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History Comes Alive
For Today's Jeneration 

いつもモズライトブログをご覧いただきありがとうございます。

今日は、モズライト使用ギタリストであり、関東ですごく人気があるBCVリードギター小山将平さんの特集です★

ご存知の方も多いと思いますが、あの若さで寺内タケシ・ベンチャーズをハイパーテクニックで演奏するのは見事だと感心してしまいますよね。。。

私自身も2回ライブを見させてもらいましたが、半端なく上手です。ギターの使い方、パフォーマンス・テクニックどれをとっても最高です。甘いマスクで女性客を魅了するのも事実ですよね★


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中央:小山将平さん

ここで、将平さんからメッセージが届いていますので、紹介させていただきます!!

ギターを弾き始めたとき、エレキギターの事などわからず、
ベンチャーズの「オール・アバウト・ベンチャーズ」のモズライトの音に憧れ、
エレキの若大将をビデオで観て、加山雄三さんの白いモズライトに憧れ、
マシンガンのような音がでる寺内タケシさんの黒いモズライトに憧れ、
ステージに立った今、好きなギターはたくさんあります。
でも、憧れたギターはモズライトだけで、モズライトは僕の原点です。



将平さんの動画の一部を掲載しておきます。
ライブレストラン アビアント 西山毅&BCV+KOHEIライブです。




この他にもたくさんYOUTUBEにアップされていますよ★

世代を超えて、寺内・ベンチャーズサウンドを演奏しているすごく貴重なバンドですよね。
これからもハイパーテクニックを応援しています!!

頑張れ小山将平さん!
頑張れBCV!!
またアビアントでライブしてくださいね★★


BCVのホームページはこちら⇒http://www.b-c-v.jp/

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THE CRASHERS &ゲストボーカルMAKO ライブレポート


5月9日、モズライト直営店  が超盛り上がりました!
アビアントでのライブは2回目ですけどやっぱりすごく楽しかったです!!!!


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THE CRASHERSは京阪神ではかなり有名ですよね★

ベンチャーズ来日の際に前座に出たり、関西オヤジバンドコンテストで優勝したり。と
すごく素敵なおじ様のバンドです!みんな同級生で、ずーっと仲良くバンドが続けられるのって素敵ですよね★

年1回ホテルで500人パーティもしちゃうほどすごくファンも多いんです。
オールディーズとベンチャーズですから、もうみんな踊る踊る!!
座っていたら前が見えなくなっちゃいます><
もちろん私も踊りましたよ★

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ボーカルMAKOが新しくCDを発売です!!パチパチパチ(=⌒▽⌒=)
すごく伸びる声で、聞きやすいので私大好きです★
からおけUGAにもう入っているみたいです。
MAKOで検索してみてください★(曲名は『ゆりかご』
今度アビアントでもCD発売記念ライブをしますよ。
6月27日16時~です!



さてさて次回のTHE CRASHERSライブは、7月19日に決定しましたよ。
踊りたい人は事前予約お願いしますね。(お席がなくなり次第受付終了です)
お一人様3000円(おいしい食事付+2ドリンク付+ライブチャージ込み)


THE CRASHERSの詳しいライブレポートはライブレストラン アビアントのページ    をご覧ください★

『that thing you do!』(邦題;すべてをあなたに)監督トム・ハンクスのこの映画ですが、ちょっとでも興味を持った方は是非ご覧ください☆これを観れば、50年代の終わりからビルボードのチャートを駆け上がってゆく若きザ・ヴェンチャーズが、これまで以上に良く理解できるかもしれません。







この映画のストーリーでは、主人公のガイはジャズに憧れているドラマーで、ガレージ・バンドのドラム担当が怪我をして、その代わりに引っ張られるという設定です。ヴォーカル・バンドのお話なのですが、ちゃんとインストの曲もあり、ツアーのシーンには流れてきます。


