「この病院にいたらオフクロが殺される!
病院をかえるしかない!」

私「前にも言ったけど、かえたければかえればいいじゃない」

弟「かえたいと言ったらかえられるものなのか?」

私「家族の意向は絶対だから、医者には止められないよ。ただし、病院探しまではしてくれないから、次の病院は自分で探してからになるよ」

弟「俺、口下手だからちゃんと病院に説明できる自信がない。なぁ、アネキが説明をしてくれないか?」

私「はっ? イヤだよ。私はこの病院の治療に不満はないんだから。不満があるのは弟太郎なんだから、弟太郎が自分でやって」

弟「アネキはオフクロが死んでもいいのか⁉︎  
そんなに遺産がほしいのかよ⁉︎」

弟の言葉に私は顔がこわばりました。
どうして、私が母の遺産を狙っているなどという発想がでてくるのでしょう?

2022年2月19日に父が亡くなったことはブログに書いていますが、相続の内容についてはふれていないので、改めて記載させていただきます。
結論を言うと、母が半分、残りの半分はほぼ弟が相続しました。
私はお金でもめるのはイヤだったしーー。
正直、「遺産を渡すかわりに、母の介護をしろ」と言われても困ります。
ですから、私は遺産のほとんどを弟に渡すことに同意しました。

母の名義になっているとはいえ、母名義の銀行のキャッシュカード&母の実印を握っているのは弟です。
ですから、この時点で母の遺産は弟が使い込むだろうと、あきらめています。

もし、母の遺産が残っていたとしても、介護を続けた弟が権利を主張することは予想がつきます。
また、弟の主張は正当だと判断できる良識も、私は持ち合わせています。

ですから、私は弟に向かって、きっぱりと言い切りました。
「お前、私にお母さんの遺産を渡す気ないでしょ?
私ももらう気はないよ!」

たぶん、母の遺産をねらっているのは弟自身。
自分がそうだからと言って、他人まで同じと思わないでほしいです。

「オフクロが殺される!」

母の面会を終え、2人きりになった途端
弟はそんなことを言い出しました。
意味がわからずポカンとしている私に向かい
弟はさらにワケのわからないことを続けます。

弟「4、5年前になるんだけど
オフクロ、風邪をひいてさ。
呼吸がヒュー、ヒューって
ダースベーダーみたいになったことがあるんだよ」

(なんの話だ?)と思いつつ
「うん?」とあいまいにうなずく私。

弟「たぶん、その時に気管が細くなったんだと思う」

私「えっと…、もう4、5年前のことなんだよね?」

弟「うん」

私「その後は特に問題なかったんだよね?」

弟「うん。でも、気管は細くなっていたんだと思う」

私「………」

弟「今は気管が細くなっているところに
チューブを入れて
なんとか呼吸している状態だと思うんだ。
だから、チューブを抜いたりしたら
キュッと気管が詰まって
オフクロ、死んじまうよ。

なのに、この病院の医者は
チューブを抜くって言っている!
オフクロを殺す気なんだ!」

弟の言葉に、比喩ではなく本当に頭が痛み出す私。
そして、理解しました。
会ったさいに、母の意識がもどったことを、弟が手放しで喜んでいない理由を。

先にアップしたブログでは
サラッと書いていますが
4日の面会時に弟は繰り返し
「人工呼吸器は抜けませんか?」
と医師に質問していました。

その度に医師は「今の状況では無理です」
「ツバやタンがノドに詰まり
ちっ息死する可能性が高いです」
と説明してくださいました。

たぶん、私が来なかった5日と6日にも
弟は「抜きたい」と繰り返し
医師から「死ぬ」と言われ続けたのでしょう。

その結果、〝人工呼吸器のチューブを抜いたら、母は死ぬ”とインプットされたのだと思います。
そして、母の容態が落ち着き
医師が人工呼吸器をはずそうとすると
「母を殺す気だ!」という妄想が湧き出したのでしょう。

私「じゃあ、人工呼吸器をはずすチャレンジはやめてもらい、切開手術をしてもらう?」

弟「手術をするかはTO先生に相談してから決めたい」

私「口からチューブを入れたままだと、よくないって何度も言われているよね?」

弟「そうだけど! チューブを抜いたらオフクロが死んじまうんだぞ!?」

狂った妄想を吐き出す弟。
でも、弟が決断しないかぎり、母の治療を進めることはできません。
私は精神疾患がある家族がいる恐怖を、改めて思い知りました。

母が倒れてから4日が経った5月7日。
(※病院に運ばれたのは5月3日の深夜で
私に連絡がきたのは5月4日)

この日は仕事が休みだったため
再び母を見舞うことになりました。
面会予約がとれた14時15分に
弟と病院で待ち合わせることになりました。

毎日、見舞いにきていた弟から
「オフクロ、昨日から自力で呼吸ができるようになった」
そう聞いた私はパッと顔を輝かせました。

私「よかったじゃない!」

弟「よくはないよ」

そう答えた弟に、私はきょとんとなりました。
どう考えても、自力で呼吸ができるようになったのは、喜ばしいことです。

さらに、自力呼吸ができない場合、
「気管を切開して人工呼吸器を挿入する」と
医師から言われていました。

ノドを切ってチューブを入れるなんて
考えるだけでゾッとします。
私以上に臆病な弟なら
「自力で呼吸ができて、手術しなくてすむかもしれない」という現状を喜ぶかと思ったのですが……。

いぶかしがりつつ、私は口を開きました。
「えっ? 自分で呼吸できるようになったんでしょ? よいことじゃないの」

弟「うん、まぁ、そうなんだけど…。
とりあえず、面会が終わったあとで詳しく話すよ」

母の病室に到着したため、会話はいったん打ち切られました。

さて、面会した母の様子ですが
5月4日の時点では焦点の合っていなかった目に光がもどり、
こちらの呼びかけにも反応します。
また、手をにぎると、しっかりにぎり返してきます。
あきらかに母の容態は改善しています。

嬉しくなった私は、医師に向かって質問をしました。

私「自分で呼吸ができるのだから、人工呼吸器をはずせますか?」

しかし、医師の答えは「NO」。

医師「完全に意識がはっきりしていないとはずせません。
なぜなら、チューブを抜くと唾液やタンが、いっきにノドに落ちてしまいます。
その唾液やタンを吐き出さないとちっ息死してしまいます。
意識がモウロウとしていると、吐き出すことが難しいので……」

私「そうなんですか……」

医師「人工呼吸器を抜くチャレンジはしていますが、現時点では気管切開手術をお勧めします。
同意書にご記入いただけましたか?」

私「すいません。かかりつけ医に相談したいのですが、GWの関係で今日までお休みで。
明日から営業を再開するので、明日には同意書をお渡しできると思います」

医師「診察の内容がわからないのに
相談されても、かかりつけの先生も困ると思いますよ?」

(はい、おっしゃるとおりです。
でも、弟が欲しいのは医学的な根拠に基づく正論ではなく、〝自分のお気持ち”への寄り添いなんです)

そう言いたい気持ちをグッとおさえ
私はただ「すいません」と繰り返します。
医師は無理強いすることはできないので
大きなため息とともに
「わかりました」とおっしゃいました。