしょ?」
私「そうなのかなぁ・・・」
美加「よし、私が探してやろう。顔や体の特長を言いたまえ、古乃羽くん」


268 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:55:00 ID:AcaYYwQz0
6/12

特長。
もう一度思い出してみる。顔の特長。

私「目が2つ、鼻が1つ、口が1つ・・・」
美加「うんうん・・・ってォィー。あぁ、古乃羽がそんな冗談言うなんて・・・ショック」
私「んー・・・半分冗談。なんか思い出せないの。特長、特長・・・」

思い出す・・・ダメだ。何でだろう、ほんの2時間くらい前なのに。
ピアスと指輪をしていた・・・していたっけ?そんなところ見たかな。
長髪。それだけは確かだ。でも長さは?肩くらい?背中まであった・・・?

美加「おーい。古乃羽さまー。勉強しすぎじゃないのー」
私「うーん、忘れちゃった。思い出したら言うね」
美加「ほい。ま、どうでもいいんだけどね」

その後、食事を終えた美加はイヤイヤ講義に向かった。
私はその時間は空いているので、また後でねと言って、静かな所を求めて図書室へと向かった。


269 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:58:46 ID:AcaYYwQz0
7/12

図書室でレポート用紙を広げ、さっきのことを考えてみる。
ここは静かで、しかも涼しい。物思いに耽るには最適だろう。

特長。なんでもいい。思い出したことをメモしてみようと思う。
何故こんなに気になるのか?思い出さなければならないような気がしてならない。
別に好みとかではないのは確かだ。なにしろ、嫌悪感すら感じたのだから。

・・・嫌悪感?そんなに不快だったかな。
ジロジロと視線を送ってくる人は、たまにいる。普段はそんなに気にはならない。
でもあの目は・・・嫌だった。まるでこちらの全てを見透かすような目。
「特長:嫌な目」とレポート用紙に書く。
他にはなんだろう。目の色は?話をしたのだから、一瞬でも目を見ているはず。
えーっと、目は・・・あれ?
なぜかサングラスが浮かぶ。サングラス・・・してたっけ?
あ、でも口には・・・マスクもしていたような?・・・帽子もかぶっていたかな?
そもそも、男?本当に男だった・・・?声はどんな声?口調は?


270 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:02:14 ID:AcaYYwQz0
8/12

おかしい、なにこれ。イメージが勝手に崩れていく。
気持ち悪い・・・。頭を抱えて机に伏す。
考えれば考えるほど、気持ち悪くなってくる。
頭の中がぐにゃぐにゃと歪んでいく。
思い描いていた顔の、目が、鼻が、口が、歪んでいく。
そしてイメージは崩れに崩れ、ついにそれは異形のものとなった。
オカルト本で見た挿絵の悪魔の顔。それをサングラス、マスク、帽子で隠している。
しかしそれでも隠し切れない、尖った耳。大きく裂けた口。鉤鼻。真っ黒なサングラスの奥で、怪しく光る目。

いけない。そっち系の本とか読みすぎかな。
中学のときオカルトにハマッテ以来、そんな本ばかり読んでいる。
この趣味に美加が付き合ってくれたおかげで、更に拍車が掛かった。
顔を上げ、眼鏡を外して机に置く。
度の強い、お世辞にも可愛いとは言えない眼鏡。
美加はコンタクトレンズを勧めるが、あれは怖くてダメだ。

271 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:06:22 ID:AcaYYwQz0
9/12

気分転換にと、窓から外に目をやる。眼鏡が無いと視界がぼんやりして、よく見えない。
見ないで済めばよかったな、と思う。そうすればこんなに思い悩むことも無かっただろう。

大学の校舎、3階にある図書室からは、キャンパス内が一望できる。
眼鏡のレンズを拭き、掛けなおし、また外を見つめる。
講義が行われている時間なので、歩いている人は少ない。
大学で知っている人と言えば、美加の他には同じ学科の女の子数名。
それと、この前肝試しに・・・美加に強引に連れて行かれた肝試しに、一緒に行った男の子2人。
あれは何だか怖かった。足音や笑い声を聞いた気もするけど、結局全部気のせい、で片付けてしまった。