彼らのレコード会社の銀色のツアー・バスの屋根に書かれているのが、『GALAXY of STARS』で、この曲名が『VOYAGE AROUND THE MOON』というのです。当時は米ソの宇宙競争の時代で、この映画の中では『エド・サリヴァン・ショー』のようなTVバラエティ・ショーのシーンで、宇宙飛行士によるジェミニ宇宙船の説明とかもワン・カットありますし、どこか1月にリリースされたアルバム『(ザ)ヴェンチャーズ・イン・スペース』との引っかけを連想させますよね。





『スター・ウォーズ』で有名なジョージ・ルーカスの『アメリカン・グラフティ』は、オールディーズの原曲をヒット・パレードのように流して当時の雰囲気を造り上げたのですけれど、トム・ハンクスのこの作品は、なんと全編オリジナル曲で埋めているのだそうです。何処かで聴いたことのあるような無いような、まぁなんとも不思議な60年代感覚を創り上げているのです。








街中の雰囲気とか車はまさに60年代です。ガイの車はカルマン・ギアだし、親父さんはスチュアードベーカーかな?通りには、フォード・フェアレーンやシボレー・インパラにダッジにキャデラック。それよりちょっと古い大きな車もまだ元気に走ってます☆





テレビがまだモノクロで、ガイの家の電気店で並んでいるモノクロTVに写るSFは、後に『サンダーバード』で有名になる21世紀プロダクションの操り人形劇『宇宙船ファイアー・ボール XL-5』でしょう。あっという間にテレビがカラーに切り替わって行くのも1964年のアメリカの特徴なんですね。


ちなみに、ガイ達の出演放送を待つ家族のシーンで、親父さんがリモコン操作するカラーTVにチラッと写るオープンの赤い車は、1964年の発売と同時に大反響を生んだフォードのムスタングのようですね。(今はマスタングと呼ぶのが普通でしょうか?)





他にも、主人公ガイはビートニクのジャズが好きな青年という設定であるため、当然JAZZのシーンも入っているのです。60年代はモダン・ジャズが生き生きとしていた時代でもありました。


ザ・ヴェンチャーズにノーキー・エドワーズが加わったとき、ボブ・ボーグルが『君はいつも何を聴いているの?』と尋ねたら、『ジャーズさ!!』と答えたという話は憶えてらっしゃる方もおられるでしょう。





監督のトム・ハンクスは1964年当時、おそらく8歳か9歳だったはずです。少年トム・ハンクスは、よほどこのあたりのアメリカン・ライフやミュージック・シーンに思い入れる物や事があったのでしょうね。活写されたと言って良いこれらの音と画面から、それは皆さんも理解できると思います。





ガイが加わるバンドの名前は『The Oneders』で始まって『The Wonders』となるのですが、これって前に『ホンダとモズライト』のところで出てきた、1964年『リトル・ホンダ』でチャート・インした『The Hondels』を引っかけているのは間違いないでしょう。この頃バンド・ネームに『The Beatles』風のひとひねりが流行っていたようで、それは映画の冒頭でも出てきています。1996年制作ですが、中身は明確に1964年の話なのですね。





なお、残念ながらこの映画、モズライトは出ていないようです・・。


でも、少年期から青年期に、ザ・ヴェンチャーズやザ・ビートルズに始まるようなバンド・ライフを何らかの形で体験した方、あるいは今その真っ只中にいる方には、充分に楽しむことが出来る作品だと思いますよ!!





それは当時のアメリカやザ・ヴェンチャーズへの理解を深めるだけでなく、バンドライフに憧れた自分を、このガレージ・バンドの彼らと重ねてみることで、もし一瞬でも心がときめくなら、これまた素晴らしく楽しい時代の追体験となるかもしれないからです。それは世代を超えた感動なのです!!





ところで、想い出のあの頃の貴方の傍に、『フェイ』(演じるはリブ・タイラー)はいましたか?これからかもしれませんね!




それでは皆様良いゴールデンウィークを!
And that's the way it is.





