しじまにて 八 | morrowesprit

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また移動だ、同じ場所に二日もいた事がない。
大きな白いバンに屋台をバラして積み込む、収納スペース全体を使わないように注意しなければならない。
親父さんは着いた先々のカプセルホテルで寝泊まりするが、僕は車の中で寝ている、屋台の荷物を上手に積んで寝床のスペースを確保しなければならない。だが確保できるスペースはわずかで、いつも胎児のように丸まって寝ている。
屋台は早朝から夜中まで開けているので、親父さんと交代で店番をしている、昼間に寝れるならまだましだが夜は寒くて寝付くことが出来ない。
車の暖房をつけるのは禁止されている、以前寒さに耐えきれず、エンジンをかけて寝たことがあった、翌朝親父さんはガソリンメーターの減りを見て血相を変え、店番中の僕の頭にげんこつをくれた。
荷物を全てバンに積み終わりキーをひねる。せっかく綺麗なお姉さんの隣で店番ができたのに残念に思う。
焼肉屋ののれんをくぐった。
「おう、来たか」
「はい」
「食えよ、おう、なゆ坊ちょっとこれ切ってくれや」
大きな肉とハサミだった。
「指がないなってなー、ハサミよう使いきらんわ」
「僕やります」
焼肉に飛び付いたのも初めの数日間だけだった、何故か毎日焼肉ばっかり連れて行かれて、今ではうんざりしている。
大きな肉を切り分けて鉄板に並べる、
親父さんを見ると頷きながらとても満足げな顔をしていた。
「お前しゅりちゃんに借金があるんか」
一瞬箸が止まる。
「はい、そうです」
「そうか」
なぜかいつもこのやり取りをしている。聞いてくるわりにはその先を問い詰めてこない、聞けない訳があるのだろうか。もしそうだとしたら借金の訳を僕が勝手に話し出すのを期待して、
こんなやり取りを仕掛けて来るのかもしれない。話してもいいがもう少し様子をみる事にした。
「よっしゃ、行こか、すぐ車出すで」
親父さんは飲酒運転を平気でしている。飲んでないときの方が少ないので仕方がない。
カーステレオから演歌が流れる。
テープはこれ一個だけしかなく、何回も繰り返し聞かされ何曲か覚えてしまった。
肩を揺らされ目が覚める。
「なゆ坊、ちょっとそこでコーヒー買ってきてくれんか、このままじゃ仏さんなってしまうわ」
「あ、はい」
冷たい風が吹くだだっ広い所にぽつんとあるコンビニに入る、客はいない。
千円貰ったのでコーヒー以外にお菓子とコーラと焼き魚を買った。今まで魚を好んで食べることはなかったが、連日の肉三昧で魚が無償に食べたくなった。
「親父さん、コーヒーどうぞ、あといろいろ買っちゃいました」
「おう、ちょっと休もうや、一時間したら起こしてくれや」
「はい」
助手席のドアを静かに閉めてジャンバーのファスナーを閉める、ニット帽をかぶり軍手をはめたまま、少し冷めた焼き魚にかぶりついた。
道は綺麗に整備されているが、車はほとんど通っていない。
辺りを見回す、どうやら僕は海沿いの道にあるコンビニにいるみたいだった。駐車場がだだっ広く、大型トラックがよく利用するのだろう。
田舎の国道なのだが、ここがどこかわからない。暗くて景色こそはっきりとしないが、潮の香りと波の音が聞こえる。もうすぐ朝を迎えるので早く海を見てみたい、凍えて震える煙草を持つ指の力を抜くと、そのまま煙草は風に流された。