それより、場合はどうであれ、あの時初めて男の人と手をつないだ。
手を引いてくれた彼、雨月君、といったっけな。
ドキッとした。力強くて、恐怖心が無くなったのを覚えている。
彼はもっと別のものを見ていたようだけど、何を見たのだろう。
機会があったら聞いてみたい気もする。


272 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:08:29 ID:AcaYYwQz0
10/12

窓の外をぼーっと眺め、なんとなく誰かを探す。
・・・と、向かいの校舎の隅に人影を見つける。外壁に寄りかかっている。
もしかして・・・目を凝らしてみる。
あの顔。あの男だ。悪魔・・・じゃない、あの長髪の男だ。
顔ははっきり見えた訳じゃないけど、分かった。黒いジャケットを着ている。
そうだ。さっきも着ていた。
こちらを見ているような気がする。行ってみよう。はっきりさせたい。
美加のこともあるし、学校に来ていると教えてあげよう。

レポート用紙を鞄に入れる。「特長:嫌な目」とだけ書いたメモ。
そうだ、あの目。気を付けないと。余り気にしないようにしないと。
校舎の外に出る。向かいの校舎の隅、さっき見たところを見てみると、ジャケットの後ろ姿が見えて、校舎の裏に消えていった。
私は小走りで、その後を追った。


273 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:11:17 ID:AcaYYwQz0
11/12

校舎の裏には、色々なサークルの部室が並ぶ、プレハブ小屋があった。
ジャケット姿を探す。
いた。部室の1つに入っていくのが見えた。

何のサークルだろう。ここまで来るのは初めてだ。
入口まで行ってみるものの、何の部屋なのか分からない。
他の部屋には「○○愛好会」とか「××同好会」とかあるのに、ここには何も書いてない。
それと、この雰囲気。入口から感じる、この冷たいような、しかし熱いような風と、圧迫感。それでいて中に誘われるような感覚・・・。
この前と同じだ。廃校で感じたものと。

これって霊感なのかな・・・
嬉しいような怖いような、複雑な気持ちになる。
オカルトの世界を見ているうちに、自分にも霊感があったら、なんて考えたこともあったが、実際そうなると困ることになる。
だって・・・怖いもの。


274 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:13:20 ID:AcaYYwQz0
12/12

どうしよう。明らかに誘われている。
当然、1人で入ってはいけない気がする。
誰かを呼んでくる?誰を?
美加は講義中だ。終わるまで待つ?
なぜか彼の・・・雨月君の顔が一瞬浮かぶ。まさか。連絡先も知らない。

少し迷った末・・・、1人で入ることに決めた。
そうだ。私はもうすぐ20になる。いつまでも美加に頼っていちゃダメだ。
きっとこの決断は間違っているのだろう。
でもここで引き返したら、私はきっと、ずっと弱いままだ。
自分を変えないと。はっきりさせるんだ。
意を決し、私は部屋に入ることにした。

300 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:10:47 ID:tHmnyYdo0
[視線(後)]
1/11

部屋の扉をノックする。
思った通り、返事はない。確実に中に居るはずなのに。
扉に手を掛けて、開けてみる。
扉は、これも思った通り、開く。
中に明かりは点いていない。これも思った通り・・・

罠に掛かったウサギ。それが今の私だろう。
中には狼が居て、私はきっと・・・
いや、考えちゃいけない。それも思った通りになりそうだから。
今は別のことを考えよう。見ない。見ないようにする。目を見ない。

部屋の中に入る。扉は閉めるべきだろうか。
常識で言えば、閉めるべきだろう。明かりが無いといっても、昼間だ。
部屋の中は真っ暗な訳じゃない。窓から光が差し込んでいる。
私は少し迷ってから、扉を閉めた。
これもきっと、間違った選択なのかな、と客観的に考えてしまう。


301 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:12:44 ID:tHmnyYdo0
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中に入ったものの、部屋の正面は見ないようにした。
なぜかは、単純明快。正面にあの男が居るのが分かったからだ。
胸の前で鞄を抱くようにして、手元をじっと見つめていることにした。

