「俺、病院選びを間違えたかな?」

母との面会が終わり、2人きりになると
開口一番、弟が言ったセリフがこれでした。

弟いわく
「救急車が来たとき
最初に運ばれそうになったのが
オヤジが死んだ病院でさ。
『そこは父が死んだからイヤです』って言って。

前にオフクロが運ばれて
すぐに回復して退院できた
AG病院にしてほしいって頼んだんだよ。
でも、失敗したかもしれない。

だって、おかしいだろ?
昨日まで、ちゃんと意識があって
自分で歩いていたんだぜ?

なのに、いきなり意識不明で
呼吸が止まるなんてありえない!

病院の処置が悪かったかーー
なにか、しこまれたんじゃないか?」

私(うわ〜、妄想が始まったよ)
そう思いつつも、
いきなり母が死ぬかもしれないと告げられたら
健常者でも混乱して
バカなことを考えてもしかたありません。

だから、特に否定はせず
黙って弟の話を聞いていました。

弟「オフクロ、2か月前ぐらいから
あまり食べなくなってさ。
2週間前ぐらいから、ほとんど食べなくなって
5月2日にTO先生(※私たちが子どもの頃からお世話になっている内科医)に診てもらったんだよ。
その時は〝たいしたことない”って言われたんだよ?

たった2日で、こんなに悪くなるのはおかしい。
きっと、この病院でなにかされたんだ!

だいたい、TO先生もTO先生だ。
医者のくせにオフクロが
こんなに悪くなるのを見過ごして!
2日にTO先生がきちんと治療してくれていれば
オフクロはこんなに悪くならなかったはずだ!」

私(いや、アンタ、TO先生が出してくれていた薬、お母さんに飲ませてなかったんだよね?
きちんと、診察してくれていても
薬を飲ませなければ無意味だ)
今さら弟を責めてもしかたないので
このセリフを飲み込む私。

弟「病院、変えたほうがいいかな?」

私「変えたければ変えてもいいんじゃない?」

弟「とりあえず、気管切開手術のこともあわせて
TO先生に相談してみる」

私「うん、それがいいよ」

弟「失敗した」
「病院選びを間違えた」
「病院をかえたい」
「 TO先生がきちんと診察してくれれば」

その後も何度もリピートされる言葉に
適当に相づちを打つ私は
とても我慢強いと思いました。
意識不明で管だらけになった母の姿は衝撃的でしたが
意外にも容態は落ち着いていて
すぐに生死に関わることはないそうです。

意識がないのも
「人工呼吸器の痛みをやわらげるため
鎮痛剤を投与しているから」とのこと。

弟「では、鎮痛剤の投与をやめたら
母の意識はもどりますか?」

医師「意識はもどりますが、お母様は苦しみますよ?」

母が苦しむ姿など、私は見たくありません。
だから、私は「お母さんが苦しむなら
鎮痛剤はこのままでいいじゃない」と言いました。

いろいろと問題はありますが、その思いは一緒だったらしく、弟は引き下がりました。

そして、次に弟が言ったのは
「人工呼吸器ははずせますか?」

医師「はずしたら本日中に天国に旅立たれます」

絶句している私と弟にむかい、医師は続けます。

医師「口からチューブを入れているのは
苦痛が大きいですし
炎症をおこしやすいなどのリスクがあります。
もし延命をご希望ならば
手術で首を切開して入れることになります」

弟「手術はしないと、ダメですか?」

医師「延命を望まれるのでしたら」

弟「手術をしたら、家に連れて帰れなくなりますか?」

医師「機材を購入していただき
訪問治療を利用することが必要です。

さらに、3人から5人ぐらいの人手があって
24時間付きっきりで介護ができるなら可能です。
ただ、それだけの人数が
専任で介護をするのは難しいと思います。
ですから、入院するのが現実的でしょう」

私「気管切開手術をした場合
どれぐらい延命できますか?」

医師「お母様の場合、ご高齢ですから
たぶん1年ぐらいかと思われます」

私「手術をしても1年……」

医師「はい。自然にまかせてもいいと思います」


お医者サマ、はっきりは言いませんが
『安楽死』を勧めている感じです。

もっとも、そう感じるのは
もし私が母の立場なら
元気になる見込みもないのに
首を切って管を入れられて
病院で寝たきりのまま
1年生きながらえるぐらいなら
(このまま死にたい)と考えているせいかもしれません。

一方、弟は
「生きているのに殺すことなんてできない」
そうで、延命を望んでいます。

弟の文句ばかり書いてきましたが
母の介護をしてきたのは弟です。
母の治療に関して優先されるのは
絶対的に弟でしょう。

この文章を書いている5月4日時点では
まだ結論は出ていませんが
おそらく、母は延命処置をされそうです。

私はおそるおそる弟に向かって口を開きました。
「もしかしてーー内科系の薬も飲ませてないの?」

弟「うん。内科の薬もかえって調子が悪くなるから」

(うわー、弟がまともに介護できるわけないから
なにかやらかしているだろうとは
思っていたけど、やっぱりだ!)
再び、脳内で絶叫する私。

さすがに、驚きました。
まだ、精神科の薬に関しては、理解もできるんですよ。

なにしろ、弟は精神病に強い偏見を持っています。
統合失調症は〝脳の病気〟だと理解することもできず
「気持ちの問題だ」とアホなことを言い続けていました。

当然、母が「精神科を受診したい」と
言った際にも大反対。
ですが、土下座して頼む母に根負けして
しぶしぶ受診を許可したのです。

その後もずっと文句を言い続けてたから
母の力が弱まり、父もいなくなったら
自分の考えを優先するのはしかたないです。
実は通院さえしていないかもーー
とすら考えていました。

ですが、まさか内科系の薬まで
飲ませていなかったとはーー。
内科へは定期的に通っていることは知っていたし
内科系の薬の効能は否定していなかったので
本当に驚きました。

同時に弟のことが、さらに理解不能になりました。
いっそね、「通院もしない」
というなら理解できるんですよ。

最初のころ、私も精神科への通院に付き添っていたので
2〜4時間もかかることを知っています。
さらに、診察料に薬代もかかるとなったら
弟が「行きたくない」と思ったとしてもしかたないです。

でも、ICUの医師が薬のことを知っていたのだから
きちんと薬を購入していたわけです。
通院して薬も購入しているのに
「飲ませない」のは理解できません。
時間も金もかけていてGETした薬を
どうして、無駄にするのでしょう?

なんで⁇ なんで⁇
疑問符だらけになる姉ちゃんでした。

蛇足ではありますが
内科系の薬を飲んでいないことが
バレなかったことも不思議です。

精神系に関しては
母は耳が遠くて、かつ認知症もあって
きちんと受け答えができないから
見過ごされてもしかたありません。

けれど、内科系は数値を調べれば
薬を飲んでいないことが
すぐにわかると思うんです。
なぜ、内科医は気づかなかったのでしょうか?

もしかしたら、我が家の場合
息子と同居していることで
薬を飲んでいないとは思われず
症状に改善がなかったり
悪化していたりしても
「歳のせいだからしかたない」
と見過ごされてしまったんでしょうか?

だとしたら、バカな子どもと暮らすのは
一人暮らしよりもずっとこわいですね。