263 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:42:45 ID:AcaYYwQz0
[視線(前)]
1/12
1限目の講義が終わる。
教室に人は少ない。
朝早くから真面目に勉強するなんて信じられない、とは美加の言。
1,2年生のうちに単位は稼いでおいた方が良いのにな、と思う。
なんとかなるわよ、とも美加は言っていた。
そうだろう。きっと彼女はなんとかする。不器用な私と違って。
少しの劣等感。
軽くため息をついた私に、教室に入ってきた男の人が話しかけてきた。
男「鮎川さん、神尾さん来てない?」
やや長髪の男性。名前は何といったかな?
私「美加は・・・今日は3限からだと思います」
男「あぁ、やっぱそうか。こんな早くに居るわけないよな。電話したんだけどさー出ないんだよねー。まだ寝てるのかなぁ」
264 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:44:48 ID:AcaYYwQz0
2/12
時刻は10:40過ぎ。十中八九、寝ているだろう。
目は覚ましているかもしれないが・・・まぁ、寝惚けているだろうなと思う。
私「何か用事があるなら、伝えておきましょうか」
男「いや、いいよ。また電話してみる。しかしあれだねぇ・・・。鮎川さん、1限から頑張ってるねぇ。単位、結構いってるんじゃない?」
と、言いながら男は無遠慮な視線を私に向けてくる。
髪、顔・・・でしばらく止まり、胸、腰、脚・・・と上から下に視線を感じる。
9月のまだ陽気な季節、やや薄着なのがいけないのかな・・・
いや、自意識過剰だな。気をつけなくちゃ。嫌な女になりそう。
私「今のうちに取れるものは取っておこうと思って。それじゃ、次の講義があるから・・・」
席を立って、次の教室へと向かう。
男は講義を受けに来た様子でもなく、どこかに去っていった。
何と思われたか?簡単に分かる。つまらない女、だろう。
別に構わない。私は私だ。
265 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:46:28 ID:AcaYYwQz0
3/12
2限も終わり、昼食を食べようと構内のラウンジに向かっていると、前から美加がやってきた。
美加「おはよーう くぉのふぁー」
古乃羽(このは)。私の名前だ。砕けた発音で呼びながら、美加が手を振ってこちらに駆けてくる。
周りの人が何事かと、こちらを見ている。
私「おはよう、美加・・・恥ずかしいからそんなに手、振らないで」
抱きついてきそうな勢いだったが、なんとか押し止める。周りの視線が痛い。
美加「古乃羽、これからお昼でしょ?ボクと一緒に食べない?」
私「もちろんいいけど・・・何、そのボクって」
美加「どうかな、ボクっ子。なしかな?」
私「20歳でボクっ子は無いんじゃない?」
美加「年のこと言うなよー。まだ10代だからって・・・」
12月生まれの私はまだ19歳。5月生まれの美加は一足先に20歳になっていた。
美加とは小さい頃からいつも一緒だった。内気でイジメられがちな私を庇ってくれたりもした。
明るい性格。物怖じしない性格。誰とでも打ち解けられる、そんな性格。
私は美加が大好きだ。憧れるところもある。本人には恥ずかしくて言えないけど。
266 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:49:30 ID:AcaYYwQz0
4/12
2人で昼食を食べながら、ふと思い出す。
私「そういえば朝、美加のこと探している男の人がいたよ」
美加「ん?誰?」
私「ちょっと長髪の・・・名前が思い出せないのよね。ピアスと指輪してた」
美加「んーー・・・誰だろう。長髪ピアス、指輪セットの人なんて居たっけな・・・?」
私「あ、美加に電話したって言ってた」
美加「電話?」
携帯を確かめる美加。
美加「着信は・・・昨日の夜の古乃羽が最後。それから1件もないよ?」
私「じゃ、番号間違えていたのかな」
美加「・・・ははーん、分かったゾ?」
美加がニヤッと笑った。
美加「その人、どうだった?古乃羽の好みだったりしない?」
私「私の好み?」
美加「多分ねー、その人、古乃羽に気があるんじゃないかなー。で、話しかける口実に私を使ったわけ」
私「えー・・・」
267 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:52:33 ID:AcaYYwQz0
5/12
美加「ほら、どうなの?イイ男だった?背は高い?どんな格好してた?お金持ってそうだった?」
私「お金って、別に・・・うーん格好は・・・」
姿かたちを思い出してみる。が、思い出すのはあの嫌な視線だけ。
私「ダメかな・・・無い、と思う。何か気持ち悪かったし・・・」
美加「うひゃー、気持ち悪い、か。それは可哀想に。哀れ、謎の男」
私「美加の知り合いじゃないの?私、どこかで見たような気がするんだけど」
美加「私の知り合いには居ないよー、そういう人。どこかって、構内のどこかで見ただけでしょ?」
私「そうなのかなぁ・・・」
美加「よし、私が探してやろう。顔や体の特長を言いたまえ、古乃羽くん」
268 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:55:00 ID:AcaYYwQz0
6/12
特長。
もう一度思い出してみる。顔の特長。
私「目が2つ、鼻が1つ、口が1つ・・・」
美加「うんうん・・・ってォィー。あぁ、古乃羽がそんな冗談言うなんて・・・ショック」
私「んー・・・半分冗談。なんか思い出せないの。特長、特長・・・」
思い出す・・・ダメだ。何でだろう、ほんの2時間くらい前なのに。
ピアスと指輪をしていた・・・していたっけ?そんなところ見たかな。
長髪。それだけは確かだ。でも長さは?肩くらい?背中まであった・・・?