私「あの・・・」

問いかける私にかぶせるように、前から声がした。

男「やぁ、鮎川さん。何か用?」

普通の人の声だ。朝聞いたのと同じ声。

私「あ、すいません。勝手に入って。あの・・・美加が、神尾さんが、来ました」

しどろもどろに私は告げる。

男「へぇ・・・それを言いにわざわざ?」

ニヤニヤしたような声が聞こえる。

私「はい、えっと・・・それだけです。探している人がいる、って伝えておきました」


302 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:14:25 ID:tHmnyYdo0
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男「あ、そう・・・」

男が近寄ってくるような気配がした。

私「じゃあ、私、これで・・・」
男「ちょっと待ってよ」

きた。どうする?走って逃げるか?ダメだ。それじゃ入ってきた意味がない。
このモヤモヤする感じを、なんとかしたい。この男が何者なのか、はっきりさせたい。

男「あのさ・・・もう、分かっているのでしょ?鮎川さん」
私「・・・なんでしょう」

男が目の前まで来た。私は手元を見続ける。

男「・・・何を、だろうね。どこまで分かっているのかな?この子は・・・」

まただ。ジロジロとこちらを見ている。この視線が嫌だ。

男「こっち、見ないね。分かっているからだよね」
私「だから・・・なんでしょう」

少し語気を強めて言ってみる。

男「俺はさ。神尾なんて奴知らないし、あんたと会うのも今日が初めてだよ」


303 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:16:54 ID:tHmnyYdo0
4/11

美加のことを知らない。予想通りだ。でも、私と会うのも初めて?

男「あんたは知っているんだろ?俺のことをさ」

知っている・・・気はした。でもなんだろう。いつ会った?覚えていない。

男「俺の顔、分かる?どう見えている?」

何のことだろう。顔は思い出せないのに。
想像した、悪魔の顔のことを言っている?
でも違う。あれはオカルト本の挿絵がイメージと重なっただけだ。
それとは別に、顔があるの?

男「ちっ・・・何も言わないんだな」

不機嫌そうだ。イライラしている。いけない、何か言わないと・・・

私「あの・・・」
男「ん?」
私「顔とか・・・分からない、です。よく・・・思い出せなくて」
男「じゃあ、顔をあげて見てみろよ。それともこっちから覗き込んでやろうか?」

304 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:18:52 ID:tHmnyYdo0
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だんだんと乱暴な口調になっている。
私は怖いのを必死で我慢した。

私「いえ・・・いい、です。もう、その・・・」
男「もう、見るんじゃねえぞ?」
私「え?」

見ろ、とか、見るな、とか。何を言っているの?どっちなの?

男「俺のこと、霊視するなって言ってるんだよ。分かってるんだろ?」

・・・?咄嗟のことで、私は顔を上げそうになり、慌てて押し止まる。
霊視?何のこと?そんなことした覚えもなければ、出来るわけもない。

男「俺は、邪魔するやつは許さないぜ・・・?」

そう言って、ますます視線は強くなる。
まるで、目だけが私に迫ってくるような、そんな感じがする。

男「へぇ・・・。意外と可愛い顔してるじゃない」

耐え難い、不快な視線・・・なんだろう。よくある好奇の目じゃない。
まるでこちらの全てを射抜くような視線。


305 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:21:02 ID:tHmnyYdo0
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男「とにかく、だ。」

男は少し離れる。それと同時に視線も離れた。私はホッとする。

男「二度と、俺を見るな。いいな?分かったか?」

何を分かれと言うのか。さっぱり分からない。

男「分かったか、って言ってるんだよ!はい、か、いいえ、だろ!?」

急に怒鳴るような声で私を問い詰めてくる。

私「・・・は、はい」

意味は分からないが、消え入りそうな声で答える。

男「よし・・・それじゃ、帰りな。こんなところにいたら、危ないぜ?」

不気味に優しい口調になる。しかし暗に感じる嘲笑。
きっと笑っているのだろう。私を。
しかし私にはそれ以上何も出来ず、後ろ手で扉を開け、何も言わず外へ出た。
出る瞬間はっきりと、勝ち誇ったような、あざ笑うような声が聞こえた。


306 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:23:32 ID:tHmnyYdo0
7/11

