これも非常に難解だが、解説動画本や動画を見て自分なりに解釈を組み立てた。
存在「意義」という風に考えるとわかりやすいのではないかと思う。
偶然の重なりによって存在しているこの世界において、
人間は自分自身や、他人、あらゆるものについて意味づけを行っている。
例えば包丁は食材を切るためにある、という意味づけを我々は行っているが、実際は取っ手のついた金属片でしかない。
この意味づけというのは人間の性(さが)のようなもので、意味づけをせずにはいられない。
物体に関してなら勝手に意味づけを与えられたとしても何も起こらない。物体は反論しないからだ。
でも、自分自身や他人に意味づけを行った際に、いろいろと影響が出てくる。
それは良い影響であったり、悪い影響であったりする。
人間自体も元々は何らの意味もないが、何かにつけて意味を見出そうとする。
例えば「会社のため」「家族のため」と言った具合に。時代によっては「幕府のため」「国のため」と言ったこともあっただろう。
お互いに対しても、存在意義を見出している。朝挨拶する人は清掃員だから、会社をきれいにする役目を持っているなど。
我々は多くの時間を、特に人生の目的を考えずに漫然と生きている。
なんとなく世間体を気にしてしまったり、他の人に「こうしておいた方が良い」と言われ、考えるのが面倒くさいから従っておく。
ここでハイデガーは、一度死に向き合うことで自分の存在意義を見つめなおし、自分なりの生き方をするべきだと説くのである。
つまり一言でいうとメメント・モリである。
用語をまとめてみる。
存在:人間+それ以外のあらゆる物の総称。
道具連関:ある存在はまた別の存在のためにあるという繋がり。
現存在:人間。自分の存在意義について考えている。
世界内存在:世界内に放り出された存在としての人間。
被投性:人間が世界内に放り出されているということ。→過去
ダスマン(ひと・俗人):他人に決められた存在意義に従って漫然と生きている人間。
頽落:他人に決められた存在意義に従って漫然と過ごすことになること。世間体を気にして生きること。→現在
不安:自分の存在意義を見つめなおす中で感じる拠り所のなさ。
気遣い:人間が他の存在について意義を考えていること。
本来的:自分の存在意義を見つめ、それに従った生き方をすること。→未来
非本来的:自分の存在意義を考えずに漫然と生きていること。
簡単な例を挙げてみる。
会社員Aさん(現存在)は、なんとなく世間体を気にして会社勤めを続けている(ダスマン)。
「こんな人生(頽落)は嫌だ!」と思い直してみたものの、自分が何をしたいかわからない(不安)。
自分は小説家になりたかったと思いだし、会社を辞めて小説を書き始める(本来的)。
我々はお互いに存在意義を決めあうという、いわばレッテル張りの戦いを繰り広げている。
他人に決められる前に、自分の存在意義を自分で決めるべきなのである。