以上ゴールデンウィーク特集でした(≡^∇^≡)





今日はザ・ヴェンチャーズが活躍した1964年代のお話をします^^


トム・ハンクスは今や誰もが知っている有名な俳優ですが、時に監督もやっております。彼が1996年に創った映画に『that thing you do!』というのが在ります。邦題は『すべてをあなたに』といいます。




この作品で彼がやっているのは監督だけではありません。脚本を書き、自分も出演し、劇中の音楽のいくつかも彼が作曲したという、才人トム・ハンクス全力投球の作品なのです。


実はこの作品、1964年頃のアメリカのガレージ・バンドを描いた映画なのですよ。ペンシルヴェニアのガレージ・バンドがメジャーへと駆け上がってゆく経過を描いているのです。


ここには自費製作のプライベート盤から始まっていて、いかにメジャーへの道が開かれ、そのツアーとはどんなものか?アメリカのミュージック・シーンでの成功とは?契約ビジネスとは?といったところがしっかり描かれているのです。


日本人にとって1964年は第二次世界大戦後の完全復興と、高度成長の国力を世界に示した『東京オリンピック』の年だったのですが、その前年の1963年11月22日、アメリカは若き大統領ジョン・F・ケネディを暗殺で失い、どうしようもない暗い雰囲気が国中に漂っていたのでした。年が変わろうとする12月の下旬、誰もが何か明るいものにすがりたい気持ちになっていたのは確かなようです。こんな雰囲気は絶対払拭して元気になりたい!!活気を取り戻そう。こういった流れがあったのでしょう。


アメリカの良心ともいわれるアンカーマン(キャスター);ウォルター・クロンカイトの『CBSイヴニング・ニュース』が、事件でしばらく放送予定(予定では11月22日だった)を見合わせていた『ザ・ビートルズ』に関するちょっとした特集の放送に踏み切ります。するとそれに興味を持った同局のエド・サリヴァンがすぐにクロンカイトのところに連絡をいれてきたそうです。こうして彼らの出演を取りつけ、アメリカ中の誰もが観ていたという伝説の『エド・サリヴァン・ショー、ザ・ビートルズ出演』視聴率72%の達成となったそうなのですね。これが1964年2月の話です。



こうしてザ・ビートルズがアメリカ進出で頑張れば、この年、インストの雄ザ・ヴェンチャーズは

『(ザ)ヴェンチャーズ・イン・スペース』第27位、

『ザ・ファビュラス・ヴェンチャーズ』第32位、

『ウォーク・ドント・ランVol.2』第17位


と、どれもがビル・ボードのアルバム・チャートで上位にランクされています。
シングルチャートでも、『ウォーク・ドント・ラン’64』は第8位!!
という絶好調の波に乗っています。


そしてそのまま彼らはモズライトを手にして、年末に極東ツアーで日本へ向かったわけですね♪


1965年には彼らの『PLAY GUITAR with the VENTURES』というエレキ・ギターの教則レコード・シリーズが発売されていますから、この1964年頃のアメリカでのガレージ・バンド・ムーヴメントは、海の向こうで日本人の考える以上のものがあったのでしょう☆

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次回は、今日ご紹介したトム・ハンクス監督の映画『that thing you do!!』をもとにこの頃のお話をもっと詳しくお話します☆


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昨日のブログにも載せましたが、この度、ザ・ヴェンチャーズの皆さん、現在のステージ・メンバー全員が、2010年春の叙勲受章者として、『旭日小綬章』にめでたくも選ばれました!!おめでとうございます!!

とゆうことで今日はザ・ヴェンチャーズのお話をします☆

もう日本のバンドと言ってもおかしくないくらい、私達にはとてもなじみの深いザ・ベンチャーズですよね。
なぜか日本の夏にテケテケは合いますよね。

それは、ダン・ウイルソンとボブ・ボーグルの二人が、ある日出会ってギターのデュエットを結成したことに始まっているんです。

煉瓦積みの仕事をしていたダンは、仕事を終えての帰り道、ひとりバス停でたたずんでいると、そこを通りかかった仕事仲間のボブが、『ダン、乗ってけよ!?』と声をかけてくれたのでした。その時車のバックシートに置かれたギターを見つけたダンは、たちまちボブと意気投合☆二人は仕事の合間にギターの練習を開始して・・・というのが、私達が60年代に耳にしたベンチャーズの成功の序章でした。