外に出た私は、校舎の方へフラフラと歩いていく。
涙が溢れてきた。
怖かったからではない。悔しかったからだ。
部屋に入る前の決意。正体をはっきりさせてやる、と思った決意は、簡単に崩れ去った。
そして意味の分からないことを約束させられ、笑われ、部屋を追い出された。
いや、追い出されたのではない。逃げたのだ、私は。
それが悔しい。
無力で、臆病で・・・言いなりになってしまう自分。
昔からずっと変わらない・・・。変わりたいのに。
校舎の陰に着いた私は、しゃがみ込んでしまった。
もう立つのも嫌だ。私は泣き続けた。

307 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:25:05 ID:tHmnyYdo0
8/11

・・・どれくらい時間が経ったか。チャイムの音が聞こえる。
涙は止まっていた。
しゃがみ込んだままの私は、何を見るでもなく、泣き腫らした目で構内を見渡す。
向かいの、図書室のある校舎。講義が終わったので、何人かの人がぞろぞろと出てくるのが見える。
その中に、あの人がいた。雨月君だ。
駆けていって声を掛け、話を聞いてもらおうかと思ったが・・・やめておいた。
こんな状態で話なんてできないし、何より泣いて腫れぼったくなっている、こんな顔を見られたくない。

彼の姿を目で追う。
そして、ふと思う・・・彼は、私を変えてくれるだろうか、と。
変えてくれる。そんな気がする。
いや、変わるのはもちろん自分だ。彼はきっと、そのきっかけを与えてくれる。
そう思える。そんな、ビジョンが見える。
すると不意に、不思議な感覚に襲われた。
私は彼を目で追っていただけだが、いつの間にか、そこに別のものを見ていた。
イメージが頭に浮かんでくる。彼の姿。そしてその後ろにあるもの。
光り輝く、暖かい存在。力強いその鼓動・・・。


308 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:28:01 ID:tHmnyYdo0
9/11

私は思い出す。
あの男の言っていたこと。私は霊視をしている、と言っていた。
あれは、こういうことなの?だとしたら・・・
だとしたら、そうだ。これは私の力ではないか。

心の奥に火が灯る。
あいつはミスを犯したんだ。
私は知らなかった。あいつが教えてくれたんだ。気付かせてくれたんだ。
私は何かを見ることができる、ということを。
ならば、私はこれを信じよう。
私の目に見えたものを、信じよう。


309 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:29:13 ID:tHmnyYdo0
10/11

鞄から携帯を取り出し、美加に電話する。

美加「はーい。どうしたの?」

明るい声。その声を聞くだけで癒される。美加はいつも、私に元気をくれる。

私「あー・・・えーっとさ、ちょっとお願いがあるの」
美加「何々?古乃羽お嬢様のお願いなら、何でも聞いてあげるわよ?」

さて、どう言うか・・・確実に誤解されるだろうな。

私「えっとさ、この前の肝試しのときの男の子、雨月君のことだけどさ。あの人、どんな人なのかな」
美加「どんなって・・・。こ…古乃羽!ついに・・・ハートを射止められちゃったの!?」
私「なんか古い表現だね・・・。いやあの、好きとか嫌いとか、そういう訳じゃないんだけど、ちょっと気になって・・・」

あぁ、ダメだ、余計誤解されそう。

美加「なるほど、なるほどねぇ・・・。古乃羽はああいうのが好みかぁ・・・。よし、分かった。美加お姉さんに任せなさい。古乃羽なら絶対大丈夫!うまくいくよ!」

・・・まぁいいか。詳しく説明できないし。それに彼なら別に・・・誤解されて嫌な気もしないかな。


310 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 10:31:47 ID:tHmnyYdo0
11/11

私「ごめんね。私から話しかければ済むことなんだけど・・・」
美加「まさか。古乃羽にそんな真似させないって。ばっちりセッティングしてあげるから、楽しみにしてなさい」

セッティング。また会わせてくれるってことか。気が早いなぁ・・・。
それにしても、美加の中で、私は相当なお嬢様のようだ。
でもそうやってくれるのには、甘えてしまう。

私「うん。ありがとう」
美加「はいはーい。んじゃ、また夜、メールか電話するねー」

電話を切り、携帯を鞄に仕舞う。
目を閉じて考える。
私は大丈夫?大丈夫だ。
もう、負けない。逃げたりしない。
私は立ち上がり、陰から出て、光の下へと向かった。
247 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:22:13 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 1/8

