出店の中から目の前を通り過ぎる人々を眺める。
人間を見ていると飽きない。僕はまだ高校生だが、なんとなくは世の中の仕組みを熟知した気でいる、それらを知ってしまってから途轍もなく生きるのが億劫になった。
大まかにまとめれば、全ては金と権力と欲望で世界は動いている、つまり一番価値が高いのがそれら三つだと僕は思っている、間違いかもしれない、でもほとんど正解だろう。
それら全てを満たす者は最高の幸せを得たのと同じだ、いわば人生の頂点であり、ゴールと言っても過言ではないだろう。
しかし単純にそれらを手に入れても頂点には立てない、それらを自由にできる力が必要なのだ、馬鹿な奴はそれら三種の宝を使いこなせないから頂点にたどり着いた途端、足元をすくわれる。だからここで訂正する、下々を見下して多くの光を得よう頂点に君臨しようならば、金、権力、欲望を自由にする力と、それらを動かす知が必要である、これらが完全に備わっていれば恐いものはないだろう、あるとすれば老いだろうか、まだあるのかもしれないが、僕自身そこに行ったことも見えたこともないので解らない。
はっきり言おう、命の価値は平等ではない。
価値ある命、それは多くを支える一つの命だったり、多くの命を救える一つの命であったりする。
またかけがえのない命、その命があるだけで多くの命が安逸でいられる疵無き玉のような命もある、それらは価値ある命である。
反対に価値のない命もある、当然ある。
学校ではこんな事は言えないし大人も納得しないだろう、教師は偽善者で生徒は本質が見えないからである、見えないものを見えると言っても信じないのと同じである。
価値のない命、みんなの了解が得れそうな回答を言えというのならば、多くの命を奪った命であろう、当然僕もそう思っている。だが僕が思っている価値の低い命、それは誰からも愛されず、自分の命さえ愛せない命である。
誰かの役に立てれば、その命は価値があるのだろうか、助けられた命からすれば価値があるかもしれない、しかし自分自身が価値なき命と決めつければそれまでである。
生きる価値がないと決めつければそれまで。
生きる理由が見つからなければそれまで。
いつ死んでもいいし生きるに興味ないのならそれまで。
それらは生きながら死んでるも同然なのだ。
しかし生きる目標や生きる意味の完全正解ってのはないだろう、女は子を産めば目標が出来てたくましくなる。
しかしそれは全てではなく、子を産んで狂う人もいる。
男は認められればたくましくなる、しかし全てではない、求めない人もいる。
僕は考える、想像論も進化論も都合がよすぎる、人がつくったデマではないかと。
ここまでくると途方もない話まで発展するだろう、僕の悪い癖だった。
道行く人をぼんやり眺める、急ぐ人もいれば、のんびりした人もいる、みんなどこへ向かっているのだろうか、違う、僕は気付いている。みんな役者なのだ。演じている、澄ました顔して僕が見てない所で僕を嘲笑っている、僕にはわかる、みんな本当は辛いはずなのだ、こんな腐った世界うんざりで今すぐにでも発狂したくてたまらないはずだ。あいつも、そいつも、みんな我慢している、中には平気そうな顔をして笑っている奴もいる。
もしや、と首を捻る、もしかしたら…。
僕は立ち上がった、パイプ椅子が転げるが無視した。
間違っていたかもしれない、いや、まだ確信は持てないがこれまでの考えとは違う答えが浮かぶ。
演じているのではなく、演じているふうに見える奴らは狂っているのかもしれないと気づく、僕が普通であり、こんな世の中で平然と生きてゆける奴らが狂っているのである。
そう思って道行く人々を眺める、間違いなさそうだ、緑色の顔をしている奴らが多すぎる、角さえ生えているではないか、しかし中にはまだ毒されてない人もいる、大きな発見だった。
僕は普通なんだ、僕は間違っていない。
嬉しくなって自然に口角が上がる、目の前を過ぎる人の群れ、僕には百鬼夜行に見える。
煙草に火をつけてこの発見を何回も頭の中で反芻した。
「おい!君聞いてるの?」
驚いて煙草を落とす。警察だった。
「ここ、許可証見せて」
親父さんが言っていた、警察が来たら許可証を見せなければならない、しかしそれを親父さんから受け取っていなかった。
「許可証ですよね、今持ってなくて」
「ない?なぜ?」
「その、僕バイトで」
「だったら責任者呼んで」