美加「おーい。古乃羽さまー。勉強しすぎじゃないのー」
私「うーん、忘れちゃった。思い出したら言うね」
美加「ほい。ま、どうでもいいんだけどね」
その後、食事を終えた美加はイヤイヤ講義に向かった。
私はその時間は空いているので、また後でねと言って、静かな所を求めて図書室へと向かった。
269 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 10:58:46 ID:AcaYYwQz0
7/12
図書室でレポート用紙を広げ、さっきのことを考えてみる。
ここは静かで、しかも涼しい。物思いに耽るには最適だろう。
特長。なんでもいい。思い出したことをメモしてみようと思う。
何故こんなに気になるのか?思い出さなければならないような気がしてならない。
別に好みとかではないのは確かだ。なにしろ、嫌悪感すら感じたのだから。
・・・嫌悪感?そんなに不快だったかな。
ジロジロと視線を送ってくる人は、たまにいる。普段はそんなに気にはならない。
でもあの目は・・・嫌だった。まるでこちらの全てを見透かすような目。
「特長:嫌な目」とレポート用紙に書く。
他にはなんだろう。目の色は?話をしたのだから、一瞬でも目を見ているはず。
えーっと、目は・・・あれ?
なぜかサングラスが浮かぶ。サングラス・・・してたっけ?
あ、でも口には・・・マスクもしていたような?・・・帽子もかぶっていたかな?
そもそも、男?本当に男だった・・・?声はどんな声?口調は?
270 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:02:14 ID:AcaYYwQz0
8/12
おかしい、なにこれ。イメージが勝手に崩れていく。
気持ち悪い・・・。頭を抱えて机に伏す。
考えれば考えるほど、気持ち悪くなってくる。
頭の中がぐにゃぐにゃと歪んでいく。
思い描いていた顔の、目が、鼻が、口が、歪んでいく。
そしてイメージは崩れに崩れ、ついにそれは異形のものとなった。
オカルト本で見た挿絵の悪魔の顔。それをサングラス、マスク、帽子で隠している。
しかしそれでも隠し切れない、尖った耳。大きく裂けた口。鉤鼻。真っ黒なサングラスの奥で、怪しく光る目。
いけない。そっち系の本とか読みすぎかな。
中学のときオカルトにハマッテ以来、そんな本ばかり読んでいる。
この趣味に美加が付き合ってくれたおかげで、更に拍車が掛かった。
顔を上げ、眼鏡を外して机に置く。
度の強い、お世辞にも可愛いとは言えない眼鏡。
美加はコンタクトレンズを勧めるが、あれは怖くてダメだ。
271 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:06:22 ID:AcaYYwQz0
9/12
気分転換にと、窓から外に目をやる。眼鏡が無いと視界がぼんやりして、よく見えない。
見ないで済めばよかったな、と思う。そうすればこんなに思い悩むことも無かっただろう。
大学の校舎、3階にある図書室からは、キャンパス内が一望できる。
眼鏡のレンズを拭き、掛けなおし、また外を見つめる。
講義が行われている時間なので、歩いている人は少ない。
大学で知っている人と言えば、美加の他には同じ学科の女の子数名。
それと、この前肝試しに・・・美加に強引に連れて行かれた肝試しに、一緒に行った男の子2人。
あれは何だか怖かった。足音や笑い声を聞いた気もするけど、結局全部気のせい、で片付けてしまった。
それより、場合はどうであれ、あの時初めて男の人と手をつないだ。
手を引いてくれた彼、雨月君、といったっけな。
ドキッとした。力強くて、恐怖心が無くなったのを覚えている。
彼はもっと別のものを見ていたようだけど、何を見たのだろう。
機会があったら聞いてみたい気もする。
272 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:08:29 ID:AcaYYwQz0
10/12
窓の外をぼーっと眺め、なんとなく誰かを探す。
・・・と、向かいの校舎の隅に人影を見つける。外壁に寄りかかっている。
もしかして・・・目を凝らしてみる。
あの顔。あの男だ。悪魔・・・じゃない、あの長髪の男だ。
顔ははっきり見えた訳じゃないけど、分かった。黒いジャケットを着ている。