評判がよかったので、調子に乗らせていただきます(笑)。
あと、まとめサイトの管理人様、早々に掲載してもらって感謝です。

郷土史家のオオツキ教授について回ると、たびたび遭遇する仏がいる。お地蔵さまと呼ばれるものだ。
立派な寺に安置されている場合もあるけれど、多くの場合は、簡素な社に入れられて道端に置かれたり、ひどいと野ざらしで風貌もわからなくなっていたりする。
教授の話によると、地蔵尊は、他の神仏のように祟りをなさないのだそうだ。人間を厄から守ることにひたすら精進してくれるありがたい存在であるらしい。

代表的な昔話である【傘地蔵】も、この地蔵尊の奇跡の物語の一つ。
江戸期以前、病気や災害といった厄疫に科学的な対抗手段を持たなかった人々は、自分たちの村にそういうものをもたらす【魔】が入り込むことを恐れた。
そこで、村の入り口である辻に地蔵尊を立て、バリアの役目を課したのである。
傘地蔵は何体だったか、すぐに思い出せるだろうか。答えは6体。
この数は、人間が死んだあとに振り分けられる【六道】という世界に関係がある。天国に行く道、人間として生まれ変わる道、動物に転生する道、戦闘に明け暮れる道、ひたすら飢える道、地獄に落ちる道。
どの道にも地蔵尊が現れて、迷える魂を最善の方法で昇華させてやるのだとか。
つまり、6体揃ったお地蔵さまは、死後の世界でまで無敵だったというわけ(笑)。


248 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:22:56 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 2/8

そんな地蔵尊にまつわる呪いや贄の伝承があるはずもない。
「お地蔵さまを見に行くよ」と教授が言うときだけ、私は安心してついていくことができた。
あの村に行くまでは。

そこは3つの県が境界を接している小さな村落だった。
いまは、それでも人口300人ぐらいはいるらしいけど、明治維新で統合される前は、U村一の沢、U村二の沢、というように、川に沿って、上流から小さな集落で分けられていた。
向かったのは、一番上流にある一の沢だった。いまは廃村となっている。

「一の沢は、それ以上登ることができない土地に開かれた集落で、作物が取れるような場所でもなかったんだ。だから、住んでいたのはエタや非人。どういう人間だったかわかるかな?」

教授に聞かれたので、うろ覚えの教科書の知識を引っ張りだした。

「たしか…自分で田畑を持てない、最下層の人たちのことでしたよね?」
「そう。農民となることすら禁じられた人間たちだよ。士農工商の身分制度の中で、実質、一番下に置かれた農民たちの劣等感を和らげるために作られた礎だ」

教授の話は中学の先生の話と合致する。私は素直に頷いた。


249 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:23:34 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 3/8

「それでも、一の沢は住人にとって安住の地であったんだ。痩せた土地に芋を飢え、野生動物と競るように木の実を取り、なんとか命をつなぐような暮らしであってもね」
「…」

わかる。人間として扱われることすらなかった人々が、獣のような山野の暮らしではなく、定住する村を持てたんだ。
安心して眠れることが彼らをどんなに幸福にしたか。私には容易に想像がついた。

「ただ、住人には常に外敵がいた。二の沢以降に住む農民たちだ。米を食んで体力のある連中は、慢性的な栄養失調の非人たちを好きに蹂躙できた。意味はわかるかな?」

わからない。私は首を横に振った。

「つまり、現代でいう快楽殺人のようなものだ。一の沢の住人は、そこまで軽んじられていたんだ」

鼓動が倍になった。掌に汗が浮かぶ。

250 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:24:18 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 4/8

教授の指示で車を進入させたのは、小さな川に沿って伸びる未舗装の道路だった。左手は沢、右手には金色の稲穂が実った田が延々と続いている。
民家も、まだチラホラと見ることができた。

「このあたりは四の沢と呼ばれていた所。先に進むと一の沢まで辿りつけるんだけど、車では無理だね」

と言うので、私は路肩に車を停めた。
降りて、見ると、まっすぐに進む小道は、数十メートル先で薮に侵食されていた。
日は高いのに、ものすごく心細かった。この先に、人が人を殺してきた現場が残っているんだ。
先に歩きながら、教授は続ける。