「今日はええな!やっぱり食いもんがええんやな!」
珍しく二日間同じ地方にいるのも訳がある、ベーゴマ屋から唐揚げ屋に変わったからである。
各地方に拠点のようなものがあるのか、車ごと唐揚げ屋に変化した。飛ぶように売れるのはいいが、目が回るほど忙しく身体中油の匂いでうんざりだった。何個か摘まみ食いをしたが結局獣肉なのですぐに飽きる。そして今も鉄板の上ではホルモンが焼かれている。久し振りの繁盛で親父さんの機嫌はすこぶる良い。
「すごい繁盛でした」
親父さんは焼き肉屋にきて必ず最初に熱いお茶を頼む、普通は最後だがこれが日課らしい。しかしなぜ年寄りは熱いお茶を平気で飲めるのだろう、僕なら暫く冷まさないと飲めやしない。
今日は親父さんはよく喋る、頼む肉も上クラスばかりだ、まさか親父さんが今晩泊まる所も奮発してビジネスホテルになるのだろうか、僕もたまにはベッドで寝たいが頼んでも無理だろう。
「なゆ坊」
口に肉を放馬っていた為、無言で親父さんの顔を見る。
「最初見たときから思いよったが、なんでそんなに元気ない?」
水で肉を飲み込む。
「元気がですか?普通ですよ」
「しゅりちゃん金にがめついからな」
『きたか』この際話してみるかと心に決める。
話し初めは驚いた表情をしていたが、
次第に親父さんは険しい顔に変化していった。それでもLIVEの打ち上げの事件から一通り話した。
「それでそのチンピラ、どんな面しよった?」
印象に残る顔立ちだったのですぐに答えることができた。
急に親父さんの顔が曇り舌打ちが聞こえた。
「しょーもないな」
「え?何ですか?」
「大人がやるこっちゃない、しょーもないクズじゃ」
なんとなく心に芽生えたので聞いてみる。
「親父さん、もしかしてあのチンピラ知り合いですか?」
「知らん」
微かに動いた右の眉を見逃さなかった。
「お前はしゅりちゃんの彼氏か?」
「いえ、違うと思います」
「好きなんか?」
この質問には迷う、しゅりの耳に入る可能性があるからだ。
「本人に言やあせん、どうなんや?」
「初めから好きじゃありません」
「なゆ坊、死んだらいけんど」
予想だにしない言葉に驚く、親父さんは続けた。
「生きとってもええ事ない、みんなそんなもんや。でも死んだらええ事も悪い事もない」
なんだかよく解らず黙って聞いていた。
「わしはいつ死んでもええ人間なんや。何回も死のう思うたことある」
信じられなかった。生命力が溢れすぎる親父さんが死のうなんて思うはずない。
「それは、ちょっと言いにくいんですが、誰かの身代わりとか、誰かと刺し違えるって事ですか?」
「違うわい!それも勿論あった、今でもある、でもまた別の話しじゃ、情けないがこんなワシでも死にたい時があったんや」
「なぜですか?」
親父さんは口を噤んだ、質問を変えてみる。
「今は自殺したいって願望はないんですか?」
「自殺ゆうな。まあそうやな、今はない、変わったんや」
「変わった?」
「もうすぐな、終わるんや、何もかも。零に戻る。なんやったかな、聖書かなんかに書いてあるみたいやな」
世紀末の事を言っているのだろう、こんな似合わない台詞が出るなんて親父さんは飲み過ぎたらしい。
「見たいんや、終わるところ、全てが零になるとこ立ち会いたいんや」
親父さんの目を見て本心だと気づく。
「つまり、世の終わりを迎えたいから自ら命を絶たないって事ですか?」
僕の目をその鋭い眼光で鷲掴みし、大きく頷く。
「なゆ坊、お母ちゃん大切にせないけんど」
僕も黙って頷いた。

もうすぐ冬休みが終わり、また学校が始まる、新年の初登校の前日まで僕は働かなければならなかった。あと三日間だけ我慢すればこのアルバイトから解放される。
昼間の移動は初めてだった、これから行く場所は以前ベーゴマ屋をしていたところだった、フライドポテト屋の綺麗なお姉さんにまた逢えるかもしれないと思うと、心なしか緊張気味になる。山道を抜けると海が見えてきた、
壮大な景色で思わず声が出る。
「なんや、海見たことないんか?」
「いえ、ありますよ、でもすげー」
「そーかそーか、ここら辺はな、夜になると車も少ないし街灯もないんや」
それがどうしたと思う、殺しには最適だ、とでも言うつもりだろうか。
「冬は空気が澄んどるんや、ここで夜中に上眺めてみい、たまげるど」
「星ですか、親父さん星なんか見るんですか?」
「ばかたれ、今は見よらん。丁度お前ぐらいの時に女連れて見たんや」
「親父さんここら辺に住んでたんですか?」
「昔な」
そう言って急に渋い表情に変わる、昔を懐かしんでいるのだろうか。少し白波が立っているのが遠目でもわかる。
周りに海の景色を遮るものがなく、絶景と平行した道を車は走る、少し先に見覚えのあるコンビニが見える、トイレに行きたいと言ってそこにに寄ってもらうことにした。
駐車場に出るとやはり前回同様、風が強く吹いている。トイレから戻ってくると親父さんが車から出て海を眺めていた。