そうだ。さっきも着ていた。
こちらを見ているような気がする。行ってみよう。はっきりさせたい。
美加のこともあるし、学校に来ていると教えてあげよう。
レポート用紙を鞄に入れる。「特長:嫌な目」とだけ書いたメモ。
そうだ、あの目。気を付けないと。余り気にしないようにしないと。
校舎の外に出る。向かいの校舎の隅、さっき見たところを見てみると、ジャケットの後ろ姿が見えて、校舎の裏に消えていった。
私は小走りで、その後を追った。
273 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:11:17 ID:AcaYYwQz0
11/12
校舎の裏には、色々なサークルの部室が並ぶ、プレハブ小屋があった。
ジャケット姿を探す。
いた。部室の1つに入っていくのが見えた。
何のサークルだろう。ここまで来るのは初めてだ。
入口まで行ってみるものの、何の部屋なのか分からない。
他の部屋には「○○愛好会」とか「××同好会」とかあるのに、ここには何も書いてない。
それと、この雰囲気。入口から感じる、この冷たいような、しかし熱いような風と、圧迫感。それでいて中に誘われるような感覚・・・。
この前と同じだ。廃校で感じたものと。
これって霊感なのかな・・・
嬉しいような怖いような、複雑な気持ちになる。
オカルトの世界を見ているうちに、自分にも霊感があったら、なんて考えたこともあったが、実際そうなると困ることになる。
だって・・・怖いもの。
274 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/02(火) 11:13:20 ID:AcaYYwQz0
12/12
どうしよう。明らかに誘われている。
当然、1人で入ってはいけない気がする。
誰かを呼んでくる?誰を?
美加は講義中だ。終わるまで待つ?
なぜか彼の・・・雨月君の顔が一瞬浮かぶ。まさか。連絡先も知らない。
少し迷った末・・・、1人で入ることに決めた。
そうだ。私はもうすぐ20になる。いつまでも美加に頼っていちゃダメだ。
きっとこの決断は間違っているのだろう。
でもここで引き返したら、私はきっと、ずっと弱いままだ。
自分を変えないと。はっきりさせるんだ。
意を決し、私は部屋に入ることにした。
300 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:10:47 ID:tHmnyYdo0
[視線(後)]
1/11
部屋の扉をノックする。
思った通り、返事はない。確実に中に居るはずなのに。
扉に手を掛けて、開けてみる。
扉は、これも思った通り、開く。
中に明かりは点いていない。これも思った通り・・・
罠に掛かったウサギ。それが今の私だろう。
中には狼が居て、私はきっと・・・
いや、考えちゃいけない。それも思った通りになりそうだから。
今は別のことを考えよう。見ない。見ないようにする。目を見ない。
部屋の中に入る。扉は閉めるべきだろうか。
常識で言えば、閉めるべきだろう。明かりが無いといっても、昼間だ。
部屋の中は真っ暗な訳じゃない。窓から光が差し込んでいる。
私は少し迷ってから、扉を閉めた。
これもきっと、間違った選択なのかな、と客観的に考えてしまう。
301 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:12:44 ID:tHmnyYdo0
2/11
中に入ったものの、部屋の正面は見ないようにした。
なぜかは、単純明快。正面にあの男が居るのが分かったからだ。
胸の前で鞄を抱くようにして、手元をじっと見つめていることにした。
私「あの・・・」
問いかける私にかぶせるように、前から声がした。
男「やぁ、鮎川さん。何か用?」
普通の人の声だ。朝聞いたのと同じ声。
私「あ、すいません。勝手に入って。あの・・・美加が、神尾さんが、来ました」
しどろもどろに私は告げる。
男「へぇ・・・それを言いにわざわざ?」
ニヤニヤしたような声が聞こえる。
私「はい、えっと・・・それだけです。探している人がいる、って伝えておきました」
302 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:14:25 ID:tHmnyYdo0