「いや、今いなくて後でまた来て下さい」
「君は歳幾つ?未成年だよね?」
別に何も悪い事はしていないが妙に怖じ気づく、答えようか迷う。
すると僕に質問してくる若い警察の後ろにいるもう一人の警察がなにやら無線で話している。
「おい、出動だ、北のレンガ通り!」
「はい!君、また寄るから許可証用意しといてね」
「はい、必ず」
間一髪だった、どこかで事件だろうか、確かレンガ通りと言ったがここら辺の土地勘がないのでわからなかった。しかしその事件か騒ぎを起こした悪い奴に助けられるとは世の中不思議だと思った。
今時ベーゴマなんて誰が買うのだろう。この店の親父さんに五十個は売れ、と念をおされている、だがまるで売れる気配はない。こんな状態でちゃんと給料は貰えるのだろうか。
隣のフライドポテト屋は大変賑わい、
こっちのベーゴマ屋の目の前まで列を続けている。しかし並ぶのは男ばかりだ、何故ならフライドポテト屋のお姉さんは、誰もが二度見するくらい美人だからである。
朝僕が出店に出勤して、開店の準備を始めるとき『おはようございます』とお姉さんは必ず挨拶をくれる。それ以外、会話はないが、こっちの店が暇な為、たまに横顔を拝見する。
青いカラーコンタクトレンズをつけて、顔の掘りが深く金髪であるため、
初めて挨拶されたときは外国人かと思い、挨拶を返すのに躊躇した。
携帯のバッテリーもなくなり、本も読み終わってしまう、いよいよやることがなくなった。こんな事なら、先週までやっていたモダン焼き屋のほうが随分ましだった。摘み食いはできるし、
何もしない時間はあまりなかった。
しゅりにお金を返すため、無理矢理連れて来られた的屋のバイトも飽きてきたが文句は言えない、次はどんな仕事をやらさられるかわからない。
はっきり言ってちっともやる気が起きない。給料はこの目で確認することはできず、全てしゅりの懐へ流れていくからである。今現在二百万円の内、いくら返せたのかもまったくわからない。
その事でしゅりに文句を言ったことがあったが、翌日から自分の家の壁に落書きがあったり、玄関の鍵穴に小石が挟まっていたり、庭に女性用下着が投げ込まれたりと、散々な嫌がらせだった。その日ぐらいから夜中を過ぎると玄関先の道を暴走族が爆音で走り回るようになった、これもしゅりの仕業に違いない。
お陰で母親は寝不足から身体を壊し、
病院通いを続けている。
母親達を家に残し、僕は週末になると近県を行き来し、的屋のお兄さんに変身する。平日は母親と妹二人が同じ部屋、僕が一人でそれぞれの寝室で耳を押さえ、布団を頭から被る。
冬休みに入った僕は、もう一週間くらい母親達の顔を見ていない。年越しはゆっくりできたのだろうか。
元旦以降もますます神社は賑わう。
もう零時を越えただろうか。
物好きの若者や、昔を懐かしんで買っていった客のお陰で十個ほど売れた、
ここ最近で今日が一番の売上である。裸電球の灯りが僕の影を作る、パイプ椅子に座り両膝に肘を置いて頭を垂れる。自分の影が突如現れた暗闇に飲み込まれる、店の前に客が現れたと気付いてゆっくりと顔を上げた。
「なゆ坊、お前売る気あんのか」
この屋台の親父さんだった。年齢は六十過ぎくらいだろうか。親父さんは僕を"なゆ坊"と呼ぶ。
芸術品のような角刈りに鋭い切れ長の目でいつもキョロキョロと他人の顔を眺めながら歩いている。左手には指が三本しかなく、背中、手首、お尻にかけて和凧のような模様の刺青が入っている。本人は『盲腸の傷跡だ』と言っていたが、へその上辺りに二十センチ程の斜めの傷跡がある、そんなところに盲腸があるはずないのだが。
誰もが一目でわかるヤクザである。
普段の表情はニコニコしていて背は僕より低くよく喋るが、修羅場を経験してきたのか、威圧感はとてつもない。
顔で商売しているというのがよくわかる。
「あ、十個程売れました」
「十分じゃ。今日はもうしまいや、片付けとけよ」
「え、しまうんですか」
「そうじゃ、明日は別んとこ行くで。片付け終わったらほらそこ、赤い看板の焼肉屋に来いや」
「あの、さっき警察が来ました」
「何の用や」
「許可証見せろって言われて」
「追っ払ったんか?」
「いや、その、また来るって」
「大したもんじゃ、よし、先行くで」
親父さんは踵をかえし、がに股で遠ざかって行く。すれ違う人を満遍なく眺めながら焼肉屋に入っていった。
この時確信した、親父さんは許可証を持っていないと。