「農具すら持たなかった一の沢の住人には、現実的な自衛は不可能だった。彼らは何をしたと思う?」
「えっと…」

教授との会話だというのに、頭が麻痺してて、宗教がらみの答えが出てこなかった。
教授は気に触る高笑いを響かせて、言う。

「お地蔵さまを立てたんだ。一の沢と二の沢の間の辻にね。でも、そんなものは何の役にも立たなかった。立つわけがない」
「…」

そのとおりだけどね。そういう言い方はないんじゃないかな。
私は見つからないように、教授の背中に蹴りを入れる真似をした。


251 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:25:12 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 5/8

「気休めの地蔵尊は、すぐに二の沢の人間に壊され、かえって怒りを買った。一の沢には大量の血が流れたようだよ」
「…せめて、嬉しそうに話すのはやめませんか?」

耐え難くなって、私は教授に進言したけど、【かえって煽りを与えた】だけだった。
教授はさらに饒舌になる。

「手口はこう。二の沢の住人、いや、殺人鬼どもと言い換えよう。彼らは、深夜、一の沢に忍び込んで、手薄な家から、病人や女子どもを誘拐する。それを自分の村の山中に連れて行き、数日にわたって加虐趣味に没頭する」
「リンチ後のボロボロの遺体は、これ見よがしに地蔵尊の前に打ち捨てられる。地蔵尊の前には血の海が広がり、いつしか、土台にまで染み込んでいった」

私は歩くのをやめて、教授から少し離れた。教授の話には多分に妄想が入っているような気がする。
一緒に、人気のない山に入っていくのが怖い…。

「…そのお地蔵さまが、まさか、まだ残っているんですか?」

史実なのか確かめるためにも、聞いておかないと。

「残ってるよ。今は四の沢の出口に移されたから、もうすぐ着く」

教授の言葉どおり、前方の薮に、木造の丸い頭が見え隠れしていた。
思いがけず早い対面に、足が震えた。

252 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:25:50 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 6/8

オオツキ教授は、そこでいったん立ち止まった。
秋の風が稲穂を揺らし、赤とんぼが群生していった。

「でもね、地蔵尊はとうとう願いを叶えたんだ」

教授の声は、先ほどの熱に浮かされたようなまくしたて方とは一転して、静かだった。

「一の沢の住人がずっと祈っていた結果は、現実になった」
「それは何ですか?」

私は、そばの岩に腰かけて、動悸が治まるのを待ちながら聞いた。

「復讐だな。自分たちの生活を安穏とさせることより、殺人鬼どもが壊滅してくれることのほうが大事になっていたんだ、彼らは」
「…」

そう思って当然の状況に追い込まれた人たちのことが、哀れでしょうがなかった。

「ある日、いつものように一の沢から贄を連れ出した悪鬼たちは、いつものように彼に地獄を与えた。でも、その贄はある病気に罹っていたんだ」

教授は愉快そうに顔を歪めていた。

「天然痘だよ。生きながら腐っていく病気を、二の沢の連中は、自ら、自分の村に招いたんだ」

私も、なんだか、つられて笑った。


253 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:26:35 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 7/8

二の沢はパニックになった。
助かりたい者が、我先に三の沢に押し寄せた。事情の飲み込めていなかった三の沢は病人を受け入れ、やがて自らも感染を広げていく。
四の沢の人間は、上流の2集落をけっして村に入れなかった。五の沢、六の沢も応援に駆けつけ、二と三の沢の住人は、四の沢の入り口のバリケードの前で次々と朽ちていった。
教授の話し方にも因るのだろうけど、二の沢と三の沢の味わった地獄は、一の沢のそれに匹敵していたように思う。

バリケードを越えて四の沢に入ろうとした天然痘患者は、容赦なく槍で突き殺された。
累々と重なっていく屍には、その場で火が放たれたが、中にはまだ死にきらなかった者も多かったらしい。
業火の中から響く悲鳴は、一刻にも及ぶことがあった。
「一の沢の人たちはどうなったんですか?」と聞くと、教授は、目を細めながら、ゆっくりと歩き出す。