3/11
男「あ、そう・・・」
男が近寄ってくるような気配がした。
私「じゃあ、私、これで・・・」
男「ちょっと待ってよ」
きた。どうする?走って逃げるか?ダメだ。それじゃ入ってきた意味がない。
このモヤモヤする感じを、なんとかしたい。この男が何者なのか、はっきりさせたい。
男「あのさ・・・もう、分かっているのでしょ?鮎川さん」
私「・・・なんでしょう」
男が目の前まで来た。私は手元を見続ける。
男「・・・何を、だろうね。どこまで分かっているのかな?この子は・・・」
まただ。ジロジロとこちらを見ている。この視線が嫌だ。
男「こっち、見ないね。分かっているからだよね」
私「だから・・・なんでしょう」
少し語気を強めて言ってみる。
男「俺はさ。神尾なんて奴知らないし、あんたと会うのも今日が初めてだよ」
303 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:16:54 ID:tHmnyYdo0
4/11
美加のことを知らない。予想通りだ。でも、私と会うのも初めて?
男「あんたは知っているんだろ?俺のことをさ」
知っている・・・気はした。でもなんだろう。いつ会った?覚えていない。
男「俺の顔、分かる?どう見えている?」
何のことだろう。顔は思い出せないのに。
想像した、悪魔の顔のことを言っている?
でも違う。あれはオカルト本の挿絵がイメージと重なっただけだ。
それとは別に、顔があるの?
男「ちっ・・・何も言わないんだな」
不機嫌そうだ。イライラしている。いけない、何か言わないと・・・
私「あの・・・」
男「ん?」
私「顔とか・・・分からない、です。よく・・・思い出せなくて」
男「じゃあ、顔をあげて見てみろよ。それともこっちから覗き込んでやろうか?」
304 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:18:52 ID:tHmnyYdo0
5/11
だんだんと乱暴な口調になっている。
私は怖いのを必死で我慢した。
私「いえ・・・いい、です。もう、その・・・」
男「もう、見るんじゃねえぞ?」
私「え?」
見ろ、とか、見るな、とか。何を言っているの?どっちなの?
男「俺のこと、霊視するなって言ってるんだよ。分かってるんだろ?」
・・・?咄嗟のことで、私は顔を上げそうになり、慌てて押し止まる。
霊視?何のこと?そんなことした覚えもなければ、出来るわけもない。
男「俺は、邪魔するやつは許さないぜ・・・?」
そう言って、ますます視線は強くなる。
まるで、目だけが私に迫ってくるような、そんな感じがする。
男「へぇ・・・。意外と可愛い顔してるじゃない」
耐え難い、不快な視線・・・なんだろう。よくある好奇の目じゃない。
まるでこちらの全てを射抜くような視線。
305 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:21:02 ID:tHmnyYdo0
6/11
男「とにかく、だ。」
男は少し離れる。それと同時に視線も離れた。私はホッとする。
男「二度と、俺を見るな。いいな?分かったか?」
何を分かれと言うのか。さっぱり分からない。
男「分かったか、って言ってるんだよ!はい、か、いいえ、だろ!?」
急に怒鳴るような声で私を問い詰めてくる。
私「・・・は、はい」
意味は分からないが、消え入りそうな声で答える。
男「よし・・・それじゃ、帰りな。こんなところにいたら、危ないぜ?」
不気味に優しい口調になる。しかし暗に感じる嘲笑。
きっと笑っているのだろう。私を。
しかし私にはそれ以上何も出来ず、後ろ手で扉を開け、何も言わず外へ出た。
出る瞬間はっきりと、勝ち誇ったような、あざ笑うような声が聞こえた。
306 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:23:32 ID:tHmnyYdo0
7/11
外に出た私は、校舎の方へフラフラと歩いていく。
涙が溢れてきた。
怖かったからではない。悔しかったからだ。
部屋に入る前の決意。正体をはっきりさせてやる、と思った決意は、簡単に崩れ去った。