あれから40年以上が経過して、今ではこのあたりの詳しい説明が沢山の愛好者や研究者の方々によってインタヴューされ、さらに分析されていますよね。それらはなかなか興味深いものがありますし、活字となっているものも多々あるので、いろいろ集めてみると面白いですね。想像が膨らんで彼らの初期サウンドを聞くのがこれまで以上に楽しくなるはずです☆



実際にはダンとボブのその出会いとなった場所は、中古車ディーラーの店先だったようです。この店はダンの親戚が切り盛りしていて、ダンはそこで従業員として働いておりました。そこへやってきたお客のひとりがボブだったのです。ところがその時すでに二人は互いに相手をしっていたらしいです。 若者なら誰しも一度はショー・ビジネスの世界に憧れるでしょ☆ダンとボブも同様で、あちこちで開かれるタレントコンテストに単独で出演していたようですよ☆口を交わすことはなくても、いつの間にか顔を合わせるお馴染みさんとして互いに認識し合っていたとゆう事でしょうか?『あれ・・君は確か・・・?』『あっ、この間の・・・?』 まあ、こんな展開だったんでしょうねえ☆

そんなことで、お互いの目的やその音楽への理解も、話す前からすでに出来ていたんでしょうね。



車を買いに来たボブは、当時煉瓦工事の親方をやっていて、その仕事のほうが賃金も良いし、ギターの練習のためにも比較的時間もとりやすいというわけで、ダンはそっちへ転職してしまいます。これならいつでも二人一緒に練習できるし、もっと上手になるはずだ!というわけですね。


すぐにポーン・ショップでギターを手に入れ、橋梁工事や家屋の煉瓦工事の傍ら二人で始めた練習は、確かに狙いどうりその効果をたちまち現し、ホールでのレギュラーの仕事を持つまでになるのに、そんなに時間はかからなかったようですから、ダンとボブはやはり音楽の才能があったんでしょうね☆

そこへ息子のやっている音楽を知り、その成功を確信したダンのお母さんは、レコード会社に積極的に売り込みを図ります。でも素人の悲しさ、全く駄目だったようです。

でもその努力は無駄とはなりませんでした!彼女にレコードビジネスの何たるかを学ばせたのでしょう。

自らレーベルを起こし、ディスクを造って、メディアに息子のサウンドを載せるべく動き出すのです。母は強しですね☆『ブルー・ホライズン』というレーベルでした。大ヒットとなる『ウォーク・ドント・ラン』は、このレーベルでの2枚目のはずです。これがメジャー・レーベル『リバティ』傘下の『ドルトン』にピックアップされて大ヒットとなっちゃうんです!!


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ニュース番組のテーマに使用されたとか、力のあるDJが彼らのサウンドを気に入ってくれて放送でプッシュしてくれたとか、このあたりのエピソードはいろいろあるようです。


これが『ヴェンチャーズ、メジャーに行く!!』のはじまりでした☆

一枚のディスクを創ったことがメジャーデビューへとつながり、そして・・・といった成功譚はアメリカではよくある話らしく、セミーの起こしたレコード会社からデビューしたカントリー・アイドルのバーバラ・マンデレルも、そういった大成功者のひとりなのでしょう☆

こういったプライベートのマイナーからメジャーへの成功譚は、今でも私たちはその実態はほとんど理解していないといえるかもしれませんね。

ちなみに日本で有名なのは、自費製作版の中の一曲が、深夜放送から爆発して日本を座捲したケロケロ・ヴォイス『帰ってきたヨッパライ』のザ・フォーク・クルセダーズくらいではないでしょうか??

あれは日本のレコード界に新たな道を開いた画期的な出来事だったんですね。




今日はこの辺までで・・・
次回は1964年のお話をします☆
お楽しみに~(‐^▽^‐)