「【駆除】が終わって、麓の役人が検査に来たときには、すでに全滅していたそうだよ」

私も立ち上がった。
すべてが終わったいまのここの空気は、とても澄んでいる気がする。


254 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/09/01(月) 13:27:25 ID:G3xoKKW20
目明き地蔵 8/8

その騒動の後、上流の沢での蛮行を知った人たちの手で、地蔵尊は手厚く祭られた。
人の絶えた集落から下ろされて、ここ、四の沢に安置されたのも、そういう理由からだった。
教授について、薮の中に無造作に立っているお地蔵さまの前に回った。
台座は、すでに無数の薮の根が入り込んで、大きく割れている。色は特に赤くはなかった。
粗彫りの胴の手足は、わずかに判別がつく程度に刻まれている。鉄の道具を持たない民が、一生懸命、石で削った様子が想像できた。

「この地蔵はね、いまでも、ときどき目を開けるらしいよ」

教授が穏やかな地蔵尊の顔を覗き込みながら言う。

「監視してるんだろうね。人間の顔をした魔物が入り込まないように」

私は、人の営みが立ち消えたその先の山道を振り返って、心の中だけで祈った。
(復讐しか願うものがないような人生を、誰も送らなくてすみますように)

赤とんぼが山に向かって消えていく。
昔、とんぼには祖霊が乗っているから捕ってはいけないと教えてくれたのは、兄貴だっただろうか…

235 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:44:18 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 1/7

こんな話でもいいのかな。試しに投下させてもらいます。

兄貴がある寺の住職に納まった。
うちは普通のサラリーマン家庭なのに、昔っから出家に憧れていた、変わり者の兄貴だった。
そんな兄貴が、ある日、郷土史家だという知り合いを連れて家に来た。何でも、調査中に見つかった呪具を寺に持ち込んできた人らしい。
60代のお爺さんで、名前は大月。うちでのニックネームは、速攻で【オオツキ教授】に決まった(笑)。
オオツキ教授は、郷土史の中でも暗部、つまり呪いとか生贄とか関わってる史実を集めているみたいだった。
おどろおどろしい語り口調が面白かったこともあり、彼を一番気に入ったのは、他ならぬ私だ。

そろそろ運転の怪しくなってきた教授は、現地調査の際の運転手を求めているということだった。
2つ返事で引き受けた私に、母が小言を言う。

「そんなことしてるより、花嫁修業しなさいよ」
「修行しなくてももらってくれる人を探すから」

至極まともな返事をしたと思うのに、母は、失礼なことに、絶望的な溜息をついた。


236 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:45:10 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 2/7

その教授との記念すべき1回目のデートは、日本の中央に位置する県の山岳紀行になった。
なんでも、江戸時代までは絶えず水害に悩まされていた難所が、今から行く山の中に残されているとのこと。
具体的にどんな害だったのかというと、今で言う【鉄砲水】。当時は、細い山々の間を大蛇のような凶悪な濁流が押し寄せるイメージから【蛇抜け(じゃぬけ)】と呼ばれていたらしい。
指示されるとおりに車を進めると、急峻な崖の下に作られた小さな駐車場に出た。
車を出て見回すと、四方は連なる尾根に囲まれた、まさに谷間としか言いようがない土地になっている。
どこからか沢の音が聞こえた。あの水が増水したら、ここなど一発で餌食だなと思ったら、足が震えた。
駐車場から、申しわけ程度に伸びている遊歩道を、60代のわりに身軽な教授について登る。


237 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:45:53 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 3/7

鬱蒼とした樹木の間に伸びていく獣道。お世辞にも歩きやすいとは言えない。
堆積した落ち葉に何度も足を取られるのを忌々しく思っていると、少し先を行くオオツキ教授は、笑いながら小噺をした。

「このあたりは蛇抜けで水没をした最上部にあたる所でね。上流から流されてきた家屋やら人間やらが、よくこのへんに引っかかっていたようだよ」

私は思わず足元を見た。浮き上がった木の根が私の左足を捕らえている。だけだ。

「…自然の脅威ですね…」

ぞくぞくと冷気を感じるのは、標高が上がったから…だと思いたい(汗)。

「そうだね。恐ろしいね。そして人間は、その脅威に信仰で対抗しようとしていた」

教授は、薄く残る脇道に入って、私を招いた。
教授の横に立つと、そこが、巨岩の上であることが見て取れた。


238 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:46:30 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 4/7