そして意味の分からないことを約束させられ、笑われ、部屋を追い出された。
いや、追い出されたのではない。逃げたのだ、私は。
それが悔しい。
無力で、臆病で・・・言いなりになってしまう自分。
昔からずっと変わらない・・・。変わりたいのに。
校舎の陰に着いた私は、しゃがみ込んでしまった。
もう立つのも嫌だ。私は泣き続けた。
307 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:25:05 ID:tHmnyYdo0
8/11
・・・どれくらい時間が経ったか。チャイムの音が聞こえる。
涙は止まっていた。
しゃがみ込んだままの私は、何を見るでもなく、泣き腫らした目で構内を見渡す。
向かいの、図書室のある校舎。講義が終わったので、何人かの人がぞろぞろと出てくるのが見える。
その中に、あの人がいた。雨月君だ。
駆けていって声を掛け、話を聞いてもらおうかと思ったが・・・やめておいた。
こんな状態で話なんてできないし、何より泣いて腫れぼったくなっている、こんな顔を見られたくない。
彼の姿を目で追う。
そして、ふと思う・・・彼は、私を変えてくれるだろうか、と。
変えてくれる。そんな気がする。
いや、変わるのはもちろん自分だ。彼はきっと、そのきっかけを与えてくれる。
そう思える。そんな、ビジョンが見える。
すると不意に、不思議な感覚に襲われた。
私は彼を目で追っていただけだが、いつの間にか、そこに別のものを見ていた。
イメージが頭に浮かんでくる。彼の姿。そしてその後ろにあるもの。
光り輝く、暖かい存在。力強いその鼓動・・・。
308 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:28:01 ID:tHmnyYdo0
9/11
私は思い出す。
あの男の言っていたこと。私は霊視をしている、と言っていた。
あれは、こういうことなの?だとしたら・・・
だとしたら、そうだ。これは私の力ではないか。
心の奥に火が灯る。
あいつはミスを犯したんだ。
私は知らなかった。あいつが教えてくれたんだ。気付かせてくれたんだ。
私は何かを見ることができる、ということを。
ならば、私はこれを信じよう。
私の目に見えたものを、信じよう。
309 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 09:29:13 ID:tHmnyYdo0
10/11
鞄から携帯を取り出し、美加に電話する。
美加「はーい。どうしたの?」
明るい声。その声を聞くだけで癒される。美加はいつも、私に元気をくれる。
私「あー・・・えーっとさ、ちょっとお願いがあるの」
美加「何々?古乃羽お嬢様のお願いなら、何でも聞いてあげるわよ?」
さて、どう言うか・・・確実に誤解されるだろうな。
私「えっとさ、この前の肝試しのときの男の子、雨月君のことだけどさ。あの人、どんな人なのかな」
美加「どんなって・・・。こ…古乃羽!ついに・・・ハートを射止められちゃったの!?」
私「なんか古い表現だね・・・。いやあの、好きとか嫌いとか、そういう訳じゃないんだけど、ちょっと気になって・・・」
あぁ、ダメだ、余計誤解されそう。
美加「なるほど、なるほどねぇ・・・。古乃羽はああいうのが好みかぁ・・・。よし、分かった。美加お姉さんに任せなさい。古乃羽なら絶対大丈夫!うまくいくよ!」
・・・まぁいいか。詳しく説明できないし。それに彼なら別に・・・誤解されて嫌な気もしないかな。
310 :赤緑 ◆kJAS6iN932 :2008/09/04(木) 10:31:47 ID:tHmnyYdo0
11/11
私「ごめんね。私から話しかければ済むことなんだけど・・・」
美加「まさか。古乃羽にそんな真似させないって。ばっちりセッティングしてあげるから、楽しみにしてなさい」
セッティング。また会わせてくれるってことか。気が早いなぁ・・・。
それにしても、美加の中で、私は相当なお嬢様のようだ。
でもそうやってくれるのには、甘えてしまう。
私「うん。ありがとう」
美加「はいはーい。んじゃ、また夜、メールか電話するねー」
電話を切り、携帯を鞄に仕舞う。
目を閉じて考える。
私は大丈夫?大丈夫だ。
もう、負けない。逃げたりしない。
私は立ち上がり、陰から出て、光の下へと向かった。