眼下は深い谷になっていた。谷底には見事な水量を称えた渓谷が轟々と唸っている。
怖い…としか思わなかった。清涼さや自然美なんていうものは、【管理された自然という余裕】があって、初めて持てる感想なんだ。
オオツキ教授が、右腕を水平に起こして対岸を指差すので、つられて見る。そちらにも大きな岩がせり出している。
岩の下の斜面が大きくえぐられているせいか、今にも落ちそうな不安定さを感じた。
「見えるかな?」と聞かれたので、光の届かない中、目を凝らすと、対岸の岩の上には古い木の棒が立っていた。
たぶん1mぐらいの高さだと思うけど、上部はちぎり取られたような折れ口を見せているから、もっと長いものだったのかもしれない。
「見えます」と答えた。
教授は嬉しそうに、「あれは人柱を立てた跡だよ」と言った。
私は気分が悪くなって、座り込んだ。

239 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:47:05 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 5/7

「ごめんごめん。あの住職の妹さんだから気にしないと思った」

愉快そうなオオツキ教授に別の意味で不快さを感じながら、私は山麓まで安全運転を重ねた。

「兄貴よりはだいぶ繊細にできてますから」

老獪にどれほど効くか程度の嫌味だけど、返さずにはいられない。

「和やかな食卓で酒飲みながら話をしてるんじゃないんです。目の前に人が死んだ現場があるのに、平気でいられるほうがおかしい」
「それを想像するのが、僕には一番の楽しみだからね」

嬉々とする教授。改めてゾッとする。


240 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:48:15 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 6/7

私の気持ちなどお構いなしに、教授の解説はさらに細に入った。

「あの人柱に立てられたのは、主に子どもだった。貧しい村には、生まれては迷惑な子どもが現れるものだ。それを【禍つ神に捧げる】という名目で葬ったんだ」
「…ひどい話ですね」
「生贄には自然の怖さを充分に知らしめた上で葬らねばならない。だから、大雨ですぐに沈下してしまう水際ではなくて、蛇抜けが起こらない限り死ぬことのない岩の上に縛りつけられた」
「…」

言葉もない。

「足元を激流が逆巻き、雨粒が頬を打つ中、目を血走らせながら上流が決壊する瞬間を待っている心境を想像してごらん。神も自然も人間も、家族でさえも、呪いの対象としてしか見られなくなると思わないかい?」

何が言いたいのはわからず、返事を逡巡していると、教授はトーンを落として、ボソリと呟いた。

「それが人間の本性だよ。僕は、死を覚悟するなんて綺麗事はありえないと思ってるんだ」
「…」

教授は、歳を重ねた今でも、死に対する恐怖が薄れないんだな。そんなふうに思った。


241 :オオ○キ教授 ◆.QTJk/NbmY :2008/08/30(土) 22:49:20 ID:xePEZg9L0
蛇抜け 7/7

教授は何度も足を運んでいるというふもとの資料館に、私のために寄ってもらえることになった。
蛇抜けの起きた年度や被害を綴った古文書が残っているという。
入ってみると、20畳ほどの空間には、当時の衣料や道具が展示され、地図と年表が壁に貼られていた。
真ん中には、ガラスケースに入った書籍が数点。でも、字が崩れすぎてて読めない(汗)。
奥の一角にも大型のケースが据えつけられ、中には腐った木片が大事そうに陳列されていた。説明文には【人柱の破片】と…。
そして…そして、その上の壁には、こう書かれていた。

【○○山の中腹には、今もその柱が立っていた穴を見ることができる】

車に戻ると、オオツキ教授は居眠りを決め込んでいた。すぐさま起こして確かめる。

「さっき、私に聞きましたよね?『見える?』って。あれって、人柱が立っているのが見えるかどうか聞いたんですよね?」

教授は目をこすりながら、「そんなもの残ってるわけがないでしょう。岩に穴が開いているのが見えるかって聞いたんだよ」と答えた。
もっと目を凝らしていたら。
あの棒に縛りつけられて上流を凝視している何か、を、私は見てしまったのかもしれない。
不遇の死者の執念に、手を合わせずにはいられない気分になった。